第27話 ニケ、がんばる!
木漏れ日が地上を斑に彩る森の中。
青臭い風が木々の間を吹き抜けては、枝の先で触れ合う葉が安らぎのメロディを奏でている。
俺はついに、
前を歩くのは、俺の近衛魔術師となった魔女の卵ニケ。
俺は人間になる手掛かりを探しに、彼女は大魔女に弟子入りすべく、いまは機械都市ロンド・ロンドを目指している。
「王様! ちゃんとついてきているかにゃ!?」
ニケはふーん、と鼻息を荒くして振り返る。
「ああ、ちゃんといるよ」
そんな彼女に、俺は投げやりな口調で答える。
「疲れてないかにゃ!?」
「大丈夫だよ」
「この森はクルーゼ様の魔法で魔物の活動が穏やかだけど、凶暴な魔物がいないわけではないのにゃ! ちゃんとニケについてくるのにゃ!」
「わかったよ」
彼女は再び前を向くと、両手でしっかり箒を握りしめ、挙動不審気味に周囲に視線を走らせながら歩き始めた。
このやりとり、すでに六回目だ。
きっとニケは、集落を壊滅させてしまったことや、ゴーレムたちを傷つけた負い目があるのだろう。
その罪滅ぼしも兼ねて俺に忠誠を誓ってくれたことは嬉しいのだが、少々肩に力が入りすぎている気がする。
「なぁニケ。この道、さっきも通った気がするんだけど」
「はにゃ!? ええと、そうだったかにゃ?」
「ああ。あの岩、確かにさっきも見た」
いままさに通り過ぎた岩を、背中越しに親指で指し示す。
「う、うーん。ちょっと待ってるのにゃ! ニケは木登りが得意だから、上から目的地を確認するにゃん!」
「俺のマップ機能で進んだほうが早いんじゃないか?」
「駄目にゃ! ニケは王様の近衛魔術師だにゃ! 王様の手を煩わせるわけにはいかないのにゃ!」
ニケは箒を木の根元に立てかけ、するすると登り始めた。
確かに木登りは上手みたいだ。
せっかくやる気になってるみたいだし、好きにやらせた方が良いかもしれない。
「おーい、見えたかー?」
「ちょっと待って欲しいにゃー! んーと、んーと……あ! 見え----にゃ?」
めきめきめき、べきっ! という音が頭上から降ってきて、一緒にニケも落ちてきた。
「お、おいニケ!? お前大丈夫か!?」
「は、はにゃああ……。だ、大丈夫なのにゃあ……」
尻で着地したニケは、でんぐり返しのような状態で目を回していた。
彼女の尻尾が大きく開いた足の間にへたり込む。
猫ならもうちょっと華麗に着地してくれよ。
「さ、さあ! 行き先はわかったからさっそく向かうのにゃ!」
「休まなくて大丈夫なのか? 痛いだろ、その……尻が」
「だ、大丈夫大丈夫なのにゃ! ニケはお尻が大きいからっ、じゃなくて! けっこう打たれ強いのにゃ! だから王様がピンチの時は体を張って----にゃにゃ!?」
ニケが箒を握りしめて勢いよく振り返る。
彼女の視線の先には、半透明の水色の物体がいた。
楕円形で水っぽい感じで、中央には赤い核のような物が埋まっている。
「あれって、もしかしてスライムってやつ?」
「まさにその通りなのにゃ!」
「……襲ってくるのか?」
見た感じ、ただそこにあるだけって感じなんだけど。
「普段は地面を這いずりながら、雑草とか苔を食べる無害な魔物なんだにゃ! でも、体に纏わりつくとなかなか剥がせないにゃ! うっかり顔にでもくっついたら、最悪窒息死してしまうのにゃ! 王様、ここはニケに任せて欲しいにゃ!」
「俺、呼吸してないけど……」
「にゃああああああん!」
俺の言葉も聞かず、ニケは箒を振りかぶってスライムに向かっていった。
まっすぐ縦に降り降ろすも、スライムはぴょんと跳ねて木の幹に張り付き、攻撃を躱した。
へぇ、いちおう攻撃されてるかどうか判断できるんだな。目がないのに、どうやって感知してるんだろ。
「にゃあ!」
木の幹に張り付いたスライムに追撃を仕掛けるニケ。
箒を横なぎに振るうと、スライムはぼてっ、と地面に落ちた。
横腹を叩かれた幹が大きく軋んで鳥が飛び立ち、葉が舞い落ちる。
「なかなか素早いスライムなんだにゃ! よーし、尻尾を取り戻したニケの魔法をお見舞いして----にゃ?」
葉と一緒に、なにかがニケの右肩に落ちた。
なにか、というか、スライムだ。
しかも一匹だけじゃない。ぼとぼとぼとっ、と六体くらい一気に落ちてきた。
「ひぃ! つ、冷たっ! せ、背中はやめるにゃあああ!」
どうもスライムは結構冷たいらしく、一匹のスライムが彼女の背中に着地すると、途端に彼女の肌が粟立っていた。
露出が多いのが仇となったようだ。
「や、やめて! くっつかないでにゃあ! あっ!」
身を捩って嫌がっていると、足元にいたスライムに足を取られて盛大にすっ転んだ。
彼女の腹や胸でスライムが押しつぶされ、彼女の体はすっかりスライムまみれ。
ニケは足を広げて座り込み、顔を顰めて舌を出していた。
「ぺっぺっ! うにゃああ、べとべとで気持ち悪いにゃあ……わにゃあああ!? ちょ、ま、待って! 服の中で動かにゃいでぇ!」
チューブトップやショートパンツが膨らみもぞもぞと蠢いている。
いかん、これ以上は見てられん。彼女のプライドを傷つけそうで気が進まないが、このままでは非常にセンシティブな展開になってしまう。
そう思って右腕のプラズマソードを起動しようとしたら、さらに追加で一匹降ってきた。
しかもその一匹は、運悪くニケの頭の上に----。
「がぼぼぼぼぼぼぼっ!」
「おわあ!? ニケえええええ!」
「ぼごっ! がぼっ! ごっぼぉ!」
必死に顔のスライムを引きはがそうとするが、彼女の腕はスライムの体に埋まるばかりで一向に剥がせない。
あ、これ死ぬ奴だ。昔、宇宙飛行士の恐怖体験について書かれたネット記事で、似たような状況を読んだことがある。
「今助けるからな!」
大慌てでプラズマを放射。彼女ごと焼却する。
「ぎにゃああああああ!」
ああ、しまった。ちょっと出力を上げすぎた。
案の定、体に纏わりついていたスライムは蒸発させることができたものの、ニケの体からパチパチとスパーク音が聞こえた。
「けへっ、けへっ! うう、喉の奥が焦げ臭いにゃあ……」
地面に両手をついてせき込むニケ。
「なあ、おい。急ぐ旅じゃないんだし、一回休もう。な?」
背中を擦ってやると、彼女は口元を拭いながら顔を上げた。
「ま、まだまだにゃ……うっ!」
「ど、どうした? 体が痛むのか?」
ニケは腹を抑えて苦悶の表情を浮かべていると、くきゅー、という可愛らしい音が聞こえてきた。
「お、お腹が空きました……にゃん……」
彼女は顔を真っ赤にして目を逸らし、ぼそりと呟いたのだった。
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