第41話 計画書
「この近くにいるはずだ! 探せ!」
「相手はゴーレムだが人間を攻撃できるらしいぞ! 気を抜くな!」
苔むした建物の冷たい外壁に背を預け、俺は魔術師たちの目をかいくぐって宗教施設内に侵入した。
遠目からは立派に見えた建物だったが、近くにくると外壁は蔦や苔が這い、内部もそこら中から水が滴り落ちている。
モンサン・ミッシェルとかサグラダ・ファミリアみたいなものを想像していたけど、実際はドラキュラの住処と言われたほうがしっくりくる。
「付近に魔力の反応があるぞ!」
「近くにいるぞ! 全員気を抜くな!」
クルーゼ邸にいた魔術師たちも集まってきたのか、徐々に足音が増えてくる。
相手を最強にしてしまえば戦えるとはいえ、この人数を相手にするのは流石に俺でも勝てるかわからない。勝敗以前に、多数の最強が一堂に会する事態になったら世界がやばい。
俺が戦うべきなのはゲイルただ一人だ。元凶である奴を止めなければ事態は収束しないし、人質に取られているエマたちも危険だ。
「こっちだ! こっちから強い反応がある!」
施設内の用水路の上に架けられた橋の上。正面に揺れる松明の光が見えた。
「反対側からも挟み込め!」
後方からも声が聞こえる。
「やべっ」
前と後ろ、両方から松明の光が迫ってくる。
足元には轟々と流れる用水路。
考える間でもなく、俺は飛び込んだ。
源流に近いのか、猛烈にうねる水流を遡り、建物の地下水路へと侵入する。
光はない。正確には、常人レベルの網膜では感知できない。
視覚センサーの
水路は天井付近がアーチ型になっており、俺から見て右側に通路が伸びている。
「ん?」
光の度合いが変わっており、通路にうっすらと足跡が見えた。
最近……ではなさそうだが、ここにだれかが来たのは確かだ。
足跡をたどっていくと、不自然な位置で途切れている。
「爪先は壁、か」
足跡が途切れているところの壁を探ってみると、積み上げられた石のブロックの一つが押し込むことができた。
そのまま壁はぐるりと右に回転し、隠し扉が姿を現した。
強烈な光に目が眩み、すぐさま微光暗視機能を切る。
「ここは……」
その部屋には見覚えがあった。
天井からぶら下がる電球。部屋の中央に鎮座している一脚の椅子。椅子の傍には手術道具のようなものが入ったカート。
リカルドの記憶の断片で見た部屋だ。
奴はここで、黒蛇の刺青を彫った。何のために? 力を、得るために。
「あの刺青になにか秘密があるのか……? ん」
電球が下ろしている光のスカートの向こう側。部屋の隅に、机が置かれている。
恐らく部屋の中央に放置されている椅子とセットの物だ。
近づいて調べてみる。机の上にはインク壺と羽ペン。羽を摘まんで持ち上げてみると、インク壺までついてきた。すっかり乾いてペン先を飲み込んでいるようだ。
インク壺を机の上に戻して引き出しを開けてみる。
中には丸められた羊皮紙が入っていた。留め紐をほどいて開くと、まず目に入ったのは「ドロシア家ご令状の誘拐計画書」という題目。
「これはっ!」
瞬時に内容をスキャンする。
どうやらゲイルは、この都市からゴーレムを排除する計画をずっと以前から進めていたようだ。
工業化による弊害と偽り住人たちに毒を盛り、反機械派の論調を高める作戦。
その後、ゴーレムへの親しみやすさを奪うために労働以外の使用を禁止。
さらにはエマを誘拐する役目は最初、彼女の世話役だったロビンが担うはずだったとまで書かれている。
ところがロビンはクルーゼさんが改造した特別性。魔術師たちが命令しても、ロビンは彼らの策略を見破り自己判断で拒絶したそうだ。
「ロビン。なんて優秀なゴーレムなんだ。いまは……大図書館の司書として従事してるのか。……それより」
拳を握る。
くしゃり、と羊皮紙が湿った音を響かせる。
「なにが工業化の弊害だ……。住人たちの体調が悪いのも、反機械派を煽ったのも、全部魔導委員会……いや、ゲイル・アンダーテイルのせいじゃないか!」
全身が熱を帯びる。
体の周囲が陽炎で揺らぎ、握りしめた羊皮紙が燃え上がる。
怒りは沸点を超えて発火寸前。
心はこれ以上ないほどにぐつぐつと煮えたぎる。
魂が叫ぶ。奴をぶん殴れ!
「うおおおおおおおおおおおお!」
まっすぐ頭上に向かって飛翔する。
石のブロックをぶち抜いて、夜空の下に飛び出した。
地上には無数の光が集まっている。
次々と火球が放たれる。夜の帳は昼のように照らされ、空に浮かぶ俺を撃ち落とさんとか弱い炎が襲い掛かってくる。
けれどもはや、そんなことはどうでもいい。
羊皮紙の最後の行に書かれていた。
人質の監禁場所は----大図書館。
俺は都市の中央に顔を向け、「コア・ワン……解放」と呟いた。
刹那、火球の動きが緩やかになる。
黒い稲妻を全身に帯びて、夜空を翔ける。
世界が崩壊するその瀬戸際まで加速する。
遅れてやってきた
一秒とかからず広場にやってきた俺は、大図書館の玄関なんてぶっ飛ばして中に入る。
吹っ飛ばされた扉に巻き込まれて数体のゴーレムが金属音を響かせて下敷きになった。
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