第12話 火の海(比喩にあらず)





 ”翔鶴”と”瑞鶴”の2隻の正規空母から飛び立った日本皇国海軍の第二次タラント攻撃部隊の爆撃は、ある意味において異様であり異質であった。

 まず、第一次攻撃隊の九九式艦爆は、胴体の下に250kg級のクラスター爆弾を吊るし、主に高射砲陣地を潰して回っていたが、第二次攻撃隊の九九式艦爆は、左右の主翼と胴体の下に、やや小ぶりな形状の爆弾を懸架していたのだ。

 

 そして、生き残ったイタリア人は奇妙な光景を見た。

 第一次攻撃隊の九七式艦攻の水平爆撃により多くの重油タンクが破壊されたが、だからといって全ての重油が燃えた訳ではない。

 そもそも重油というのはガソリンなどに比べて揮発性が低く、引火しにくいのだ。

 

 しかし、九九式艦爆はその未燃焼の重油だまりに向けて小型爆弾を投下していった。

 その時、イタリア軍人はようやく気が付いたのだ。

 日本人たちは油に火を点けて周り、文字通りタラントを火の海にしようとしているのだと。

 

 そう、第二次攻撃隊の九九式が投下していたのは、”九八式七番六号爆弾一型改”。

 内部にエレクトロン合金、テルミットとマグネシウム合金で出来たキャニスターを4本内蔵し、それをばらまくことによって水をかけても消えず、非常に高温になる”テルミット火災”を引き起こす厄介な焼夷弾であった。

 

 第一次攻撃隊の九九式の爆弾にも焼夷効果があったが、あれはあくまで「高射砲を壊して燃やし、使えないようにする」というものであり、性質的には普通の散弾型集束爆弾だ。


 だが、第二次攻撃隊の九九式のそれは、「火付けを目的」としたものであり、燃焼温度と燃焼時間がまるで違った。

 重油は先も書いた通りガソリンより引火温度が高く(ガソリンは-40度以下でも引火するが、重油の引火点は60度以上)、燃えにくいがいったん燃え出すと熱量が高く消火しずらいうえ、毒性のある亜硫酸ガスを発生させるので厄介だ。

 おまけに比重が名前に反して軽く水に浮く。

 つまり、燃え盛る重油が港に流れ出したら更なる惨事となること請け合いだった。

 

 

 

 そして、流れ出る重油に次々と引火あるいは着火し突然大量発生する”炎の川”にイタリア人が慄いている最中、今度は弾薬貯蔵庫が立て続けに爆発する。

 言うまでもなく、第二次攻撃隊の九七式の爆撃であった。

 

 ご丁寧なことに、手持ち無沙汰に上空を旋回していた戦闘機ゼロ戦が、主翼下にに吊るした同種の焼夷弾を弾薬庫に放り込んでいく。

 実はゼロ戦にも非常に小さいが爆弾搭載能力があり、60kgサイズなら左右それぞれの翼下に1発ずつ搭載できたのだ。

 本職の急降下爆撃に比べれば雑もいいとこの爆撃だが、「被害を広げるだけ」なら十分と言えた。

 

 ちなみにゼロ戦が搭載していたのは、”九九式六番三号爆弾”で、第一次攻撃隊の九九式が落としたそれの小型版だった。

 一次攻撃隊の先行偵察機による無線報告から、タラント周辺の迎撃機は払拭されたと考えた空母部隊首脳部が、急遽ゼロ戦にも爆装するように命じたようだ。

 日本人は、暇とか手持無沙汰を嫌うし、勿体ない精神の権化みたいなところもあるのだから、この判断も当然と言えば当然だった。

 

 ただし、基本的な命令は「いのちだいじに」。敵戦闘機を万が一にも発見したら、直ちにに爆弾を投棄しろ。間違っても爆弾付けたまま戦闘するんじゃないと厳命されていた。

 とある艦隊航空参謀によれば、

 

