第37話 軋轢
クルーゼさんに名を呼ばれた男、ゲイルは、わざとらしく口角だけを吊り上げた。
「そうです。ゲイル・アンダーテイルでございます。いやはや、かの御高名な魔女殿に名前を覚えていただけるとはなんと光栄なことでございましょうか」
「今日はなんの様ですか?」
「先ほども申し上げました通り、魔導委員会の定例報告。特に、近頃活発化している反機械派についてでございます」
「また、責任の追求ですか」
「はて、おっしゃる意味がわかりかねますな。わたしはただこの都市に導入された機械によって、職を奪われた魔術師たちが多様な、それはもう多様な意見を我々委員会に訴えている事実をお伝えに来た次第でありまして」
「……わたしにできることはやっています。第一、子供の前であまりそういった話をされるのはどうかと思いますが……」
クルーゼさんがそういうと、ゲイルは彼女の後ろにいるエマに視線を投げかけ、にたりと微笑んだ。
やはり、目は笑っていない。
「おやおや、これは配慮が足りず申し訳ありません。ですが義務は義務ですので」
「嫌な奴だにゃ……」
ニケがぼそりと呟くも、ゲイルは眉一つ動かさない。
仮面のような笑みを貼り付けたまま、彼女や俺の存在なんてまるで眼中にない様子だ。
「クルーゼさん。あなたがこの都市に機械を導入したことは紛れもない事実。事実には責任が伴います。先日は、機械都市での労働以外での機械の使用を禁じることに同意していただきましたが、やはりそれでは彼らの不満は解消されなかったようでして」
「回りくどいですね。はっきりとおっしゃったらどうですか?」
「ではお言葉に甘えて。我々魔導委員会は、機械をこの都市から完全に撤廃しようと考えております」
「なんですって!? そんなことをしたら、機械に頼って生活している人々はどうなるのです!?」
「過去に戻るだけでしょう。かつてのように、魔術師たちに生活を支えてもらうのですよ。機械ではなく、ね」
初めてゲイルの目に感情が宿る。
それは悲哀や友好ではなく、侮蔑と嘲笑の色を含んだ
「過去に戻ることなどできません! わたしたちは、いえ、この世界は、常に未来へ向かって進んでいるのです! なぜそれがわからないのですか!?」
「わかるかわからないか、もはやこの問題はその程度の尺度で計れるものではないのですよクルーゼ様。重要なのは、我々魔導委員会の、ひいては魔術師たちの未来のためなのです」
「一部の権威のために弱者を切り捨てるというのですか」
「なにか問題でも?」
ゲイルはくつくつと笑い声を含み、答える。
「最低ですね……」
「ある者にとってはそうでしょう。ですがある者いとってわたしは救世主なのですよ、クルーゼさん。……なにかな、お嬢ちゃん?」
ゲイルの足元にエマが駆け寄って見上げている。
まさか暴力を振るうなんてことはないとは思うが、無意識にあの白髪の男の挙動に注目してしまう。
「おじさん、もう帰ってよ。わたし、おじさん嫌い!」
「ふっ……いいかいお嬢ちゃん。おじさんはね、君のママととても大事なお話をしているんだよ。君にとっても大事なことでもあるんだ」
「知らない! 嫌いなものは嫌いなの! なんでいつもいつもママを虐めるの? おじさんが来るといつもママは悲しそうな顔になるんだよ! もう帰ってよ!」
「ありがとう、エマ……。でも、もう下がりなさい」
ニケがエマのをひょいと抱えてエントランスの中央に帰ってくる。
クルーゼさんは再びゲイルと向き合い、顔を上げた。
「ゲイル。貴方がたの言い分はわかりました。ですが、わたしにはわたしを慕う者たちの生活を支える義務があります。機械をこの都市に導入した者としての責任が」
「であれば、委員会の意思に背くということでよろしいですかな?」
「いいえ、違います。わたしは人と機械の共存を目指します。魔法が使える者も使えない者も、弱者も強者も共に過ごせる。そんな都市にするつもりです」
「……戯言を……」
吐き捨てられたその囁きを、俺の聴覚は正確に拾い上げる。
ゲイルは表出した邪悪さを取り繕うように愛想笑いを浮かべ、クルーゼさんと、俺たちを見回した。
「猫獣人に、王冠を被った妙な女……見覚えがあると思えば、君たちは一昨日の昼間に繁華街で煙幕を焚いた連中ではないかね? なんでもその女は、何もないところから煙を出したとか……」
ゲイルの言葉でニケがびくりと尻尾の毛を逆立てたが、奴の視線は俺に向いている。
こいつ、俺がゴーレムじゃないか疑っているのか。
「……覚えがないね」
当然だがシラを切る。
以外にもゲイルは視線以上の追求をせず、「まぁいい」と短く呟いた。
「明日は年に一度の祭り。クルーゼ様も、お客人方も、せいぜい楽しむといいでしょう。……きっと、人と機械が祝う祭りは、これで最後になるでしょうしね」
そこはかとない嫌悪感が腹の底から湧き上がってくる。
ゲイルは、「それでは、また」と言い残し、クルーゼ邸に背を向け歩き去っていった。
玄関の扉が、俺たちを突き放すように閉じられた。
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