第40話 反逆の徒
「クルーゼさん――――ッ!」
玄関道を転がるように走り、クルーゼ邸の玄関を開くと、中には複数人の魔術師たちがいた。
彼らの中央に立っているのはクルーゼさん。彼女はゆっくりと振り返り、俺を見て目を見開いた。
「王様さん!? なぜあなたがここに!?」
「大変なんですクルーゼさん! エマとニケが――――」
「話を聞いてはなりませんぞクルーゼ様! こやつです! 貴女のご息女様を誘拐したのは、このゴーレムなのです!」
魔術師たちの人垣の向こうから、怒声にも似た男の声が聞こえた。
魔術師たちが退き道を開けると、彼らの奥から白髪の男、ゲイルが姿を現した。
「俺が誘拐犯だって!? ふざけるな! エマとニケは魔術師に攫われたんだぞ!」
「なにを馬鹿なことを! ではこれはいったいなんだというのだ!」
ゲイルは手に持っていた羊皮紙を開いた。
そこには「娘を返して欲しければ、この都市をゴーレムに明け渡せ」と書いてある。
「そんなの俺は知らない!」
「ほほう、まだシラを切るつもりかね。では、参考人に証言してもらおう」
「参考人……?」
魔術師の一人がローブのフードをめくって顔を晒した。頭に朱色のバンダナを巻いた、人相の悪い男だ。
誰だこいつ……いやまて、見覚えがある。
そうだ、こいつはたしかリカルドの手下の中にいた――――。
「君は、このゴーレムに命令されてエマニエル誘拐の手助けをしたのだろう?」
「へい、ゲイルさんのおしゃる通りでさぁ。このゴーレムは、ロンド・ロンドを乗っ取ってゴーレムの楽園にするつもりなんでさあ。冒険者として偶然ジャンクヤードに行ったあっしらを拷問して情報を吐かせ、見せしめにお頭まで殺されて、あっしらは……あっしらはもう、怖くて怖くて、逆らえなくて……うぅ……」
男は両手で顔を覆い、わざとらしくむせび泣く。
魔術師たちがわざとらしく同情の呻きを吐いて彼の背に手を添える。
「ふざけんな! 俺の集落を襲ってきたのはそっちだろうが!」
「ならひとつ確認させてもらうが、仮に貴様らが襲われたことが事実だとして、彼の頭領を倒したというのは本当なのかね?」
「そ、それは……ただ、それは正当防衛で……」
「正当防衛だと? なぜゴーレムが人間と戦えるのだ!? 答えてみろ! 貴様は何者なのだ!」
「お、俺は! 本当は異世界から――――」
「わけのわからないことを! そんな玉虫色の答えで惑わせるとでも思っているのか! 貴様を改造したのはいったい誰だ!? 答えろ!」
「俺は改造なんてされてない! 俺は女神様から力をもらったんだ!」
恫喝にも近い問答に全力で言い返すも、声に力が宿らない。
しかも、女神、という言葉にクルーゼさんの目元が微かに動いた。不味ったかもしれない。
工業が盛んなロンド・ロンドでさえ、都市の一角に巨大な宗教施設を残しているほどなのだ。
この世界に置いて、女神の名はおいそれと口にしていいものではないのかもしれない。
「女神……まさかアルテナ神の加護を受けたとでもいうつもりか? たかが一介のゴーレムごときが? ……世迷いごとを……」
ゲイルは刺すような視線を向けたまま、嘲るように息を吐いた。
「事実は事実だ!」
「……まぁいい。重要なのは、貴様が人間に危害を及ぼすことのできるゴーレムだと、自ら認めたことだ。クルーゼ様! かようなゴーレムの存在を貴女は認めているのか!? 人を支え、人に尽くすゴーレムが、その実人を傷つける力を持っているなど由々しき事態ではないか!? 貴女は、虐げられし弱者の傍に、いつ人を殺すかもわからん危険因子をバラ撒いたのですぞ! ……この責任、どうおとりになさるおつもりで?」
「危険因子って……」
クルーゼさんは目を閉じて俯き、しばらく逡巡した後、ゆっくりと顔を上げた。
「……娘のことを抜きにしても、ゴーレムが人を傷つけることなどなってはなりません」
絶望的な言葉が紡がれ、魂の土台を揺るがすような不安感が襲ってくる。
「そんな……違うんですクルーゼさん! 俺は――――!」
「言質は取った! さあ、同志たちよ! 野蛮なゴーレムの王をひっとらえろ!」
ゲイルが腕を振り上げる。それはまるで一斉掃射を促す指揮官のようで、彼を取り巻く魔術師たちはたちまち魔力を練り始めた。
大量の火球が飛んでくる。
体を反転させ、玄関の扉をぶち破る。
「クソ!」
生半可な攻撃は俺には通用しない。だがこのままでは俺の言葉も彼らに届かない。
互いに拒絶し否定し合うこの状況では、会話を試みるだけ時間の無駄だ。
こうしている間にもニケとエマが危険に晒されている。
探すんだ。俺一人でも。
「逃がすでない!」
ゲイルが叫んだと同時に再び襲ってくる火球。
俺は上空へと飛翔して躱す。
「火を絶やすな! 闇に紛れる前に仕留めるのだ!」
上空に逃げてもなお地上から迫る火球。
直撃してもなんのその。
地上を睥睨すると、魔術師たちに混ざってクルーゼさんも外に出ていた。
彼女は攻撃してくる様子もなく、険しい表情で俺を見上げて力強く頷いた。
「っ!」
あの人は心が読める。
きっとゲイルの策略を看破した上で俺と敵対するフリをしているんだ。
人質を取られている以上、そうする他なかったんだ。
ここで彼女がゲイルの嘘を指摘すれば危険なのは俺たちじゃない、エマたちなんだ。
彼女は託したんだ。この場で唯一自由に動ける俺に。自分の大切な人を救うという重大な役目を。
これがクルーゼ・ドロシアから与えられた
向かうはこの都市の最北端。切り立った崖の上にそびえる宗教区。魔導委員会の一員であるゲイル達の根城。
きっとそこに、なにかヒントがあるはずなのだ。
俺は夜空を翔ける流星となって、北を目指した。
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