第26話 決意と旅立ち
「にゃああぁぁ……重いにゃあ……」
待っていると、城の残骸を抱えたニケがやってきた。尻尾をだらんと下げて、ふらふらと覚束ない足取りだ。
その後ろには、ニケよりも大量の鉄屑を抱えた百八号が、涼しい顔で歩いてくる。
「ニケ様、早く歩いてくださいまし。……あっ!」
「ぎにゃああああ! し、尻尾を踏まないで欲しいにゃあ!」
「申し訳ございません。あっ、尻尾だ! と思ったらつい……」
「さっきのあっ! ってそういうことにゃ!? 確信犯だったのにゃ! ゴーレムに人間は傷つけられないんじゃなかったのかにゃ!?」
「嘘ですよニケ様。本当はたまたま踏み出したところに尻尾が入り込んだのです」
「なんでそんな嘘つくのにゃあ……」
「ニケ様が愛くるしいからでございます」
「百八ちゃんのコミュニケーションは難解過ぎるにゃあ!」
なにやってんだよあいつら。
二人はじゃれあいながら金属をかき集め、俺が作った型に放り込んでいく。
十分な量が溜まったら、右腕のプラズマを放射状に噴射して鉄屑を加熱する。
緑色の炎があっという間に鉄屑を赤熱させる。
厳密には炎ではなく、電気のバーナーだけど。
赤熱した鉄屑は次第に緩み、やがて完全に溶解して境界線が消えていく。
「さて、あとは冷えるまで待つだけだな」
「ふにゃああ、お腹空いたにゃあ」
「でしたら森へ行って食料を調達してきましょう」
「……言っておくけど、ニケは猫じゃなくて猫獣人だから、ネギとかニラを食べても大丈夫にゃ」
「まぁ! でしたらトリカブトを摘んでまいりますわ!」
「それは普通に毒なのにゃあ!」
「ですが、残念なことに攻撃目的で薬効植物を摘むことはできないのです……嗚呼、本当に残念ですわ」
「悪意があるって認めたにゃ!」
百八号の自我の発達は、一号を凌いでいるかもしれない。できれば性格も彼女を見習って欲しかったけど。
太陽が西の空に沈みかけた頃。
赤熱していた鉄屑が冷えて固まり、巨大なモニュメントが完成した。
「できましたね」
「え、これで終わりなのにゃ? 名前を彫ったりはしないのかにゃ?」
「我々には、名前という名前がございませんので……」
名前、か。
一号の名前は決めていたけど、他のみんなはまだだ。
その代わり、俺には考えがあった。
「彼女たちの絵を彫ろうと思う」
「絵、でございますか?」
「ああ。このモニュメントに、みんなの姿を彫るんだ」
「それは……とてもいい案ですね」
その夜。
満月の光を頼りに、俺は作業を開始した。
指先から出る微弱なプラズマを使って、絵を描く。
中央に描いたのはナイフを握りしめた女性。一号だ。
その周囲に、工具や武器、フライパンなど、個人を象徴する道具をもった女の子たちを描く。衣装はみんな、神話の絵画で描かれるような
疲れを知らない体を使って、一心不乱に描いた。
夜が明けると、黒鉄のキャンパスに、女神のような少女たちの絵が完成していた。
「お疲れ様でございます」
朝日を背負って、百八号がやってきた。
「ほわぁぁ、本当に徹夜で描いたのかにゃ? 王様はすごいにゃあ……って本当にすごいにゃあ!」
寝ぼけ眼をこすりながらやってきたニケは、俺の絵を見て完全に目が覚めたようだ。
「まだ終わりじゃないんだ」
俺はみんなの絵の下。余白になっている部分に、文字を刻んだ。
「それは?」
「これは一号の……いや、この集落の名前だよ」
「なんて名前なのにゃー?」
「……
俺は刻んだ文字を指先でなぞりながら、彼女に与えるはずだった名を呟く。
無機質で冷たいモニュメントを通じて、触れることのできない彼女の存在がありありと感じ取れた。
「素敵なお名前ですね。わたくしも、その名に相応しいゴーレムになれるよう、精進いたします。……それでは、王様。これからどうなさいますか?」
モニュメントから手を離し、立ち上がる。
「一つ、決めたことがある」
「決めたって、なにをにゃ?」
