第24話 戦いの後で
焦げ臭い戦場の香りが漂う集落にて。
俺は気絶したニケを放置して、瓦礫と化した城を漁っていた。
「どこだ……どこにいる……反応的にはこの辺のはずなんだけど……」
俺は百八体のゴーレムが融合した最強のゴーレム。
この集落には俺を除いて百八体のゴーレムがいた。
俺を含めたら百九体じゃないとおかしい。
つまり、一人足りないんだ。
あの時は聞き流していたけど、確か一号が彼女に命令していたはずだ。
城へ逃げろ、と。
「いた!」
外壁に使われていた鉄板を持ち上げると、腕が見えた。
さらに瓦礫をどけると、クラシックなメイド服に身を包んだ三つ編みのゴーレムが姿を現した。
「大丈夫か百八号! おい、しっかりしろ!」
百八号を仰向けに寝かせ、頬を叩く。
彼女がうっすらと目を開き、ほっとした。
「お姉……様……?」
「違う。俺だよ」
「王様、ですか? ですが、そのお姿は……」
「実はな……」
俺は百八号に事の顛末を説明した。
俺がリカルドに殴りかかるも、返り討ちにあったこと。
天使が現れて、女神の力を授けてくれたこと。
集落のみんなと融合して、最強のゴーレムになったこと。
全てを語り終えると、百八号は「王様がご無事でなによりです」と答えた。
「ところで、一号はどうして君を城に避難させたんだ?」
「わたくしは一号お姉様の
「そうだったのか……君だけでも無事だったのは、不幸中の幸いだな。でも、なんで一号は君だけに? 集落のデータなら全員で共有すれば良かったじゃないか」
「確かに全員で共有すれば消失のリスクは低減されます。ですが……その……このデータには王様の趣味嗜好に関する物も含まれておりますので、うっかり第三者にデータが渡ると、裸の美少女を堪能する王様の映像が外部に流出----」
俺は百八号の肩に手を乗せ、言葉を遮った。
「わかった! 君たちの判断が英断だったことはよぅーくわかった! 引き続きそのデータは最高機密トップシークレットとして扱ってくれ!」
「はぁ……?」
危ねぇ。確かに俺は自分が変態でも構わないと思ってはいるが、だからといってプライベートな部分を進んで見せたいわけじゃない。
「向こうにニケがいる。立てるか?」
俺は百八号に手を差し伸べる。
「問題ありません。ありがとうございます、王様」
百八号は俺の手を取り、立ち上がった。
☆ ☆ ☆
「本当に本当に誠心誠意全身全霊、このとーり心から誠の誠にお詫び申し上げますにゃあああああ!」
「……お、おう」
作業場も倒壊し、荒れ果てた広場の中央で、ふてぶてしくも仰向けに寝転がりながらニケが言った。
「尻尾を奪われていたとはいえ、このニーケルナ・デレドア・アプリコッテリア・プリティプラムレモン! いったいなんとお詫びすればいいのかもわからないのにゃあああ!」
「どうでもいいけど、フルネーム長いな……」
しかもちょっと美味しそうだし。
「どうかお許しくださいにゃ、王様! なにとぞ! なにとぞー!」
ニケは、目をカッ、と開いて背中を地べたにこすりつけたまま体をくねらせる。
「あの、ニケ様はなぜ仰向けに寝そべっておられるのでしょうか。それは犬が降伏した時の行動では?」
「犬獣人の友達に教えてもらった最大級のごめんなさいなんだにゃ! 猫的には甘えたい時にやるやつだから違和感が拭えないにゃ!」
「猫的な謝罪はないのか?」
「猫的な謝罪だと、部屋の隅でうずくまって無言でじっと見つめるだけにゃ!」
「それじゃ謝罪にならないだろ」
「それじゃ謝罪になりませんね」
俺と百八号は同時に口を開いた。
「だからこうしてニケの知る最大級の謝罪をしているのにゃあ! 許して王様ぁ!
