第35話 星詠みの魔法
些細なことでも毎日続けると、なにかしらの進展がある。
例えば種を植えた花壇に、毎日水を与えるとどうなるだろう。
太陽の力と大地の栄養、水の潤いを得て、やがて若葉が芽吹く。さらに水を与えることで、花壇は赤、青、黄色と様々な色合いで飾られるのだ。
どんな色の花が咲くかは、咲いてみないとわからない。
俺がやっていることもほとんど同じ。
情報という名の水を得て、自分を成長させるのだ。
クルーゼ邸に居候して早三日。俺は毎日彼女の家から、都市中央にある時計塔に通っている。
ロンド・ロンドの
時計塔の足元は、俺が両手を広げてもなお余るほど巨大な観音扉が敷設されており、営業時間帯である昼間は常に解放されている。
図書館の内部は、高い天井とこれまた背の高い本棚がドミノのように並んでおり、どこも似たような景色で迷ってしまいそうだ。
俺はソナーを使って常に現在位置を確認してるから、迷うことはないけど。
「ふむふむ……へぇ、この都市のドームって汚染物質を浄化する役目もあるのか」
手あたり次第、様々な本を読んでいく。
読む、というより、記録する、って感じだ。
俺は一度見たものを脳内に記録することができる。パラパラとめくるだけでも、書いてあることを瞬時に理解できるので、一冊あたり一分とかからず読破できる。
いまはこの都市の歴史に関する本を読み漁っていたところだ。
この都市を覆うドームは空気を浄化し、さらに地下には下水道が錯綜しており、生活排水や工業排水を綺麗にしているそうだ。
それらの設備を整えたのもクルーゼさん。文献によると、農業しかなかったこの土地を発展させた張本人であり、幾度も名誉市民として表彰されていた。
すごい人だとは聞いていたけど、実際に本の中に記載されている写真を見ると、より一層彼女の偉大さに対する実感が湧いてきた。
ニケの奴、こんなすごい人の弟子になれるなんて本当に運がいいな。
「閉館時間です。皆様、お忘れ物の無いようにご注意ください。閉館時間です。皆様、お忘れ物の無いようにご注意ください」
館内にアナウンスが流れる。
アナウンスしているのはゴーレムなのか、流暢な話し方だが、どこか無機質な感じがした。
「もうそんな時間か」
俺は本を閉じて、口を開いて待っている棚の中に戻した。
出口へ向かう途中、工場で作業していたのと同型の、丸っこいゴーレムとすれ違う。
大量の返却本を抱えたそのゴーレムは、俺が目の前を通り過ぎるまでの間、通路の隅でじっと立ち尽くす。
「ん?」
ふと視線を感じて振り返る。
すると、立ち尽くしていたゴーレムが、じっとこちらを見つめていた。
お互いに数秒ほど見つめ合っていると、やがてそのゴーレムは踵を返し、通路の奥へと歩き去った。
「……なんだ?」
変なゴーレムだな。
☆ ☆ ☆
「あははは! ニケお姉ちゃん面白ーい!」
「にゃはあ! にゃはあ! ニケの野生がいまこそ呼び覚まされる時なのにゃあ!」
クルーゼ邸に戻ると、エントランスで猫じゃらしを振るうエマと、床を転がりながらじゃれつくニケが出迎えた。
奥の温室では、夕焼けを背にしたクルーゼさんがその様子を微笑みながら眺めている。
「あ、王様お兄ちゃんお帰りなさーい!」
「王様お帰りなのにゃー! なにか収穫はあったかにゃ?」
戯れていた二人が俺に気づいて駆け寄ってくる。
ニケは鼻息が荒い。瞳孔も縦に広がっており、完全に野生に目覚めている様子だ。
「さっぱりさ。まだまだ本はあるし、地道にやるよ。つーか、お前の方こそ遊んでばっかりいないでちょっとは調べろよ」
「ニケはニケでちゃーんと王様の役に立つことをしているのにゃ! ねー、エマちゃん!」
「そうだよー! ニケお姉ちゃん、ママに占いを教わっているんだよ!」
「クルーゼさんの占い? それって、未来を見通す力ってやつ?」
未来を見るなんてことは俺にもできない。
もしもニケがそんな力を使えるようになったら、役に立つなんてものじゃないぞ。
「それは違うわ。この子に教えているのは普通の占いよ」
温室にいたクルーゼさんが、こちらに歩み寄りながら言った。
茜色を背負ったその姿は非常に絵になっており、思わず魅入ってしまう。
むむむ、クルーゼさんもぜひ、俺のフィギュア作りのモデルになってもらいたいものだ。
「ええと、クルーゼさんの魔法はまた別、ってことなんですか?」
「ええ。わたしの星詠みは、その名の通り星の
「すいません……ちょっとよくわからないんですが……」
まず星の詩ってなんだろう。
「星、つまり世界というものは、無限に存在するの。例えるならそれは、水の中の泡。ひとつひとつの泡とそれらを隔てる水があって、互いの世界は干渉することなく存在してるのよ。わたしの星詠みは、世界を隔てる水の向こうに存在する世界を
「はぁ……」
なんとなくイメージは湧いた。
他の世界を視る。つまり俺がいた世界のような進んだ技術について知ることで、彼女は様々な機械を作ることができたのだ。
集落のゴミ山は、彼女の試行錯誤の成れの果てだったのかもしれない。
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