第29話 機械都市ロンド・ロンド

「おおー……」


 ガラスのドームの中にそびえる高層建造物群ビルディングに感嘆の息が漏れる。


 魔法で浮かせているのか、都市の上空には星のような飾りが漂い、浮いては落ちて、落ちては浮いてを繰り返している。


 町中を横断する路面電車。巨大な前輪の自転車を漕ぐ若者たち。ハットをかぶった紳士に、ロングカーディガンを羽織った夫人。


 まるで都市全体が巨大なスノードームみたいだ。


「電車が走ってるし自転車もある……思っていたよりずっと発展してるんだな、イグザクトリアって」

「ああいうのはこの都市だけだにゃ。ここはイグザクトリアで最も高い技術力を持つ工業都市なんだにゃ」

「なるほどなぁ。ところで……」


 ニケを見る。


「んにゃ?」


 彼女は相変わらず露出度が高い服で怪訝な表情をした。

 もう一度、ドームの中を見る。


 人々はまともな服を着ている。腹や背中を晒したりなんかしていない。

 なんならいっそ、ほぼすべての住人がマスクをつけており、露出度は少ないくらいだ。

 ほとんどの人は布で口元を覆い隠しているだけだが、中にはガスマスクのようなものや、ペスト医師のような鳥の嘴を模した物を付けている人もいる。


「……ブーメランパンツじゃなくて良かった」

「んにゃあ? パンツがどうしたのにゃ? ニケは履かない派だけどにゃ?」

「履けよ……。それで、これってどこから入るんだ?」

「どこからでも入れるのにゃー」


 ニケはまっすぐガラスのドームに歩み寄る。


 彼女がガラスに触れると、ガラスは水のように波紋が広がりすんなりと彼女を受け入れた。

 俺も続けて中に入る。


 すると、まったく聞こえなかった町の喧騒が、体を押し返すような圧を伴って耳朶を打ちつけた。


 電車の走る音や、人々の雑踏。町のどこかで演奏しているのか、パイプオルガンやヴァイオリンの音色まで聞こえてくる。


「うわ、すごいな!」

「このドームはこの都市全体を守る魔法のガラスでできているのにゃ。音や振動を外に漏らさないし、雨や風から町を守るのにゃ!」

「このドームもこの都市の技術なのか?」


 だとしたら俺のいた世界よりよっぽど発展してるぞ。


「これはクルーゼ様の魔法なのにゃ。この都市はクルーゼ様が守っているからにゃ」


 魔法だったのか。どっちにしたって、すごいことには変わりないけど。

 でも、こんなにすごい魔法があるのに、どうしてここは工業都市なんだろう。


「まずは都市の案内図を探すにゃあ! それからどんなご飯があるかチェックして、それと観光名所と、それとそれと……」

「自分の目で見た方が早い、か」

「んー? 王様、いまなにかいったかにゃ?」

「いいや、なんでもないよ」


 ニケと一緒に都市の中を散策した。


 町中には四輪駆動の汎用型ゴーレム(俺の親戚かもしれない)が至る所におり、観光客向けのパンフレットを配っていた。


 受け取ったパンフレットを見てみると、このロンド・ロンドは五つの区画に分かれているようだ。


 俺たちがいるのは南西にあるビジネス街。北西は集合住宅アパルトマンが立ち並ぶ居住区。

 北は教会などの宗教施設。この辺りは町を貫く川の上流でもあり、農耕地でもあるようだ。

 北東は工業区。南東は観光客向けの繁華街だ。


 中央の広場には都市の象徴である大きな鐘が取り付けられた時計台。時計台の中は図書館にもなっているらしい。


 それぞれの区画の中央には、この都市を覆う魔法を維持するための白い塔が建っており、それらを線で繋ぐと五芒星の形になるのだそうだ。


「まずはどこに行こうか。大魔女の所に直行か?」

「いや、ニケはクルーゼ様の家を知らないのにゃ。だから……」

「だから?」

「まずは聞き込みも兼ねて……観光だにゃあ!」


 言うと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る