第31話 未成年者略取

 のこぎり屋根の工場が乱立する工業区に入った。屋根から突き出た煙突から黒い煙が噴き出している。ここはドームの中なのに、どうして煙が充満しないんだろう。


 工業区内はほとんど人影がなく、ちらほらオーバーオールを着た作業者らしき人たちが歩いているくらい。みんな、口元に丸いフィルター缶のついたガスマスクを被っている。


他に動くものと言ったら、人間の荷物を持って後ろからついていく汎用型ゴーレムくらいだ。


 開け放された工場の扉からちらりと中を覗くと、工場内では多くのゴーレムがベルトコンベアの両脇に並んで、流れてくる部品を組み立てていた。


 作業をしているのは汎用型ではなく、丸いボディにバケツのような頭部を乗せた肥満型のゴーレムだ。


「ん?」


 黙々と作業するゴーレムたちの後ろを、小さな女の子が歩いているのが見えた。


 白いワンピースを着た女の子は、ゴーレムたちを見上げてなにやらおろおろしている様子だ。


「おいニケ、ちょっと待っててくれ」

「んにゃ? 了解にゃ」


 工場の中に入って女の子に近づいた。


 裾に赤いリボンがあしらわれた白いワンピース。側頭部から一房ずつ後頭部に回した赤茶金ストロベリーブロンドの髪を、歯車を模した髪留めで束ねている。


 口には亀の嘴のような鉛色のマスクをつけており、藍色の大きな瞳を備えた小さな顔をせわしなく動かして、周囲を見回している。


「君――――」

「こらああああ! 勝手に入ってきちゃ駄目じゃないか!」


 声をかけようとしたら、反対側から作業員が駆け寄ってきた。

 くぐもった怒鳴り声を浴びせられた少女は、びくりと肩を震わせる。


「だってここにはロビンが……」

「だから、君のゴーレムはここにはいないんだって! どっか別の場所に引き取られたの! さ、早く出ていきなさい!」

「嫌よ嫌よ! わたしはロビンを探すの! きっとここにいるはずよ!」

「ああもう、いい加減にしなさい!」


 作業者が少女の腕を掴むと、少女はすぐさまマスクを引き下げ、その手に噛みついた。


「あいたたた! このガキ!」


 作業者が拳を振り上げた瞬間、俺は反射的にコア・ワンを起動して思考を加速。

 ゆっくりと振り降ろされる拳を掴み、すぐに解除した。

 このくらいなら魂に影響を及ぼすことはないはずだ。


「ちょっとまった。いくらなんでもそれはやりすぎじゃないかオッサン」

「えっ、おっ? あれ、いつの間に……ちっ、まぁいい。その子の世話役なら、さっさと連れてここから出てってくれ」


 作業者は吐き捨てるようにそういうと、肩を怒らせて去っていった。


「なぁお嬢ちゃん。ここはゴーレムたちがお仕事をしなくちゃいけない場所なんだ。だから、俺と一緒に外に出よう」


 しゃがみこんで少女の肩に手を置く。薄く、骨ばった感触が手の平の触覚センサーから伝わってくる。


「あなた、だーれ? どうして王冠なんてかぶってるの?」

「俺は機械の王様なのさ」 

「機械の……王様?」


 少女の訝しむような目が輝いた。

 な、なんだこの期待するような眼差しは。


「お、おう……。な? ここにいるとゴーレムたちの邪魔になっちゃうから、行こう」

「うん!」


 少女は警戒することなく俺の手を握ってきた。


 くっ、可愛い。可愛いし、この柔らかそうに膨らんだ四肢。凹凸の少ない胴体。幼女体型のモデルとしてとても参考になる。


 脱がせたい。そんな衝動に駆られた。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「い、いや、なんでもないよ。それと、俺は女に見えるけど本当はお兄ちゃんだ」

