第13話 日英海狸たちの悪巧み




 時と場は再び、数ヵ月前のアレキサンドリアに戻る。

 

 


「ところでラムゼー中将、タラントへの攻撃は航空機だけで行わねばならないのかね?」


 ジブラルタルよりアレキサンドリアにある”日本皇国統合遣中東軍司令本部”へ足を運んだ二人の英国軍高官の片割れ、英国地中海艦隊作戦部長バートランド・ラムゼーに中東に展開する日本皇国陸海空三軍を統括する今村仁大将は問いかける。

 

「と言いますと? 現有の投入できる戦力で、もっとも有効的に打撃を与えられるのが航空機だと愚行致しますが?」


 疑問を隠さない表情のラムゼーだが、今村は今度は同期であり友人であり部下でもある遣中東艦隊司令官である小沢又三郎中将に、

 

「小沢君、日本皇国われわれがこの”ジャッジメント作戦”に投入できる航空兵力・・・・は如何程かね?」


「マルタ島の空軍第15航空兵団と”翔鶴”、”瑞鶴”からなる”二航戦”でしょうな」


「攻撃機と爆撃機だけで考えれば、基地航空隊からせいぜい50、機動部隊からは100、多くても110というところか……」


 今村は自分の禿げ上がった頭を撫でながら、

 

「足らんな。あと一押しが足らん。英国軍がどれほどの戦果を夜襲であげたとしても、やはりもう一手は欲しい」


「足らない? 何がです?」


 今村は一瞬、きょとんとした顔をしてから、

 

「そりゃあ君、”イタリア艦隊もろとも、タラント港を完膚なきまで叩き潰す・・・・・・・・”火力がだよ」


「……は?」


 その言葉の意味が解らない顔をするラムゼーに、今村は意外そうな顔で、

 

「英国紳士たる者、”恋と戦争では手段を択ばない”のではないのかね?」


「い、いえ、そういうことも無きにしも非ずですが……」


 どうも頭が理解を拒むような顔をするラムゼーに対し、妙におとなしかった戦艦を多く抱えるH部隊司令官、ジャック・サマーヴィル中将は対照的に「ようやく面白くなってきた」という表情を浮かべていた。

 

 

 

***




「どうやら私とラムゼー中将の間には、認識の隔たりがあるようだね?」


 今村は一口紅茶を含むと、

 

「ラムゼー中将、君から”ジャッジメント作戦”の概要を聞いた時、私が何をイメージしたかわかるかね?」


「生憎と」


”最後の審判”last judgmentさ」


 事もなげに宗派を問わずキリスト教徒に刺さるワードを放つ今村に、ラムゼーは一瞬、目を見開いた。

 

「この戦いは、間違いなく”天王山・・・”になる。この戦いを制したものが、事実上の地中海の制海権を掌握できる。まあ、そういうことだね」


「それは、その通りなのでしょうが……」


「だからこそ、”黙示録的な風景”を見せつけてやる必要があるのさ」


 その瞬間、温和な顔つきの壮年の男から滲み出た気配に、ラムゼーは息をのんだ。おそらくソファーに座っていなければ、気圧され一歩後ろに下がったかもしれない。

 

「キリスト教の総本山がある国だからこそ、”煉獄に包まれる港・・・・・・・・”を見れば、その風景が想起される。直接街を焼き払うことだけが、敵国民や政府を屈服させる方法じゃないよ?」


「……」


「それにタラントが壊滅すれば、小沢君、ムッソリーニはどこまで残存艦隊を下げると思う?」


「どんなに近くてもナポリに拠点を移すでしょう。また、海軍の活動自体もひどく低下するでしょうな」


 その回答に今村は満足したように、

 

「イタリアがナポリに艦隊を移動させた後は、メッシーナ海峡を手早く機雷封鎖してしまえば良い。そうすれば、連中の活動範囲はティレニア海とアドリア海に制限されるのではないかね? これで当面は地中海は日英我らが浴槽ということになる」


 確かに理にはかなったいるが……

 

「それに徹底的にタラントを叩くのは、もう一つ意味がある」


「というと?」

 

 そう聞いたのはラムゼーではなくサマーヴィルだった。

 ラムゼーは現在、思考の海に深く沈降中らしい。

 

「メルセルケビールに船ごとひきこもるフランス人に、”日英と敵対すれば、どういう結果を招くか?”という教訓を与えられる」




(こ、この男は……なんてことを考えているんだっ!?)