ニケはうるうると瞳に涙を溜めて見上げてくる。
「そういわれてもなぁ……」
後頭部を搔きながら答えに詰まる。
確かに彼女は集落のみんなを傷つけた。とはいえ彼女も被害者と言えば被害者だ。
だからといってまったく責任がないわけじゃないから難しい。
リカルドを連れてきたことは事実だし、結果集落は壊滅した。
同情の余地はあるが、責任はとってもらわなきゃならない。
集落の復興を手伝わせるか、それとも他のなにかか……。
「ニケ様は、なぜあの男をこの土地へ連れてきたのですか?」
考えていると、百八号が尋ねた。
「本当はここのことは秘密にしておくつもりだったのにゃあ! だけど、あの男はニケのご飯に薬を盛ったんだにゃあ! ニケは知らず知らずの内にしゃべらされたんだにゃあ!」
薬って、マジかよ。あいつ、そんなことまでしたのか。
「薬というのは、
「そうにゃ。ニケの故郷では【とても愉快な気分になる良い
「すげぇ名前だな……」
「猫獣人にとって木天蓼は抗いようのない開放感を与えると聞きます。ニケ様が白状してしまうのも仕方がないことでしょう」
「百八ちゃん……! わかってもらえてニケは嬉しいにゃあ!」
ニケはすぐさま飛び起きて、百八号に抱き着いた。そのまま百八号の頬をぺろぺろと舐め始める。
「いいのですニケ様。それより、こちらをどうぞ」
「にゃあ? なにこれ? ……ひっ!」
百八号に何かを手渡され、ニケの表情が一気に強張った。
何事かと思って、彼女の手の中にあるものを見ると、俺の視覚センサーがすぐさま危険物に反応する。
ニケの手の中にあるもの。それは、錆びた果物ナイフだった。
「ひゃ、百八ちゃん……? なんでこんなものをニケに渡すのにゃ?」
「それはもちろん、ニケ様のお気持ちを尊重するためですわ。わたくしなりに今回の騒動の責任を分析した結果、百二十二年と四十八日十時間七分四十二秒の無償労働と同等の責任があると判断しました。ですが、残念なことにニケ様にはそれほどの時間が残されておりません。よくて七十年ほどが限界でしょう。そこでこちらのナイフをご用意させていただいたのです」
「ええと、百八号? もう少し詳しく教えてくれないか?」
「ですので、ニケ様にはこの土地を支える土となって頂こうかなと。労働よりも時間はかかりますが、千年後くらいには責任を果たせる計算になります」
「つ、土に……にゃあ……」
禍々しい雰囲気を放つナイフを握りしめながら、ニケが白目を向いてぷるぷると震えていた。
「残念ながらわたくしには制約があるので、直接やってさしあげることはできません! さあニケ様、自らズバッとやっちゃってくださいまし! 右を向いてナイフを引けば頸動脈を切りやすいですよ!」
「百八号……その責任の取らせ方はやめようか……」
「ですが……」
「いいんだ。彼女もある意味被害者なんだし、命を奪うほどの罪じゃない」
「王様がそうおっしゃるのであれば……承諾しました」
百八号はそういってニケの手からナイフを取り上げた。
一見素直に従っているように見えるが、不満げな態度を隠しきれていない。一号と同じくらい自我が芽生えているとはいえ、性格は違うみたいだ。
「お、王様ぁ! ニケを許してくるのにゃ!?」
「ああ。不思議なんだけど、怒りが湧いてこないんだ。ニケに対してはもちろん、リカルドに対しても」
なぜかはわからないけど、いまはかつてないほど心が凪いでいる。
俺ってこんなにクールな男だっただろうか。
「怒りが湧いてこない? ……王様、少しじっとしているにゃ」
ニケは目を閉じ、再び開くと彼女の緑色の瞳が赤く染まっていた。霊視だ。
たぶん彼女には、俺が魔力検知を発動した時と同じ景色が見えていると思う。
「にゃあ!? 王様、大変だにゃ!」
「どうした?」
「王様の魂が淀んでいるのにゃ!」
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