「わたし知ってるよ。そういうの、てぃーえす、っていうんでしょ?」

「ははは、君は物知りだなぁ。でも他の人の前では絶対言っちゃ駄目だぞ」


 少女の体を持ち上げ肩車する。

 なんてすべすべな太腿。俺が作ったゴーレムたちよりずっと滑らかな肌ざわりだ。


「お兄ちゃん、行かないの?」

「はっ! あ、ああ。行くよ?」


 危ねぇ。 理性が吹き飛ぶところだった。

 少女を連れて工場の外に出ると、さっそくニケが「にゃにゃ!」と反応した。


「王様! いくらニケが王様の近衛魔術師と言えど、未成年者略取は看過できないのにゃ!」

「ば、馬鹿! ちげーよ!」


 危ないところだったけど。


「わぁ、猫さんだぁ」

「こんにちはおチビちゃん。ニケは猫の魔女ニケだにゃ」

「わたしはエマニエル。エマって呼んでね。ねえニケお姉ちゃん。後で猫耳触らせてくれる?」

「いいにゃー。ニケはサービス精神旺盛な猫だからにゃあ。オマケに尻尾も触らせてあげるにゃん」

「本当!? やったー!」

「……ところで王様。この子はどこの子なのにゃ?」

「さあ……」


 つい勢いで連れてきちゃったけど、送り届ける他ないな。うん。


「とにかくこの子を家に送り届けよう!」

「なんか王様、妙にやる気だにゃあ?」

「よくわからんけど、無性に送り届けたくて仕方がないんだ!」

「あー、困っている人間を見てゴーレムの本能が刺激されちゃったかにゃ? ねえエマちゃん。君のお家はどこなのかにゃー?」


 ニケが尋ねるとエマは、俺の肩の上で「あっち!」と指をさした。


 彼女の案内に従って歩くと、工場群の外れにある高台に到着した。


 群青と茜色がせめぎ合う夕焼け空。眼下に広がるのは、地面が露出した丸裸の畑。

 整然と連なる畝が深い影を落とし、錯綜した畑道が個々の居場所を区切っている。


 畑の先には切り立った崖が右肩上がりに伸びており、先端には教会らしきものが立っている。きっとあそこが宗教区なのだろう。


 ビジネス街や繁華街、そしてこの工業区と、これまで人工物ばかりだった。対してここは、ずいぶん牧歌的というか、自然が豊かだ。


「あそこがわたしの家よ!」


 エマが指し示す方向に目を向けると、畑の中央に鉄柵に囲まれた豪邸が見えた。

 あそこだけ雰囲気が違うな。なんで畑のど真ん中にあんな豪邸があるんだろう。


「よーし、王様! どっちが早く着くか勝負にゃん!」


 ニケは「猫足ニャン・パ・トゥーサ!」と叫んで高台から飛び降りた。

 畑の中に着地した彼女の足は、逆関節を持つ黒い猫の足に変わっていた。


「あー、ニケお姉ちゃんずるーい!」

「にゃっはははは! おっさきーににゃーん!」


 黒い疾風となって大地を駆けるニケ。

 あっという間に小さな点になるほど引き離された。

 やれやれ、どこまで自由人なんだあいつは。


「なあエマ? 空って飛んだことあるか?」

「そんなのないよー」

「そっか。なら、しっかり掴まってろよ!」

「え!? ええええええ!?」


 膝から下の表面処理を解除し、ふくらはぎと足の裏のジェット・エンジンを起動する。

 爆裂音と共に俺の体は浮き上がり、上空へと舞い上がる。


「うわあ! 町の灯りがあんなに小さいよ!」


 点々と灯る歓楽街の灯りはまるで地上の星。

 地上とドームの間には、人工の星がうっすらと光を放っている。

 あれは街灯の役割があったのか。


「恐くないか?」

「全然! 見て! 一番星!」


 エマは昼と夜の狭間で瞬く星を見つめて、楽しそうにはしゃいでいた。


「そろそろ行くぞ」

「うん!」


 俺は空から畑の豪邸に向かって一直線に飛んでいく。

 豪邸の前に着地すると、ちょうどニケもやってきた。


「あはは! ニケお姉ちゃんの負けー!」

「はにゃあ!? 王様たち早いにゃあ!」

「お前もその箒で飛べばよかったじゃないか」

「ニケの箒は乗り物じゃなくて武器なんだにゃん!」


 なにがどう違うのかは不明だが、彼女なりのポリシーがあるみたいだ。

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