第28話 森を抜けて

 満身創痍のニケを残し、俺は食料を探しに行くことにした。


 彼女は自分が行くと言っていたが、「これ以上足を引っ張るな」と少し厳しめの言葉を置いてきた。

 落ち込む彼女を見るのは心苦しかったが仕方がない。


 さて、それじゃあまずは獲物を探さないとな。


 俺はソナーを発動して周囲を索敵する。索敵方法は超音波だ。音の反響を可視化すると、周囲が立体的な升目ますめのように見える。

 木々の向こう側まで丸見えだ。川沿いに熊のような生き物がいることを確認。あいつでいいか。


 茂みに身を隠して近づくと、腕が四本生えている熊のような魔物を視認できた。


 分析スキルによると、あの魔物はタイラント・ベアという名前らしい。四本の腕で獲物を羽交い絞めにして強靭な顎で一気に噛み砕くのだとか。

 腕が四本ってところが、少し前の俺と似ていてちょっぴり親近感が湧く。


 あと意外なことに潜水が得意だそうで、水の中に獲物を引きずり込むこともあるそうだ。


 ようは近づくと危険ってこと。幸い向こうはまだこちらに気づいてない。遠距離から仕留めさせてもらおう。


 茂みの中から左腕を伸ばし、川に頭を突っ込んで水を飲んでいるタイラント・ベアに向ける。


 銃口を露出させるために手首を下方に開くと、タイラント・ベアはすぐに顔を上げて周囲を見回した。


 気づかれたか。だがもう遅い。

 俺は左前腕部から突き出た銃口から、マグナム弾を発射。爆発にも似た炸裂音が森に響き渡る。


「ぐがあああああ!」


 タイラント・ベアは後頭部を撃ちぬかれ絶命。よしよし、我ながら素晴らしい射撃精度だ。しっかし、ずいぶん大きな音が鳴っちまったな。


 もともと戦闘用ゴーレムは狩猟用だったり、魔物との戦闘に特化している。

 そのため武器も弾丸をばら撒く散弾バックショットや、一撃で相手を行動不能にさせる大口径しかない。


 対人戦は想定されていないので基本的には単発なのだが、俺はスキル体内工場と併用して連射もできる。雨のように襲ってくるマグナム弾なんて、相手からしたら絶望しかないな。


 本当、ゴーレムの制約がなければ一騎当千ならぬ一当千の性能なんだけどな。


 なんて不毛なことを考えつつ、仕留めたばかりのタイラント・ベアに歩み寄る。

 一人で食べるには十分な大きさだ。せっかく川の近くだし、このまま血抜きも済ませてしまおう。


 そう思ってタイラント・ベアを引きずりながら川の中へ入っていく。


 すると、水中から毛むくじゃらの腕が伸びてきて俺の足をがっしりと掴んだ。


「んん?」


 しかも目の前の川がうねり、次々とタイラント・ベアが現れた。さらに森の奥からもぞろぞろとやってくる。その数、なんと十五頭!