 サマーヴィルは内心、今村の胆力に舌を巻いた。


「皇国の立場としては、わざわざ中立を宣言してる勢力と敵対する意味はないと考えるが……中立宣言をしておきながら、敵対行動を獲られれば対処しないわけにはいかん」


 そして今村は歴史上、「素直という評価を受けたことがない」という英国人が好みそうなフレーズを考え、

 

「皇国のドクトリンに”無駄弾を撃って良い”というものは無いのですよ。我が国も英国同様、戦争による借金で苦しんだ経験があるのでね」


 日露戦争の戦費を日本は英国より借り受け、英国は第一次世界大戦の戦費を米国より借り受けている。

 英国が第一次世界大戦後にドイツにあれほど高額の戦時賠償金を吹っ掛け、厳しく取り立てたのは借金返済に充てる為でもあったのだ。

 そして、日本は第一次世界大戦の全面参戦で英国への借金はチャラになったが、英国はまだ完済しきれていないないのだ。

 

 

 

(内山陸軍大将ジェネラル・ウチヤマは、戦争狂いウォーモンガーという厄介な人種なのか?)


 だが、ラムゼーの優れた脳ミソは、直ちにその安直な結論を否定する。

 

(言ってたではないか? 『そうなれば、マルタ島もジブラルタルも、そしてこのアレクサンドリアも当面は随分と安全度が上がる』と)


 となれば、導き出される結論は、

 

(”最小の労力で最大の効果”、余計な戦闘は避けるが、戦果が期待できる作戦には惜しげもなく戦力を流し込む……そのリスクを計算したうえで)


 表情に妙な笑みが浮かびそうになるのを抑制する。

 今村の意図は、その根本はシンプルだ。

 

(徹底的にイタリア艦隊を潰し、タラントを更地に変える)


 その期待できる結果は、作戦以後の戦闘の減少。

 ジャッジメント作戦に参加する兵力が増えれば、基本的に戦死者は数的には増える・・・・・・かもしれない。

 ”戦力二乗のランチェスター法則”から言えば、投入できる戦力が多ければ、それだけ味方の生存が増えるはずだが、現実の戦場はそう単純じゃない。

 例えば、英国空母部隊の攻撃は夜襲であり、完全に相手の虚をつく奇襲になるだろうが、次の攻撃はタイミング的に夜明け時……船は損傷を受けても、迎撃機や高射砲がその力を発揮できる時間帯(この時代のイタリアではレーダーはまだ実用化できておらず、目視による戦闘活動に頼っていた。なので、例えば戦闘機は全て昼間戦闘機と考えて良い)となり、その分、被撃墜リスクは高まる。

 

 だが、余程のヘマをやらかさない限り”損耗率は減る・・・・・”。単純な分母と分子パーセンテージの話でもあるし、投入できる戦力が増えれば敵に与える損害も比例して増え、相対的に味方の損害は減るだろう。

 敵を倒すということは、それだけ反撃する力を奪うということだ。

 

(”日本人は、ディフェンスが主体の軍隊”か……要するに、)


「”アクティブ・ディフェンス(積極的防御)”……ジェネラル・イマムラは、どうやらコストパフォーマンスが高い作戦がお好きなようですな?」


 積極的に敵の攻勢戦力を潰し、それが用いられて将来的に受けるかもしれない損害を未然に抹消する”能動的防御”。

 防御活動の一環としての攻勢という訳だ。


「当然であろう? 消耗するのは金や物資だけではなく、将兵の命も対価になるのだからな」


「ごもっとも」


 ラムゼーは今度こそ笑みを抑えずに、

 

「計算に入れるべき犠牲リスクは確かに存在するが、そうであるが故に戦場では人命はもっと効率的に消費すべきでしょう」



 

 







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