第33話 弱者の救済は強者の衰退

 長い玄関道アプローチを通り、四芒星が描かれた観音扉を潜れば、そこはエントランス。大理石の床に描かれた黄金の林檎を実らせた大樹の絵が俺たちを出迎えてくれた。


 左右に伸びる湾曲した階段には枝葉を模した柵が設けられ、二階へと続いている。


 階段の下。玄関からまっすぐ進んだところは温室コンサバトリーになっており、足がくるんと外側に曲がったティーテーブルと、金の装飾が施された白い椅子が二脚置かれている。

 所謂バロック様式ってやつだ。


 彫刻の本でしか読んだことのない景色に胸が熱くなる。

 外観からおおよそ見当はついていたが、やはり室内も立派だった。


「こっちよ」


 クルーゼさんは、さらに奥のダイニングへと俺たちを案内してくれた。

 ダイニングの天井には夜空の絵画が描かれており、満点の星々が煌めいている。

 一匹の金色の竜が、一際燦然と輝く星を飲み込もうと大きく口を開いている様子は圧巻で、まさに息を飲む美しさだった。

 

 白いテーブルクロスがかけられた長テーブルは、優に二十人は同時に食事が摂れそうだ。


 テーブルの上には等間隔に燭台が置かれ、銀食器に盛られた二人分の食事を柔らかな光で照らしている。


 クルーゼさんは俺たちを椅子に座らせると、食事を持ってくるといってダイニングを出ていった。


「すごい家だな……」

「広いばっかりでつまんないよ。お外で遊んだほうが楽しい」


 椅子の上で足をぶらつかせながら、エマはつまらなそうに呟いた。

 エマにとっては、この大きな家よりも、外の自然の方が刺激的なのかもしれない。

 俺からしたらこの家は、特大の資料館みたいなものなんだけどな。


「ニケも広すぎて落ち着かないにゃあ」

「じゃあ後で夜の探検に行こうよ、ニケお姉ちゃん!」

「それはダメですよー」


 エマが無邪気な提案を口にした直後、ダイニングの扉が開いてクルーゼさんが入ってきた。


 手に持っている銀のお盆には、パンが詰め込まれたバスケットと、湯気の立つ木の器が二つ並んでいる。


 それぞれ俺とニケの前に差し出されたのは、ローリエのような葉が乗せられたクリームシチュー。一口大にカットされたニンジンや鶏肉が入っている。


「にゃっはあああ! 美味しそうだにゃあ!」

「ふふ、さあ召し上がれ」


 ニケはいつも通り「美味いにゃあ! 美味いにゃあ!」と連呼して右手でスプーンを、左手でパンを掴んで貪っていた。


 俺は食事で栄養でんりょくを確保する必要もないので、とりあえず体内工場に格納しておくことにした。


「それで、二人ともわたしになにか用事があってきたのでしょう?」


 クルーゼさんは、パンを千切りながら尋ねた。

 なんでわかるんだこの人……。


「ええと、実は----」

「ニケを弟子にしてくださいにゃ!」


 俺の言葉を遮って、ニケが勢いよくテーブルに身を乗り出した。


「弟子に? わたしの?」

「ニケはクルーゼ様に憧れて魔女を目指すようになったんだにゃ!」

「まぁ嬉しい!」


 クルーゼさんは手を打ち鳴らして笑みを浮かべた。


「ニケを弟子にしてくれるかにゃ?」

「そうねぇ……」


 顎に手を当てて思考に耽るクルーゼさん。しばしの沈黙によって異様な緊張感に包まれるダイニング。ほどなくして、彼女は顔を上げた。


「可愛いから……弟子にしちゃいまーす!」

「やったにゃあああああああ!」


 椅子から飛び上がって喜ぶニケ。ここまでの彼女の紆余曲折を鑑みれば無理もない。


「よかったな、ニケ」

「うん! ここまで来た甲斐があったんだにゃあ!」

「あれ? でも、ニケがクルーゼさんの弟子になると、どうなるんだ?」


 ニケは俺の近衛魔術師だ。もしも彼女がここで働くってことになったら、俺と交わした誓いはいったいどうなるんだろう。


 そんな疑問が浮かびクルーゼさんを見ると、はたと視線が重なって、彼女は目を細めて微笑んだ。


「貴女の不安はわかります。ですが、心配しなくても大丈夫ですよ。住み込みで働いてもらう、なんてことはいいません。ずばりニケちゃんには、王様さんのお手伝いをしてもらおうと思っていますから」

「俺の手伝い……ですか?」

「貴女は、人間になりたいのでしょう?」


 また言い当てられた。


「実はそうなんです。あの、俺って人間になれるんですか?」

「それはとても難しい問題だわ。未だかつて、ゴーレムが人間になった事例はないんだもの。だからこそ、もしその方法が見つかれば、間違いなくイグザクトリアの歴史に残る大発見になるわ」

「王様を人間に戻すことはニケの目標でもあるから、願ったり叶ったりなんだにゃ!」

「それにそれほどの発見ができれば、魔導委員会もまず間違いなく認めるでしょう。むしろそれくらいの発見でないと、いまの委員会は認めない、といった方が正しいとも言えるわね」 

「国家公認になるのって、やっぱり難しいことなんですか?」


「難しさは時代によって違うものなの。昔はトーナメント形式でその年もっとも強い者が選ばれたり、特定の魔法が使えれば認められていた時期もあったわ。

 でもいまは、魔導における未知の領域を開拓する素質がある人が選ばれるの。はっきりいって、狭き門よ」

「やっぱり、それだけ優れた魔術師や魔女じゃないと難しいんですね」


「それだけではないの。いまの魔導委員会はすっかり権威に染まってしまったから、上級魔術師たちが自分たちの威光を守るために、わざと承認の難易度を上げている側面もあるのよ」

「え……そんなことってあるんですか?」


 それじゃむしろ、いずれ国家公認魔術師を目指す人がいなくなって衰退するんじゃ。

「この都市の現状がまさにいい例よ。ゴーレムや機械を導入したことで、もともとこの都市で魔術師として働いていた人々は仕事が減ってしまった。

 もともと魔法っていうのは、ある程度の才能がある人でなければ使えないものだから、彼らは自分たちの才能の価値を下げないために機械を排斥しようとしているの」


 なるほど。人数が少ないから尊敬されたり貴重な人材として認められるけど、人数が増えて誰にでもできる仕事だと思われてしまうと、国家公認という称号そのものの価値が下がってしまうってことなんだ。


 この都市では機械が台頭したことで、それまで魔術師にしかできなかったことが普通の人にもできるようになった。だから魔術師たちは自分たちの尊厳を守るために機械を毛嫌いしてる。


 あれ、てことは。


「もしかして、反機械派って魔術師のことなんですか?」

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