「実は俺、ずっと迷ってたんだ。自分が人間なのか、それとも機械なのか」
「にゃあ。そういえば言ってたにゃあ」
「その悩みも……お前と会って、曖昧なままでもいいと思った。世界を見て、ゆっくり決めればいいって」
振り返ると、ニケは自分を指さして「ニケ!?」と叫んだ。
「でも、それじゃいけないってわかったんだ。俺は人間になりたい。いや、なるんだ。この集落が悪い人間に利用されないように、俺が人間になって、今度こそみんなを守る。ここを、本当のゴーレムの楽園にする!」
凪いでいた心がざわついた。
胸の奥が熱い。俺の中に、火が灯った気がした。
「真の王になられる、ということですね。でしたらわたくしは、王様の帰還をお待ちします。帰ってくる場所がなければ、旅立つ意味もありませんもの」
百八号は胸に手を当てて優しく微笑んだ。
「百八号……頼んだ」
「お任せください。実はわたくし、一号お姉様とは別の構想がありまして、以前よりもファッショナブルかつ大胆な集落にしていこうと考えております!」
ぐっと拳を握りしめて意気込む彼女に、俺は微笑み返した。
「……ほどほどに頼むな」
「ご遠慮なさらずに!」
「頼む! ほどほどに、な?」
百八号はきょとんとした様子で「は、はぁ?」と答えた。
帰ってきたら集落が魔王城みたいになっているなんて嫌だからな、俺。
「ニケも!」
「ん?」
「ニケも決めたにゃ!」
「決めたって、なにをだ?」
「魔女になってからやる研究のことにゃ! ニケは、ゴーレムが人間になる方法を見つけるのにゃ! そうすればニケは正式な魔女として認められるし、王様も人間になれるしウィンウィンなんだにゃ!」
「ニケ……」
俺のために、ってことだよな。
「なるほど。ついでに罪滅ぼしもしようという魂胆でございますね?」
ぎくぅ、とニケが体を硬直させるも、彼女はすぐさま俺に駆け寄ってきて右手を握りしめてきた。
「にゃ、にゃはは! この話はもうおーしまい! それとね、ニケね、もう一つ決めたことがあるにゃん! ニケは近衛魔術師を目指すのにゃ!」
「近衛魔術師って、確か国王に仕える魔術師のことだろ? ずいぶん大きな夢だな」
「ううん。きっとこっちはすぐに叶うと思うのにゃ!」
ニケは俺の右手を握ったままその場に跪いた。
帽子を手に取り、胸に当てて、その姿はまるで忠誠を誓う騎士のような振る舞いだ。
「王様。どうかニケを、王様の近衛魔術師にしてくださいにゃ。ニケは、この体と、この魂を捧げて、王様に尽くすことを誓いますにゃ」
黒と白の耳が、彼女の頭の上でピコピコと揺れている。
ずいぶん大きな夢だと思ったけど、俺の近衛魔術師になるってことだったのか。
「頼むよ、ニケ。俺を支えてくれ」
「拝命しますですにゃ!」
ニケは顔を上げ、俺の手の甲にキスをした。
彼女の唇から魔力の靄が流れ込んできて、俺の胸に埋まっているコアへと伝わってきた。
途端に、俺の中で燃えていた決意の炎が、もっと優しく、穏やかな物へと変化し、胸が暖かくなってくる。
「いまのは?」
「誓いの儀式なのにゃ。これでニケの魂の一部は王様の物。どんなに離れていても、ニケは王様の窮地を感じてすぐに助けに行くのにゃ。ニケと王様は、魂の絆で結ばれたのにゃん」
「まるで、ゴーレムの管理者登録みたいだな」
「にゃはは、逆なのにゃ。管理者登録の方が、誓いの儀式を真似して作られたのにゃん」
そうだったのか。
俺は知らないうちに、彼女たちと絆を結んでいたんだな。
だから俺は、彼女たちが傷つくと、まるで自分の事のように辛かったんだ。
「行こう、ニケ。冒険の始まりだ!」
「合点招致ですにゃ!」
もう、あんな痛みは味わいたくない。
俺は今度こそ、忠誠を誓った大事な者たちを守ってみせる。
強い決意を胸に秘め、俺は新たな臣下と共に、旅に出た。
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