第22話 最強の竜

 眉間に深い縦皺たてじわを刻んだその顔は、不安と動揺、畏怖と憤怒の感情が分析できた。


「落ち着けよ。さっきも言ったが、俺はゴーレムなんだ。お前たちを傷つけることなんてできないんだよ」 

「ああ!? ……わ、わーってんだよそんなことは! お前はまだポンコツゴーレムのままだ!」 


 表情から分析できる感情に、安堵と自信が追加された。

 本当、わかりやすい奴だ。


「なあおい、リカルド。お前に一つ、聞きたいことがある」

「俺様のことはドラグナーと呼べと何度も言っているだろうが!」

「力が……欲しいか?」

「……なんだと?」


 お、やっぱり食いついたな。

 五月蠅いくらい力だ力だと連呼していたこいつのことだ。きっと興味を示すと思っていた。


「お前はどんな力を望んでる? お前が考える最強の姿ってどんな姿だ? さあ、想像してみろ! その想像を、俺は現実にしてやれる! 今まさに、ニケにやったようにだ!」

「俺様の、最強の姿……」

「もっとだ! もっと考えろ! どんな馬鹿げた力でもいい! お前が考える最強の姿を思い描いて見せろ!」


 リカルドの脳から発せられる電気信号を読み取り、俺は奴の想像を把握する。

 ほうほう、なるほど。わかりやすくていい力じゃないか。……ん?


----その刺青が貴様の求める物だ。

----これで、俺は強者になれるのか……?

----なれるとも。生きろ、竜よ。死なぬだけの存在になるな。

----感謝するぜ……鼠男ラットマン


 断片的な映像が流れ込んできた。


 どこかの薄暗い部屋の中。天井からぶら下がっている電球が、スカートのように光の幕を下ろしてる。

 自分の前腕に刻まれた蛇の刺青を見て、それから正面に立っている黒いローブに身を包んだ男を見つめた。

 男の顔は、光の外に出ているせいで見ることはできない。

 

 目を凝らそうとしたら、映像が途切れた。


「いまのは……?」

「力だ……力が欲しい……」

「おっと、そろそろ頃合いだな」


 映像に対する疑問はひとまず置いといて、俺はリカルドに右手をかざした。

 対象はリカルドただ一人。魔法を発動すると、奴の足元に金色の魔法陣が出現した。


「うっ!? ち、力が! 力が漲ってきやがる! うおおおおおおおおお!」 


 リカルドの体は、見る間に異形へと変わっていく。

 手も足も、顔でさえも、もともと竜化していた右腕と同じく、黒鱗がびっしりと生えた。


 膨張した背中が服を引き裂き、羽化する蝶の如く六枚の翼を広げた。

 逆関節を持つ太く力強い後ろ足。研磨された刀剣のような爪を持つ前足。長い首の先端には、剣山のような鋭い牙を持つ頭。


 リカルド・ホフマンは、完全に竜の姿へと変貌した。


「にゃああああ!? な、なんで!? なんで王様はあいつに力を与えたのにゃあ!?」

「大丈夫だニケ。全部考えあってのことさ」


 全ては、俺が手にした最強の力を奴にぶつけるための計画だ。問題なんかない。


 腕を組みながらずいぶん威厳が増したリカルドを眺めていると、奴は、ひゅお、と大きく息を吸い込んだ。


「ギャオオオオオオオオオオオオ!」


 リカルドの咆哮は、鉛色の雨雲を吹き飛ばす。

 踏ん張っている大地には亀裂が走り、俺の股の間を通り過ぎて城にまで到達した。


 奴のすぐ後ろにいた手下どもは腰を抜かして、変わり果てた頭領を見上げている。


「がはははは! 力だ! 力だああああ! この力があれば、国を奪うどころか世界を滅ぼすことも容易い!」

「お、お頭! すげえや!」

「一生ついていきますお頭!」

「あ、あんたが最強だ!」


 手下どもが露骨にご機嫌をとるも、リカルドは「あん?」と呻き、手下たちを見下ろした。


「目障りだ、死ね」


 リカルドは、先端に二対の棘がついた尻尾を振るうと、手下たちは地面ごと吹き飛ばされた。


「わああああ! お頭! ど、どうして!?」

「お前たちは用済みだ。この力があれば俺様だけでこの国を、いやこの世界の頂点になれる! がはははは!」

「に、逃げろおおおお!」


 手下たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、森へと消えていった。


「どうだい、力を手に入れた感想は」

「うん? ふは、そんなこと聞くまでもない。最高だ」

「そりゃ良かった。いまのお前なら、一日でこの世界を滅ぼせるだろうよ」

「がはははは、その通りだ! だが……ひとつ、問題がある」

「へえ、どんな?」

「この力は唯一無二でなければならない。俺様以外に、この力を持つ者が現れてはいけないのだ。わかるな? 機械の王よ」


 悪知恵ばかり働く奴だ。

 ま、話が早くて助かるけどな。


「力のために知能までは捨てなかったみたいだな」

「捨てる? 俺様がいったい何を捨てたというのだ? 俺様は得たんだ! 力を! 最強の称号を!」

「いいや、捨てたんだよ。お前はもう、?」

「がはははは! そうかそうか! 確かにそうだ! 俺様はもはや人間ではない! 人間を超越した、神だ!」


 リカルドは実に楽しそうに笑ってる。

 愚か者、という言葉がこれほどまでに似あう奴はそういない。


「あっ! もしかして王様の狙いって!」

「そうゆうことさ」


 ようやくニケも気づいたようだ。

 そう、俺の狙いとは、リカルドに力を与えて人間を超越させること。剥奪、と表現したほうが正しいかもしれない。


 人間を超えた存在になったいま、俺はゴーレムとしての制約を受けることなくリカルドと戦える。


 俺の最強と奴の最強。どちらの最強が上なのか。ここからが本当の勝負ってわけだ。


「む、無茶だにゃ! 戦うために相手を最強にするなんて、そんな話聞いたことがないのにゃ!」

「そうでもしなきゃ、俺は絶対に勝てない。でもいまは、勝つか負けるかの段階にまで進むことができたんだ」

「だとしても、もし仮に王様が負けたらいったいどうなってしまうのにゃ!? 最強になったあいつは、大陸中で暴れまわるに決まってるにゃ!」


 大陸だけで済めばいいけどな。

 俺と同等の力を持っているとしたら、奴がその気になったらこの惑星なんて一日持たずに焦土と化すだろう。

 奴が想像した最強が、宇宙規模じゃないだけまだマシだ。


「なあニケ。最強の盾に最強の矛を突き刺したら、いったいどっちが勝つと思う?」

「知らないにゃ! いまはそんな蘊蓄うんちくどうでもいいにゃ!」

「実は俺にもどうなるかわからないんだ。盾と矛なんていう、はっきりと役割が違う物でさえわからないのに、ましてやそれが最強の矛と最強の矛だったら……いったいどうなっちまうんだろうな!」

「なんで楽しそうなのにゃああああああ!」


 楽しんでるわけじゃない。自信があるだけだ。


 俺は集落のみんながそれぞれ想像した最強が詰まっている。

 百八の最強を集結させた究極生命体、いや、究極兵器だ。


 対してリカルドは、奴一人が想像した最強。

 勝算は十分にあると思う。


 これはいわゆる、僕の考えた最強の力を、僕が考えた最強の力によって捻じ伏せる、虐めに近い行為だと俺は思っている。


 勝てる。絶対に勝てる。勝てなきゃおかしいくらいだ。

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