第25話 最強のリスク
「魂が淀んでる? 悪い、もっと詳しく教えてくれ」
ニケによると、魂には魔力を生成する他に、人間に必要なあらゆる欲求を生み出す役割があるそうだ。
魂の輝きが失われると、食欲や睡眠欲といった欲求も薄れていく。つまり鬱病のような状態になっていくらしい。
今俺が感じている漠然とした虚無感は、魂が弱っていることが原因だったのだ。
「なぜ王様の魂が淀んでしまったのでしょう?」
ナイフを弄びながら、百八号が尋ねた。
「た、魂は、例えば風邪を引いた時や怪我をした時にも淀んだりするのにゃ。でも今回は、きっと別の理由なのにゃん!」
白樺の枝のような指先で回転するナイフを凝視しながら、ニケは答えた。
「別の理由って?」
「王様がゴーレムたちと融合したことが原因だと思うにゃ。疑似魂は、本物の魂の魔力を吸収する仕組みになっているから、王様の魂がゴーレムたちの疑似魂に吸われているんだにゃん」
「ええ!? するとこのままでは、王様はゴーレムの裸体を眺めて悦に浸ることのない廃人になってしまわれるということですか!?」
「どっちにしろ廃人じゃねーかそれ」
薄々気づいていたけど、百八号ってわりと毒を吐くタイプなのかもしれない。
「いまはたぶん大丈夫だにゃ。見たところ王様の魔力は、胴体と頭にしか巡っていないのにゃ」
「そっか、いまは他のコアとの接続を切ってあるから……」
俺は彼女たちのコアと接続することで、最強の力を行使できるようになる。
コア・ワンは制御系。コア・ツーは動力系。最終段階のコア・スリーは特殊システムの解放。
この三つの回路を接続することで俺は、俺と彼女たちが望んだ最強の状態に移行するのだ。
ニケの話が本当だとしたら、コアを接続するほど俺の魂は彼女たちに奪われてしまう。
今回はコア・ツーまでで対処できたけど、今後コア・スリーを使ったら、俺は俺でなくなるのかもしれない。
大いなる力には大いなる責任が伴う、なんて古い映画の台詞であったけど、
俺は力を得た代償に、人として大事な物を失いつつあるみたいだ。
「あまり気にしすぎるのも良くないにゃ。心配しなくても、魂は自然に回復するようにできているのにゃん。いまは心を休める時なのにゃ」
「そうですよ王様。むしろわたくしには、百体以上ものゴーレムと融合してもなお人間性を保っていられるのが不思議なくらいです。これは幸運と捉えるべきでしょう」
「そうだな」
俺が無事なのは、俺の中にいる彼女たちが自分たちの役割に集中してくれているからだ。もしもこのたった一つの体をみんなが奪い合ったら、今頃俺は魂の激流に飲み込まれていただろう。
俺が俺でいられるのは、彼女たちのおかげなんだ。
それに最強の力を使わなくったって、今の俺は十分な性能を持っているはずだ。
あまりにも前の状態から変わったし、ステータスを確認しておこう。
《俺》
・頭脳:量子シナプス超速演算装置
・胴体:四層式アダマント・ボディ
・右腕部:オリハルコン表面処理・プラズマソードアーム
・左腕部:ミスリルチタン製・バルカンアーム
・右脚部:超圧縮ロンズデーライト・フット
・左脚部:超圧縮ロンズデーライト・フット
・電源:核融合バッテリー
・核:ホワイト・コア
・オプション:
改めて確認してみるとすごいな。
ブラックホール格納庫とか怪しい機能も搭載されてるけど、これだけ機能があるなら安心だ。
ただ、裁縫機能とかナンパ機能ってこれどこで使うんだよ。最強と関係ないだろこれ。
まぁいいや。兎に角、俺一人でも十分高い性能を持っていることがわかったんだ。コアを接続しなくても、当面はなんとかなるだろう。
最強の力を行使するのは、いざっていう時だけだ。
「さて、これからどうしようかな」
ステータスを閉じて、辺りを見回してみる。
あるのはかろうじて建物の状態を維持している作業場と、瓦礫の山と化した城。
均されていた地面も荒れ放題だし、あれだけ美少女たちで賑わっていた集落は、いまや影も形もない。
束の間の無言。ひゅう、と吹く乾いた風が虚しさを助長させる。
なくなっちまった。
なにもかも。
呆然と荒廃した景色を眺めていると、百八号がおずおずと手を上げた。
「あの、わたくしに提案がございます」
「提案? どんな?」
「お姉様たちがここにいたという、証を作りたいのです」
「証って、慰霊碑みたいなものかにゃあ?」
ニケが尋ねると、百八号は微かに俯き「いいえ」と答えた。
「お姉様たちはまだ、王様の中で生きておられます。ですが、お姉様たちが存在したという事実は、いまやわたくしたちの記憶にしかございません。今後この集落を復興するにあたって、わたくしは、お姉様たちのことを後世に伝えていきたいのです」
「慰霊碑というより、記念碑、ってことか……よし、作ろう」
「いいのですか? これは、集落の復興には一切寄与することのない、わたくし個人の願いなのですが……」
「君一人じゃないさ。俺も遺したいんだ。彼女たちのことを」
「王様……。わたくしは、王様にお仕えできて本当に幸せです」
柔らかく微笑んだ百八号は、いつか似たようなことを言った一号の姿と重なった。
「ニケも手伝うにゃ!」
元気一杯に挙手するニケ。そんな彼女に百八号は冷ややかな視線を浴びせ、「当然ではないでしょうか?」と言い放つ。
一号より、ちょっぴり性格が厳しめだな。
「にゃっ! ……うん、ごめんなさいにゃ……」
厳しいけど、放っておいたら暴走しそうなニケとは案外相性がいいのかもしれない。
「はは、それじゃさっそく始めようか」
俺はたまたま無事だった人力のロードローラーを使って、集落の外の地面を均した。野球部が使っている物より二回りくらい大きな物だ。
地面を均し終えると、今度は右腕に搭載されているプラズマソードを起動。手の甲が一ミリほど開いて、そこから薄緑色の刃が飛び出した。
プラズマソードを地面に突き立てると、熱されたバターのようにすんなりと刃が差し込まれる。
スコップ代わりに刃で穴を掘り、横二メートル、縦四メートル、奥行きが二メートルになるように整形する。
これで型が完成したわけだ。
あとは、ニケたちが材料を集めてくるのを待つだけだな。
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