第1章:1940年11月・タラント”強襲”キャンペーン

第7話 1940年11月、ジャッジメント作戦シナリオ、開始




 



 1940年11月12日払暁、タラント港沖、上空

 




「こちら、”サクラ01”。敵艦隊、英国空母艦隊による被害甚大。港は混乱収まらず。駄目押し・・・・の好機と認む。送レ」


 状況は極めて順調。

 艦上機による夜襲という博打というより暴挙に出た、我らが同盟国イギリスの誇るソードフィッシュ雷撃機部隊が見事にその役割を果たしたようだ。

 なんせ軍港のあちこちで船が燃えているのだ。

 丑三つ時に飛び立ち、夜明けとともにタラント港に辿り着いた俺達は、その状況を初めて観測した日本人であり、同時にその模様を記録すべく働く細胞……じゃなかった日本皇国の軍人だった。

 

「戦果確認、しっかり頼むぜ。特に無傷の船と高射砲、飛行場、燃料タンクの位置と状況は念入りにな」


 

 やっほー。拙者、”滋野しげの 清春きよはる”と申す者でござ候。

 お前なんか知らん? ごもっともごもっとも。

 一応、日本皇国空軍の中尉なんぞをやっております。ついでに言えば転生者ってやつね。

 いやー、英国に習って1920年、空軍の発足と同時に開設された皇国統合予科練(皇国陸海空軍投合飛行予科練習生育成)コースを受講。

 まあ、第一次世界大戦で”コウノトリ男爵”と呼ばれた伯父貴へ憧れた結果だな。うん。

 ”この世界”じゃあ誰とは言わないが徳川の阿呆が三回目の飛行で操縦ミスって墜落死ザマァしたので、伯父貴は無事に空軍創立時からの看板として出世街道を歩く……かと思われたが、病弱であることが祟り42歳で空軍を退役し、今はフランス人の奥方とのんびり若隠居生活を館山で楽しんでいる。

 

 かくゆうどこかそんなエスプリめいた血に連なってる俺は、予科練でパイロット資格を得た後、教官の勧めもあり短期統合予備士官学校に入学。基礎的な士官教育を受けて准尉として任官。2年の服役後にまんまと少尉として予備役編入……

 

(されたはずなんだけどなぁ……)

 

 退役して南洋庁管轄下の島で、民間飛行機のパイロットをやってたはずなんだけど、定期訓練で呼び出されたらそのまま帰してもらえなくなりましたとさ。

 その代わり、正規任官扱いになり中尉として再服役しました。

 いや、冗談でしょ?


 とかその時は思ったけど、残念だけどこれは現実。

 それというのも、人が予備役の定期飛行訓練を受けてる間に物好きにもポーランドに突っ込んだヒットラーってやつが悪いんだ。

 おかげで俺は、配備されたばかりの一〇〇式司令部偵察機に乗り込み、航空隊の先行偵察兼先導機パス・フィンダーなんぞやっとります。

 

 いやね、俺の人生設計はこんなはずじゃなかったんだよ?

 せっかくこういう時代に生まれたんだ。俺の人生の師匠であり、憧れでもある前世で見た「自由と放埓を愛する渋い空飛ぶ豚」のような生活を送るつもりだったんだ。

 稼いだ金で、中古でも良いから小さな飛行艇か水上機買って、冒険飛行家の真似事でもしながら、悠々自適な生活とかさ。

 

 だけど現実ってのはいつも残酷で、定期訓練で待ち構えていた懐かしや教官は、俺にこう言いやがりました。

 

『うむ。ちみの平時より日々南洋で鍛えている洋上飛行能力に期待する』

 

 そりゃあね。海の上を飛ぶのは慣れてますよ?

 南洋も地中海も島は多いし、太平洋のど真ん中を飛ぶよりは難易度は低いさ。

 しかし、いきなり原隊復帰したてのにわか仕立ての操縦士に、重要な先導機のパイロットとかやらせるもんかね?

 しかも機種転換訓練で乗るように言われたのは、最新鋭の”一〇〇式司令部偵察機”それも「前世の歴史」ではこの時期にはまだ出てこないはずの600km/h越えの最高速を誇る”キ46-II”相当機をだ。



 

***


 

 

「中尉! 敵、迎撃機が上がってきたようですっ!!」


 後部座席に座る偵察員の少尉が慌てた声を出す。

 まあ、そりゃそうか。

 敵国の偵察機が、高射砲のぎり射程外で吞気に旋回しながら効果確認なんてしてたら撃ち落としたくなるのが人情ってもんだろう。

 

「心配すんな。一〇〇式の名前は伊達じゃない」


 なんて機体が金色でもないのに、何の根拠もない言葉を放つ俺である。

 そして、落ち着かせるように声を出しながら、思考を可能な限り早く巡らせる。

 

(映画のラストで豚殿はアメリカ野郎と一緒にイタリア空軍を決闘の島から引っぺがしたが……)


 追い掛け回されるのではなく後ろをついてきているのは、マルタ島各基地を飛び立った24機の”一式陸攻(一式陸上攻撃機)”と同じく24機の”呑龍(一〇〇式重爆撃機)”。これを護るのは凄腕ぞろいの空軍第15飛行団第11戦隊の一式戦闘機”隼”36機。

 かなり防御に力を入れた編成だ。

  無論、彼らの目的は英国の紳士諸兄が操る空母機動部隊が成し遂げた戦果を、更に拡大する(あるいはとどめを刺す)ことが目的だった。

 そのための機体はらの中にため込んだ九一式航空魚雷や九九式八〇番五号爆弾(戦艦の41サンチ砲弾を基にした対艦用の半徹甲800kg航空爆弾)だ。


「武藤少尉、爆撃隊長機に連絡。”我、コレヨリ明後日ノ方向ニ敵迎撃機ヲ誘導ス。可能ナラ猟犬ヲ所望ス”」


 この後、上がってきた敵機の数と飛行座標を告げると、すぐに返事が返ってきた。


「”群ヨリ猟犬ヲ8頭送ル”以上です!」


「よっしゃっ!!」


 俺は思わずガッツポーズを取る。

 さすがうちの司令も隊長も話が分かる。

 俺が敵迎撃機を引っ剝がして誘導する意味をちゃんと理解している。

 

「敵を引き付けたまま””ようにゆっくり急いでトンヅラこくぞっ!!」


「なんとも矛盾した命令ですね?」


 少尉が苦笑するが、

 

「知らないなら教えてやんよ。世の中ってのは、矛盾でできてるんだぜ? 生まれたのに必ず死ぬってのが、まず矛盾だ」


「なら、その矛盾は可能な限り先延ばししたいものです」


 俺はスロットルレバーを徐々に開きながら、

 

「当然だな。俺は死ぬなら自家用機の中でと決めてるんだ」


 サボイアが良いかカーチスが良いか迷うところだが。

 今飛んでるのはイオニア海ではあるが、

 

(幸い、アドリア海は目と鼻の先)

 

 アドリア海にあるホテルで一杯楽しみながら、余生を過ごすのも悪くない。

 

(手柄は魚雷持ちや爆弾持ちに譲るとして、そのためには……)


 今日もせいぜい頑張って生き残るとしますかね!!











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