「……おいおい」


 タイラント・ベアは低い唸り声を上げ、一斉に襲い掛かってきた。


☆ ☆ ☆


「美味いにゃあ美味いにゃあ!」

「そうかそうか、たんと食え。……余らせるのはもったいないからな」


 骨付き肉にかぶりつくニケの隣には、目をバッテン印にしたタイラント・ベアの山ができていた。 


 あの後、川から上がってきたタイラント・ベアは俺に散々噛みついたが、なにせ超合金でこの体。強烈な咬合力によって砕けたのは俺の骨格フレームではなく、奴らの牙だった。


 また音を立てると寄ってくると思ったので、拳で全員仕留めた。


「王様ぁ、ごめんにゃあ……ニケ、とっても鈍くさいにゃん……」

「気にするなって、いまはちょっと気負い過ぎてるだけだよ。お前が強いのはよく知ってるからさ」


 集落で暴れていた時の彼女は、それはもう疾風の様だった。


 魔力が制限されてあれなのだから、本当の実力が発揮できれば彼女は相当強い……はずだ。


 いまは状況が変わったばかりで、気持ちの整理がついていないだけだと思う。彼女には、落ち着く時間が必要なんだ。


「王様は、そんなに歯形だらけになっても優しいんだにゃあ……」

「……まぁな」


 骨格が砕けることはなかったが、俺の体は歯形まみれ。後で表面処理を再構築しないとだな。


 ニケが満腹になったので、食べきれなかった分は微粒子分解して格納した。取り出すときはステータスから選択すれば自由に出し入れできる。


 肉は食料として必要だとして、毛皮や爪も売れるかもしれないし、持っておいて損はないだろう。


 容量ストレージには余裕もあるしな。今後も役に立ちそうな物は、積極的に集めていこう。


「にゃー。王様って本当に便利だにゃあ」

「だろ? だからもっと俺を活用していこうぜ」


 俺たちは再び機械都市に向かって歩き始めた。

 今度は俺のマップを頼りに森を進んでいく。


「こっちだな……おっ」


 木々の隙間から光が見えた。

 どうやら森を抜けたらしい。


「おいニケ! 森を抜けたぞ!」

「はぁはぁ……や、やっとなのにゃ……」


 森を抜けると、そこは芝生が敷き詰められた平原だった。

 ぽつりぽつりと木が生えているくらいで他にはなにもない。


 連なる丘の稜線から駆け下りてきた風が体を包み込む。

 丘の上に昇ると、遠くに巨大なガラス玉のような物が見えた。

 ガラス玉の中には一際目を引く高い時計塔があり、その下には赤煉瓦の家々が立ち並んでいる。


 あれが機械都市か。

 丘を乗り越え平原を進む。

 空は高く、風は心地よく、足取りも軽い。


「それでねー、ニケねー」


 森から抜けた開放感からか、ニケの緊張もすっかり解れたようで、彼女の口もすっかり軽くなる。


 俺は「へぇ」とか「ほー」とか相槌を打つ。

 気分はピクニックのそれだ。


「ところで、お前はもう機械都市には入ったことがあるんだっけ」

「うん。でも入ってすぐにリカルドたちと合流したから、町並みはほとんど見てないにゃ。クルーゼ様とも会えなかったにゃ」

「そもそもあいつとはどこで出会ったんだ?」

「ええと、商人の町ブシュタンノエルスだにゃ。あそこは物価が高すぎて、一回ご飯を食べただけでお財布が空になったからゴミ箱を漁っていたのにゃん。そしたら、俺様の飯を盗むのはどこのどいつだあー! って言って奴が来て捕まったのにゃん」


 リカルドの奴、食事を恵んでやったとか偉そうなこと言ってたけどゴミのことかよ。

 いやそれより、あいつもゴミ漁りしてたのかよ。


「捕まって、それからは?」

「それから拠点探しに付き合わされて、各地を点々としたのにゃ。ちなみに、今回ニケが王様たちの集落を見つけたのは本当に偶然だったにゃ。ご飯をつまみ食いした罰として、近隣の村から自力で機械都市に行くよう命令されて、村に来ていた行商の馬車に相乗りさせてもらって……後は、お察しの通りなのにゃ」


 じっとしていられなくなって馬車から飛び降りたら行き倒れた、と。


「波乱万丈な旅だな……」 

「にゃはは! でもこうして王様と出会えたから結果オーライなんだにゃ!」

「そうかぁ……?」


 けっこう失う物が多かった気がするけど、ニケが納得してるならいいか。


「でもね、王様。機械都市に入ったら気をつけて欲しいことがあるにゃん」

「気をつけるってなにを?」

「機械都市は機械派と魔術派が対立しているにゃん。王様がゴーレムだってバレたら、良く思わない人もいるのにゃ。リカルドも、反機械派の援助を受けるために機械都市を目指すと言っていたから、きっとろくでもない奴がいるのにゃ」

「良く思わない人、か……」


 リカルドもゴーレムが嫌いだと言っていたし、この世界のゴーレムは俺が思っている以上に肩身が狭いようだ。


 しっかしその反機械派とかいう奴ら、裏切り者の軍人と取引するなんて、彼女がいう通りまっとうな輩ではないだろう。


 あんなに綺麗な町なのに、その中には伺い知れない闇が広がっているのかもしれない。


「ま、不安なんてどこにでも付き物だにゃ! 考えてもわからないことを考えるより、自分の目で見たほうが早いのにゃ!」

「お前はもうちょっと考えて行動しような」

「にゃはあーん! 気をつけますのにゃ……」


 しょんぼりと項垂れるニケを引き連れ、俺はついに、機械都市ロンド・ロンドに到着した。

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