『なあに、どうせ投棄したところで落ちる先はタラント港のどこかだ。構うまい』


 とのことだった。

 ただし、未だにイタリア戦闘機が姿を表したところは誰も見ていないが。

 とはいえ万が一がある。一部の九九式艦爆は分派し、既にまともに飛べる機体が残っていなさそうなタラント港隣接航空基地を景気よく爆撃していた。

 よく見れば、腹に抱えているのは第一次攻撃隊の九九式と同じ”二式二五番三号爆弾一型”、要するに焼夷効果のある集束クラスター爆弾だ。

 三号爆弾はそもそもは滑走路攻撃用の爆弾であり、本来の使われ方をしてるところから察するに、どうやら最初から飛行場攻撃も予定に入っていたらしい。

 どこぞのゼロ戦乗りには残念な知らせかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****************************










 正午を目途に始まったと思われる二波の日本皇国軍機の攻撃は、午後二時半には完全に終わっていた。

 生き残りのイタリア海軍士官、フェルッチオ・フェラーニン少尉は避難した港が一望できる高台からこう呟いた。

 

「英国人にティータイムに誘われたから帰ったんだろうな。日本人ってのは、英国人に尻尾を振るのが大好きな民族らしいからな」


 と力なく笑った。


「どうせなら、ランチタイムに誘ってくれりゃあいいのに」


 と同じく海軍情報部の末席に名を連ねる士官学校同期ゆうじんが返せば、


「そりゃ無理だろう。英国人の飯は、朝食以外はクソ不味い。いくらド田舎の島国暮らしでも、犬の餌以下は願い下げだろうさ」


 そして、ふと気付く。

 

「なあ、昼飯の邪魔しに飛んできたのって、空母機じゃなかったか?」


「今更だな。だとしても、俺達にはもう打つ手がない。港を見てみろよ?」


 そこにあったのは、スクラップ置場とは海軍の意地にかけて言わないが、当分は動けそうもない……比喩でなく、港から出せそうもない損傷を受けた戦艦の群れ。あるいはその慣れの果て。

 いや、戦艦どころか多くの軍艦が損傷させられており、もはやイタリア海軍は半壊したと言ってよいだろう。

 地中海の覇権を狙う一角を占めていたイタリア海軍も、今は落日の時を迎えていた。

 

 日本人があふれた油に火を点けまくって起きた港の大火災は未だ鎮火する様子を見せず、それどころかまだ修理すれば使えそうな船にまで”炎の川”が伸びて延焼しないか心配しなければならない状況だ。

 正直、いつそうなってもおかしくなく、今のイタリア軍にはそれを止める手立てがない。

 タラント港の多数派マジョリティは、今や熱と炎と煙と亜硫酸ガスであり、どれも人間の存在を拒むものだった。

 

「ひどい有様だな。生き残ったのは、小ささゆえに見逃された小舟ばかりか」


 すると友人は乾いた笑いで、

 

「良いじゃないか? 元々、我らがイタリア海軍は戦艦より魚雷艇の方が強い。生き残ってるだけ御の字だ……ん?」


 友人が何かを気づいたように、

 

「フェラーニン、首から下げてる双眼鏡まだ使えるか? そうか。なら見てみろ」


 と海の方向を指差した。

 

「なんだよ……ヲイヲイ!」


 双眼鏡がとらえたのは、暴れまわった日本人の機体と比べるなら、ひどく古臭い印象を受ける複葉機の群れ……むしろ見慣れた機影だった。

 

ライム野郎イギリス人ども、今さら何しに来やがったっ!? 壊せるもんなんて、もう何も港に残っちゃいないぞっ!!」


 その異変に気付いたのはフェラーニンだけではなかったようだ。

 ごく少数ではあるが、イタリア男の意地を見せんと避難した軍人の中にも、カルカノ小銃を手に取る者もいるが……残念ながら、その行動は徒労に終わる。

 

 


 

「あいつら、何をやってんだ?」


 英国の誇る雷撃機”ソードフィッシュ”は、損傷した船に近づこうともせず、港湾内の水面に何かを落としているようだが……

 

「ああっ、おそらくだがありゃ機雷だな。航空機から投下するタイプの」


「はあっ!?」


 その友人はやけに乾いた笑顔と共に、

 

「どうやら英国人は、よほどイタリア艦艇おれたちを港の外に出したくないらしいな」




 正解であった。

 航空機による浮遊機雷、ならびに沈底機雷の散布……この殺意に不足のない駄目押しこそが、”ジャッジメント作戦”における日英空母機動部隊による最後の作戦だった。


 そう、”空母部隊にとって・・・・・・・・”はだが。















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