第30話 観光

 レンガ造りのビル群をすり抜け、南東の繁華街を目指す。

 

 ビジネス街の無駄のない建物とは打って変わって、繁華街には風車を模した形の大衆食堂や、オープンテラスのパラソルの下で談笑を楽しむ人々で賑わっていた。


 食堂やカフェ以外にも、武器や防具を扱っている店や、雑貨店などもある。なにより目を引くのが、占い屋の多さ。


 雑多な店に混ざって二件に一軒は占い屋だ。店舗だけではなく、路地裏の入口や大通りの隅で露店を開いている占い師もいる。


 星占いやカード占い、運命石などの王道的な物から、大根占いやダーツ占いなど一風変わった物も見受けられた。


 ……大根占いってなんだろう。露店形式なんだけど、紫色の布が敷かれた机の上に、水槽が置いてある。その中には土が敷き詰められており、大根の葉っぱらしきものがぴょこんと生えている。


 水槽の奥には、頭に鉢巻を巻いたいかにも大将って感じのオッサンが腕を組んで座っており、占いというより八百屋って感じだ。このオッサンも、口に白い布を巻いている。ファッションって感じでもないし、病気でも流行ってるのか?


「イラッシャイマセー」


 ずんぐりむっくりなオッサンと対照的な、長身痩躯のゴーレムが、ブリキの如雨露じょうろで水槽に小さな雨を降らせているのがなんだか印象的だ。


 たぶんしょーもない観光客向けの占いなんだろうな、と思っていると、ニケが吸い寄せられるように店に近づいて行った。


「お! 嬢ちゃん、一本占ってくかい?」

「うん!」


 やるのかよ。

 まぁいいけど。


「よっしゃ! じゃあ好きな大根を抜いてくれ!」

「よーし……じゃ、これにゃあ!」


 ニケは水槽から大根を引き抜いた。

 二股に分かれたそれはそれは立派な大根だ。


「おおー、嬢ちゃんあれだなぁ。もしかして自分のスタイルに悩んでたりするんじゃないか?」

「ええ! どうしてわかったのにゃ!?」

「はっはっは、そりゃあ俺っちも伊達に占いやってないからよぉ」

「そうなの、実はニケ、自分のスタイルに困っているのにゃ……」

「そうだろうそうだろう。だけどまぁ、心配することはない。お嬢ちゃんは可愛い顔をしているし、世の中にはいろんな好みを持つ人がいる。足が短くたって----」

「ニケの抜群のプロポーションがみんなの視線を奪ってしまって、他の女の子たちに申し訳がないのにゃ」


 そっちかい。

 てっきり足の短さに悩んでいるのかと思ったじゃねーか。 


「……あ、あー。自分に自信があるのはいいことだぞ! 我が道を行け! 俺からのアドバイスは以上だぜ、お嬢ちゃん!」


 店主はびしりと親指を突き上げて笑った。

 明らかに動揺していたが瞬時に無難な返しをするとは流石プロ。

 占いの精度はともかく、良いものが見れた気がする。


「料金は大根代も含めて----」

「リョウキン、ハ、四百、ローウェル、ニ、ナリマス」

「なに勝手なこといってやがるんだこのポンコツ!」


 長身痩躯のゴーレムが片言で話すと、オッサンは水槽の脇に置かれていたスパナを掴んで、ゴーレムの頭を叩いた。


「あ! なんでそんな酷いことするにゃ!」

「ああ? ゴーレムは躾けてなんぼだろ? それでお嬢ちゃんたち、お代は、そうだな……七百ローウェルだ」

「だからって殴ることないと思うにゃ……」

「なんだい嬢ちゃん。俺っちの躾けに文句でもあるのかい? だとしても金を払わなくていい道理はないぞ」


 店主のオッサンは友好的に微笑んでいるが、口調には有無を言わせない圧がある。


「おいニケ、俺たちは部外者だ。払うもん払ってさっさと退散しよう」

「うぅ……わかったにゃ」


 ニケが箒の中をまさぐると、彼女は「あっ!」となにやら不穏な言葉を発した。


「おいニケ……お前、まさか……」  

「そういえばニケ……無一文だにゃ……」

「無一文……?」


 あからさまに店主の顔つきが険しくなる。

 そりゃそうだ。これじゃ単なる大根泥棒でしかない。


「まったまった、ええと、現金はないんだけど、お金の代わりにこれなんてどうだ?」 

「こ、こりゃあ、タイラント・ベアの爪じゃないか!?」


 お、この様子だと結構価値があるみたいだな。


 タイラント・ベアの爪を渡すと、店主は上機嫌で俺たちを解放してくれた。

 なんでもここ一帯ではタイラント・ベアの爪や牙は占い師を醸し出す装飾品として人気なのだとか。


 警戒させてしまったお詫びに毛皮も渡すと、店主はさっそく紐に結んで首からぶら下げ、毛皮を羽織った。


「へへ、ありがとうよお嬢ちゃんたち。これで俺っちも占い師としての箔がつくってもんよ」


 どっちかっていうと八百屋から山賊に近づいた感じだけど、本人が喜んでるならいいか。

 それより、聞き間違いじゃなけりゃいまお嬢ちゃんたちって言ったよな……。

 この格好でも女に見えるってのは、ちょっとショックなんだが。


「オツリ、ヲ、オウケトリ、クダサイ」


 長身痩躯のゴーレムはまるでレジカウンターのように腹部をスライドさせた。 

 ところが、


「勝手なことをするな!」


 店主がまたしても殴りつけ、硬質な音が辺りに響く。


「もうやめるにゃ! ゴーレムだからって殴るのは可哀そうにゃ!」

「ああん? なんだい嬢ちゃん、まさかお前ら機械派じゃないだろうな?」

「機械派もなにもないにゃ! ニケはゴーレムが好きなだけだにゃ!」


 ニケが怒鳴るように言い返すと、それまで無関心だった周囲の人々が一斉にこちらに視線を向けてきた。


「おい聞いたかお前ら! こいつら機械派の連中だぞ! 俺たちの仕事を奪おうとする屑共の仲間だ!」


 店主の言葉で空気が変わった。

 奇異の目は瞬時に凍てつくような視線に変わり、俺たちを取り囲む。


「お、おいニケ。ここは大人しく引き下がったほうが――――」


 無難。

 そんな言葉が喉の奥から吐き出されるその前に、ニケは大きく息を吸って胸を膨らませていた。


「ニケは! ゴーレムが! 大好きなんだにゃあああああああ!」


 兵器といっても過言ではないほどの大音量が歓楽街の中心に響き渡り、周囲の人々はのけぞり、建物の窓ガラスに亀裂が走る。

 惑星が震えているんじゃないかと思うほどの声量だった。 


「や、やばい!」


 俺は慌てて体内工場で生成した粉末状の石灰を放出し、煙幕を張る。


 純白に染まる視界の中、ソナーでニケの居場所を特定し、彼女を抱きかかえて飛び上がった。


 軽々と建物の屋上に着地すると、地上から「ああああ! 俺っちのゴーレムが!」という悲痛な叫び声が聞こえてきた。


 さっきは多めに支払ってたみたいだし、修理代ってことで納得してもらおう。


「お前、なんであんなことしたんだよ? 周りの視線に気づかなかったのか?」

「周りの目なんて関係ないにゃあ! あんなの見たら許せるわけないにゃあ!」


 腕の中で、ニケは諸手を上げて叫んだ。


 気持ちは嬉しいが、もう少し時と場所を選んでほしい。


 彼女を抱きかかえたまま、俺は屋根を飛び移り、歓楽街をまっすぐ北に抜けた。

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