第39話 宴の終わりと悲劇の幕開け

「あー、楽しかったにゃあ!」


 祭りが終わり、俺たちは家路についていた。


 都市を満たしていた熱気は夜風によって冷まされ、飾り付けられたままの店が余韻となって残っている。


 俺たちは繁華街に戻っていた。本当なら、時計台のある広場から北東にあるクルーゼさんの家にはまっすぐ向かうことができる。ところがニケが喉を潤したいと駄々をこねたので、火照った体を冷ますついでに南東の繁華街を迂回して帰ることにしたのだった。


「ぷはぁ! うっまいにゃあ!」


 ニケは金色の酒を美味しそうに飲み干して、口お回りに作った泡の白髭を長い舌で舐めとった。


 これほど幸せそうに飲む奴はそういまい。


「ほどほどにしとけよ。また頭が痛くなるぞ」

「にゃはは! 今日はお祭りなんだから、固いことはいいっこなしだにゃ!」


 本当に清々しいくらいの自由人だ。


 いま彼女が持っているグラスも、店主がなぜかニケを知っており、店仕舞いのついでだからと快く恵んでくれたものだ。


 クルーゼさんが言っていたニケの星ってのは、つまりはこういうことなんだろう。


 しっかし、ずっと一緒にいたのにいつの間に住人と仲良くなったんだろうなこいつ。


「エマも楽しかったか?」

「うん!」


 飴に浸した金赤色の苺に噛りつきながら、エマは屈託なく笑った。

 ちなみにこの飴も、ニケと一緒にいたらもらったものだ。


「でも、わたしね。本当は今日のお祭りでロビンに会えると思っていたの」

「ロビン? そういえば、工場にいた時もそのゴーレムを探していたんだっけ?」

「うん……。ロビンは、わたしが赤ん坊の頃から傍にいたゴーレムなの。お日様の光で充電する子だったから、よく二人で日向ぼっこしたのよ」

「日向ぼっこはニケも好きだにゃ!」

「エマにとって大事なゴーレムだったんだな」

「うん。わたしたちは、いつも一緒だった。寝る時やお風呂の時も。もちろん遊ぶ時だって」


 病弱なエマにとって、そのゴーレムは兄のような存在だったのだろう。

 今日の祭りには多くのゴーレムたちが、人々の陰に隠れて働いていた。

 彼女はその中に、かつて自分と暮らしていたゴーレムの姿を探していたんだ。


「なのに、見つからなかった。あの子はいったいどこにいっちゃったのかな……」


 光沢を帯びた苺飴の串をくるくると手で弄びながら、エマは深いため息をついた。


「ロビンには、なにか特徴とかないのか?」

「えっとね、あの子はママが改造した特別なゴーレムなの。他のゴーレムよりずっとずっと優しくて、頭がいいの。その代わり、コアが少しだけ壊れちゃってて、話すことができないんだけど……」


 話すことができないゴーレム、か。

 外見に特徴がないんじゃ見つけるのは難しいな。

 まさか都市中の同型ゴーレムすべてに話しかけるわけにもいかないし。


「外見に目印とかないのか?」

「ないよ。見た目は他の子たちと同じ」

「そっか……」


 どうしたものか、と考えていると、ニケが「にゃあ?」となにかに反応した。

 彼女の視線の先。路地裏の入口に、一体のゴーレムが立っており、じっとこちらを見つめている。


「ロビン……? ロビンなの!?」


 エマが走り出すと、そのゴーレムはそそくさと路地裏の中へ入っていった。


「あ、おい! エマ!」

「確認するだけだから! ちょっと待ってて!」


 エマが路地裏の角を曲がると、すぐに甲高い悲鳴が聞こえた。


「エマ!?」

「エマちゃん!」


 ニケと共に、慌てて彼女を追いかける。


 路地裏に足を踏み入れると、その先には仄暗い闇が広がっていた。


 闇の手前。大通りから差し込む光との境界線に、紫色のローブを纏った魔術師たちが立っている。


 人数は五人。彼らは顔にペスト医師のような長い嘴をつけた仮面をかぶっており、その中の一人はエマの腹と腕を掴んで、強引に抱きかかえている。


「離して! 離してよぉ! ――――んぐっ!?」


 魔術師の一人がエマのマスクを剥ぎ取り、彼女の口に布を押し当てた。

 途端にエマの瞼がとろん、と下がり、魔術師の腕の中でぐったりとうなだれる。


「エマ! クソ!」


 コア・ワンを解放して思考加速を発動しようとしたその時、魔術師の一人が持っていた黒い水晶が輝いた。


「----っ!?」


 その光を浴びた瞬間、視界にノイズが走り、フラッシュバックするように空き缶やコンビニ弁当の空箱、それと薄暗い部屋の中で煌々と光を放つノートパソコンが見えた。


 心の奥底からふつふつと感情がこみ上げてくる、怒り、悲しみ、そして虚しさ。


 なんだ、これは。


 なだれ込んできた正体不明の感情によって、体が硬直する。自らの肩を抱いたほんの数秒の間に、魔術師たちは路地裏の奥の闇へと潜るように消えていった。


「待つにゃああああ!」


 ニケは黒水晶の影響を受けていないのか、果敢にも魔術師たちを追いかけ、暗闇へと飛び込んだ。


 彼女の姿が見えなくなってすぐに視界のノイズも消え、路地裏の景色が見えた。


 すでに闇は消えており、細い路地の脇にうずたかく積まれたゴミ袋や反対側の通りの灯りが見えた。


 あの黒い渦は、奴らの魔法だったんだ。


 恐らく転移系の魔法。奴らはもうこの場所にはいない。


「ああ、クソ。しくじった!」


 いったいなにをされたのかはわからないが、少なくとも俺の心をかき乱す何らかの魔法を使われたのは確か。ようは出し抜かれたんだ。


 頭をぐしゃぐしゃと搔きむしり、俺は一気に跳躍して店の屋根を飛び越える。


 空中で足のジェットを起動して都市の上空から町を見渡す。


 都市中にソナーを飛ばすが、奴らはおろか、エマやニケの魔力を感知することができなかった。


「感知できない? いったいどこに……クソッ!」


 焦燥感が募る。落ち着け、焦るな。目を閉じ、冷静に考える。


 俺のソナーは音の代わりに魔力を飛ばして反響させるものだ。だから魔力が届かない場所は感知することができない。


 もしかしたらこの都市には、魔力を遮る特殊な場所があるのかもしれない。


 そういった場所に詳しい人といえば、一人だけ心当たりがある。


 俺は上空で身を翻し、クルーゼ邸へと向かった。

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