第36話 来訪者
「つまりめっちゃ目がいいってことなのにゃ! クルーゼ様の目は異世界を見るだけじゃなくて、ニケよりもずっと正確に魂を見ることもできるのにゃ!」
「正確に魂を見るって、どういうことだ?」
「その人の持つ性質、運命、能力。あらゆる情報を魂から読み取ることができるのよ。例えば王様さんの場合、誰よりも速く夜空に浮かぶ一番星、といったところかしら。みんなの先頭を走るリーダー気質の持ち主だけど、常に前を向いているから周囲との距離が計れない傾向があるかも。なにか、没頭する趣味を持っていたりする?」
「えっと、実はフィギュア----、じゃないや、人形や彫刻を作るのが好きでして……」
「流石クルーゼ様! 大当たりなんだにゃ! ねえねえクルーゼ様、ニケは?」
「ニケちゃんは、満点の星空でも一際輝く一等星。大勢の人々に注目される素質をもっているわ」
「にゃはああああ! クルーゼ様に占ってもらったのにゃん!」
そっちかい。
自分の性質じゃなくて、占ってもらうことのほうが嬉しいなんて、ニケらしいっちゃらしいけどさ。
「それにしても、こんなに相性が抜群の組み合わせは珍しいわ」
「そうなんですか?」
「それはもう! 王様さんはとても強い力を持っているわ。その力は世界を救うかもしれないし、逆に破滅に導くかもしれない。そんな貴女の向けられる感情は畏怖。貴女への感情を濾過するフィルターが、ニケちゃんの持つ一等星。みんな、ニケちゃんがついていくなら王様についていっても大丈夫、ってなるの」
「つまり王様が王様でいられるのは、ニケのおかげってことなんだにゃあ。しみじみ」
「調子に乗るなっての」
ニケの頭を軽く小突くと、彼女はサクランボのような舌をだして、「にゃはは」とお道化て見せた。
「ニケちゃんの人を惹きつける力は、王様に負けず劣らずとても強力よ。必ずしも味方ばかりがついてくるとは限らないから、気をつけてね」
「あー、なるほど……」
ニケの境遇を考えればそれも頷ける。
良くも悪くもなんでも引き寄せちまうんだな、こいつは。
改めてニケの
「俺たちも手伝います」
「ニケもにゃ!」
「あら、ありがとう」
「えー、わたし、もっとニケお姉ちゃんと遊びたい……」
ワンピースの裾を握りしめて俯くエマ。
ニケが彼女の正面でしゃがみこみ、顔を覗き込んだ。
「エマちゃんも一緒にお手伝いしようにゃ! みんなでやれば楽しいにゃ!」
「……うん!」
二人は手を繋いでクルーゼさんの後をついていく。
この三日間でずいぶん仲良くなったもんだ。波長が合うのか、それともこれがニケのもつ才能なのか。
俺が思うにそれは、きっと両方なんだろう。
☆ ☆ ☆
夕食後、俺は夜の温室でクルーゼさんの読書に同伴し、エントランスではニケとエマがじゃれあっている。
調べものというより単なる読書なので、いまは普通のペースで、読む。咀嚼するような読書だ。
早く読めるというのは便利だけど、感情の動きは光の速度に届かない。濁流の如く流れ込む情報のひとつひとつを正確に処理できるほど、人の心は高性能ではないのだ。
だからこそ、こうしてゆったりと物語に浸る時間が大切なのである。
「いかが?」
クルーゼさんが、透明なガラスのポットを手に取り、俺のティーカップに紅茶を注ぐ。
ガラスのポットには星を模した白い点が無数に描かれている。紅茶が減っていく様子は、昼が夜に蝕まれていくような、そんな光景を想起させた。
「ありがとうございます」
湯気の立つ紅茶を啜ると、エマが足元に駆け寄ってきた。
「ねえねえ、お兄ちゃん! 明日ね----」
彼女がなにかを伝えようとしたその時、玄関からノックの音が飛び込んできた。
耳朶を打つ来客の音によって、エマが静かに口をつぐむ。
クルーゼさんが席を立ち、玄関へと歩み寄る。
彼女が扉を開くと、外には紫色の外套を羽織った初老の男が立っていた。
長白髪をなでつけ、右目の上あたりに束になった前髪を一本垂らしている。髪と同じシルバーグレイの眉は太く、目じりに深く刻まれた皺は温和な雰囲気を放ちながらも、淡褐色の切れ長の瞳は、クルーゼさんをねめつける様な、嫌な目つきだった。
「夜分遅く申し訳ありません、クルーゼ様。魔導委員会の定期連絡に伺いました」
「……ゲイル」
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