第38話 祭り
静寂に包まれるエントランス。
ニケはゆっくりとエマを地上に下ろし、かける言葉が見つからないのか、尻尾を垂れ下げながら数歩下がった。
先ほどまでの無邪気な笑い声はここになく、あるのはいまにも泣きそうな女の子のしょぼくれた背中のみ。
俺はエマに歩み寄り、彼女の赤茶髪に手を置いた。
「気にするなって。この都市からゴーレムがいなくなることなんかないさ」
「本当?」
「ああ。俺やクルーゼさんが絶対にさせない。……約束する」
エマは小さく頷いた。
「それに、明日のお祭りで思いっきりはしゃげばきっと元気になるにゃ!」
「お祭り、連れてってくれるの?」
「もちろんだにゃ! ね、王様?」
「え、俺も?」
ニケの虚を突く発言に驚いていると、二人はじとっとした目つきで俺を見つめた。
完全に図書館で調べものをするつもりだったが、こうも圧を掛けられては頷く他ない。
「やったー! ね、ママも行くでしょ?」
クルーゼさんは期待に満ちた眼差しを向けられるも、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんなさい。さっきの報告に関して抗議文を書かないといけないから……」
「そっか……」
「王様さん、ニケちゃん。エマをお願いね?」
「任せてもらっていいんですか?」
「この数日であなたたちの人柄はよくわかったもの。むしろ、あなたたちほど信用できる人はいないわ」
「……わかりました! 命に代えてもエマを守ります!」
「ニケもにゃ!」
クルーゼさんは驚いたように目をぱちくりさせ、その後柔和な笑みを浮かべると、「大袈裟ね」と呟いた。
☆ ☆ ☆
その夜、俺たちは繁華街へと赴いた。
繁華街はどこもかしこも金や銀の紙で折られた星の飾りが施され、ドーム内に浮かんでいた星の街灯も、今日は赤や青、緑色など様々な
艶やかな光に照らされた繁華街は、いつもの賑わいに一滴の高揚感を垂らしたような光景だった。
「わあ! すごいね!」
「まさかこんなに派手な祭りとは知らなかった」
感嘆の声を漏らすエマに、俺は同意する。
隣ではニケが、「綺麗だにゃあ! 美味いにゃあ!」と言って、フランクフルトや泡立つグラスにがっついている。
こいつ、いつも食ってんな。
「なあエマ、この祭りっていったいどんな祭りなんだ?」
「どんなって?」
「ほら、祭りって神様に感謝したり、来年も食べ物がたくさん収穫できますようにってお願いするものだろ?」
俺が尋ねると、エマは顔をくしゃっと歪めて「よくわかんない」と答えた。
流石に八歳児に祭りの起源を聞くのは無謀だったか。
こんど図書館で調べてみようかな、と思っていると、ニケが手に持っていた金色の液体を一気に飲み干して、「ぷはぁ」と息を吐いた。
「この星祭りは、この都市が工業化するずっと前からあったものなんだにゃ。もともとは豊穣を願ったり、病気が流行りませんようにって神様にお願いする祭りだったのにゃ。それがいまは、機械の導入で一気に都市が豊かになったことで、発展や成功を祝う祭りになったのにゃ」
彼女は他にも、かつてこの土地では夏と冬で育てる作物を変えていたことや、そのために季節の移り変わりを重視していたこと。季節の変わり目を判断するために、この土地の住人は星の動きを重視していたことを語った。
この都市が星を大事にしているのは、当時の名残なのだそうだ。
「よく知ってるな。ニケなのに」
「ニケお姉ちゃんなのに物知り!」
「にゃっはっは、二人がニケのことをどう思っているかよぅーっくわかったにゃ」
口では怒っているが、特に気にしていない様子だった。
俺たちは煌びやかな町を堪能しつつ(主にニケの食べ歩きに付き合いつつ)、繁華街を抜け、時計台のある広場までやってきた。
時計台もまた白いふわふわの毛が生えたモールが、逆さまのアーチを描いて建物の外壁をぐるりと取り囲んでいる。
天辺の
「わぁ……」
目の前の光景を映したエマの瞳は爛々と輝き、けれどもその輪に入る一歩は踏み出せないようだった。
「エマも混ざってくればいいじゃないか」
「でも、どうすればいいのかわからないよ……」
「心配しなくても考える必要なんてないにゃ。ただ一言、一緒に踊ろうって言うだけでいいのにゃ」
俺とニケはエマの小さな背中を前に押し出してやる。
つんのめるように光の下へ踏み出したエマは一度だけ不安げに振り返ったが、俺たちが頷くと彼女も頷き返し、踊る人の輪へと飛び込んでいった。
「家だとあんなに元気なのに、意外と引っ込み思案なんだな。エマのやつ」
「そうだにゃあ。もともと体が弱いからあんまり学校にも行ってないみたいだし、まだまだ友達を作るのに慣れてないんだにゃあ。でもあの子は、本当はとっても明るい子なのにゃ。だからきっと大丈夫なのにゃ」
「ニケのお墨付きをもらったなら大丈夫だな」
「にゃはは! 王様がニケのことをどう思っているのかよくわかったにゃ! さ、王様」
ニケが帽子を胸に当て、手を差し出してくる。
束の間困惑したが、その意味を理解して、俺はその手をとった。
「ああ、踊ろう。今日は祭りだ」
リズムを忠実に踏み抜く俺と、調子外れのステップでも自由に楽しそうに踊るニケ。
俺たちの呼吸は不思議と噛み合って、彼女の感じている楽しさが手の平から伝わってくる。
俺たちの傍を、羽帽子を被った見知らぬ男の子とたどたどしく踊ろるエマが横切った。
ニケがぱちりとウィンクすると、エマはにっこりと笑い返す。
ドームのガラス屋根の向こうに浮かぶ、弓なりの月が見下ろす愉快な夜は、夜更けまで続いた――――。
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