第14話 良い空気吸ってそうなオッサン達

 

 

 

 

「私からも発言よろしいですか? 司令」


「かまわんよ」


 小沢又三郎中将の発言に今村仁大将は鷹揚に頷く。

 

「何も長間合い・・・・の武器は、飛行機だけではありませんが? おまけに夜にも飛行機より安全に使えます。いや、むしろ敵に接近しやすい夜に使うべきでしょうな。何しろ飛行機に比べれば、残念ながら間合いはずっと短い。むしろ夜の闇に紛れてタラントに近づくのです。その時、敵の偵察機が潰れているならなお良いでしょうな」


 小沢が何を言いたいのか気付いたのはサマーヴィルだった。

 

「そういうことであれば、”H部隊”も参加した方がよろしいでしょう」


 前にも述べたがH部隊は、戦艦を中核・・・・・とした水上打撃群だ。


「まちたまえ、サマーヴィル中将」


 慌てて止めたのはラムゼーで、

 

「君の部隊には同時期に別の任務があるだろう?」


 H部隊の”ジャッジメント作戦”における役割は、端的に言えばイタリア海軍への目くらましだ。

 夜間空襲をかける予定の正規空母”イラストリアス”と軽空母”イーグル”を艦隊に組み込んだ戦艦主体の水上打撃群のH部隊は、マルタまでMW3船団を護衛する任務にあたる予定だ。

 そして、アレクサンドリアからマルタ島までの往復のある海域で、空母部隊は数隻の護衛を引き付れて離脱。

 H部隊は何食わぬ顔で予定航路を進み、空母2隻を中心とする別働機動部隊がタラントに仕掛けるというのが現在における作戦の概要だった。

  

「ラムゼー中将、H部隊を大きくさせるというのは……」


「それで感づかれでもしたら、本末転倒だろうに」


「しかし”作戦部長”殿、英国立案・主導の作戦で、戦力的に日本におんぶにだっこでは、流石に座りが悪いだろう?」


 サマーヴィルの言うことにも一理あった。

 護衛がつくとはいえ英国側は正規空母1隻に軽空母1隻、日本側は今村の言葉を信じるなら、地中海に展開する日本皇国軍の艦隊主力、即ち4隻の戦艦と2隻の正規空母を出しても良いと言い出したのだ。

 これに加えて、マルタ島の航空隊まで出すという。


「それはそうだが……いや、まてよ」


 ラムゼーは少し考え、

 

「そういえば、予定通りならスエズ運河ルートで東洋艦隊へ回航される戦艦が1隻来るか……」


「ついでに言えば、それとは別口で戦艦が1隻、連動する”ホワイト作戦”に参加するためにジブラルタルより出ますな。都合よく正規空母を引き連れて」


















****************************










1940年11月10日午前7時(現地時間)

地中海、合流地点


「トーヴェイ中将、もうすぐ合流予定時刻です」


 従兵の入れたモーニングティーを楽しみながら、将旗を掲げた戦艦の提督席に座る英国海軍中将、ジョシュア・トーヴェイは機嫌良さそうに、

 

「リーチ君、彼らは時間に正確な方かね?」


「少なからず。アメリカ人よりは正確でしょう」


 対して生真面目に返す艦長のジェレミー・リーチ大佐は答える。

 第一次世界大戦の海戦ハイライト、”ジェトユトランド沖海戦”にまだ新米と言ってよい士官候補生として参加し、その強烈な印象を覚えていた。

 彼らは一方的と言ってよい大勝を齎せたトーゴ―のような奇跡や神業を持っていたわけでは無いが、それでも精強であった。

 戦艦が轟沈しても士気を落とさず戦い続けた姿が、今でも鮮明に残っていた。

 

「アメリカ人と比べるのは、流石にどうかと思うが?」


 と苦笑するトーヴェイ。

 この二人が座乗する戦艦の名は、我々が知る歴史より1年前倒しで建造され、今年(1940年1月)に就役したばかりのキング・ジョージⅤ世級戦艦2番艦、”プリンス・オブ・ウェールズ”だ。

 東洋艦隊へ回航される船とは、このプリンス・オブ・ウェールズの事だった。

 そして、プリンス・オブ・ウェールズと戦列を汲むのは、巡洋戦艦”フッド”。”ジャッジメント作戦”と前後して行われるマルタ島英軍への輸送任務”ホワイト作戦”で正規空母”アーク・ロイヤル”共々輸送船団護衛を担当しているはずだったが……

 

「アーク・ロイヤルは無事にポジショニングできそうなようだね?」


 作戦の概要はこうだ。

 プリンス・オブ・ウェールズは同じく東洋艦隊へ回航される予定の艦船と艦隊を組みジブラルタルを前もって出航。

 練度上げ目的の海上訓練を行いながら、ホワイト作戦の護衛艦隊を待つ。

 

 そして、マルタ島西方の洋上で、アレキサンドリアから出向した(正規空母イラストリアスの抜けた)戦艦主体のH部隊と合流、護衛任務を引き継がせる。

 何故なら、ホワイト作戦艦隊の中で主力だったフッドとアーク・ロイヤルは、この時点でそれぞれ独自の行動をとるからだ。

 

 

 

 実を言うと、11月12日のティータイム付近でタラント港に航空機雷を落としまくったソードフィッシュ隊は、イラストリアスからではなく別動隊として動いていたアーク・ロイヤルから発艦した航空隊だったのだ。

 

 そして一方、プリンス・オブ・ウェールズとフッドはどうしていたのかと言えば……

 

「時に疑問なのですがね、中将閣下・・・・。英国地中海方面艦隊副司令官がなんでわざわざ”臨時編成艦隊”の提督席に座っているんです?」


 するとトーヴェイは少し演技がかった顔をしながら、

 

「暇を持て余しているのが、司令部でも私しかいなかったんでね」


 要するに地中海のどこかを移動しているはずの日本皇国艦隊と合流するために、この東洋に向かう予定だった船と僚艦の本来の計画ならH部隊に合流するはずだった船は少数のお供を引き連れ動いていた。

 しかも、艦隊も臨時編成なら、指揮官ていとくも由緒正しい貴族っぽい外見とは裏腹に英国版傾奇者と来てる。


「いっそ清々しいまでの噓をつきますね? お労しいや地中海司令官カニンガム殿」

 

 なかなかに良い空気を吸ってそうな艦隊だった。

 

 

 

***



 

「艦影見ゆ! 戦艦らしき物4! 全て連装砲塔4基! 日章旗を確認しました!」


 水上見張り員の言葉に、トーヴェイは私物の双眼鏡を向け、

 

「それに私は把握しておきたかった、いやこの目で見たかったんだよ」


 まだ豆粒のような大きさだが、水平線の彼方にはっきりと浮かぶ4杯の黒鉄の城を見ながら、トーヴェイの顔に自然と笑みが浮かんだ。

 

「我らが親愛なる皇国海軍ゆうじんの、今の実力というものを」













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