第21話 力を授ける力

「なんだありゃあ……」

「機械の王……いや、神……か?」


 天空からゆっくりと降りてくる間、盗賊共の囁き声が聞こえてきた。

 情報として表示されているわけでもなく、俺は三百六十度いかなる方向も知覚できている。 


 気温、風向き、湿度。ニケやリカルド、手下どもの体温や心拍数、正確な座標。森の中にいるあらゆる生物と木々。その種類。

 それらすべての情報が、感覚的に理解できた。


 もしもこれが俺一人が受け取る情報だったなら、瞬く間に精神が崩壊していたことだろう。

 俺が耐えられているのは、俺の中に存在する無数の彼女たちのおかげだ。


 順番に処理しているのではなく、量子コンピュータのように全ての情報を並行に受け止めているのだ。


 俺は、彼女たちへの愛情を抱く。

 同時にリカルドへの怒りを抱く。

 同時にニケへの憐れみを抱く。

 同時に雨への不快感を抱く。

 同時に外の世界への興味を抱く。

 同時に、同時に、同時に……。


 雨に濡れた地上に着地すると、リカルドもニケも、俺の姿を見て固まっていた。

 彼らの瞳に映る自分の姿を見て、確かに驚くのも無理はないと思った。


 腰まで伸びた白銅色の髪と、湖面に映る満月のように濡れた瞳。

 陰影の表現が素晴らしい鎖骨と、抱けば折れてしまいそうな腰つき。


 緩やかな曲線を経てたどり着く太股は太すぎず細すぎず、

 愛くるしい膝を過ぎれば、そこには柔らかそうなふくらはぎと、可愛らしい指先を持つ素足。

 慎ましい胸の中央には、白いハートが埋まっている。


 顔と上半身は一号そのもの。違うところといえば、彼女は足が機械的だった。

 今の俺は、胸を除けばどこからどう見ても人間の少女にしか見えない。


 顔が一号なのは、俺にとって、彼女こそが強さの象徴だったから。俺一人の想像では、きっと彼女と同等の力しか得られなかっただろう。


「ご、ゴーレムが融合して、人間になったのにゃ……」


 ニケが呟き、心の中で彼女の言葉を否定する。

 俺はいまだ機械のままだ。むしろ、人間を超越した情報処理能力を獲得した今、以前よりもずっと機械的だと言える。


 手を上向きに開き、ひらりひらりと遅れて降ってきた赤いリボンを受け止める。

 髪を縛ったら、次は服が必要だな。この体を、いつまでもあの下衆野郎どもに晒したくない。


 スキル「体内工場」を発動すると、体の表面を緑色の光が包み込む。粒子(ナノ)レベルで体内の資源を実体化させているのだ。


 金のボタンで留められた白いダブルジャケットと、同じく純白のロングパンツ。

 ダークブラウンのブーツを履き、背にはファーのついた赤いマント。頭の上には、金色の王冠だ。


 あっという間に服を着た俺を見て、リカルドの手下どもがどよめいた。


「お前ら動揺してんじゃねえ! いいか、いくら凄んだところで奴ぁ、所詮ゴーレムなんだよ! 人間である俺たちには手出しできねぇ! おい、そうだろ機械の王様さんよお!?」


 相手に聞くとか馬鹿なのかこいつ。

 心拍数も、この中で誰よりも高い。

 一番動揺してんのはお前だろうが。


「ああ、そうだ。俺はまだゴーレムのまま。だから人間を傷つけることなんてできない」


 俺の返事を聞いたリカルドは、口元が緩んでいた。

 わかりやすい奴だ。


「はっ、それみたことか……。おい奴隷! とっととそいつをぶっ壊せ!」

「に、ニケがやるのにゃ!?」

「ったりめーだ! やれ! これは命令だぞ! それとも、今すぐこいつを引きちぎられてーのかよ!」


 リカルドが竜の右腕で首に巻いていた尻尾を握りしめると、ニケは「や、やめるにゃ!」と悲痛な叫びを上げて俺と相対した。


「お、王様、覚悟するにゃ!」 

「やめとけ。勝負になんてならないぞ」

「だ、だとしてもニケは、やらなければならないのにゃあっ!」


 ニケが鎌を引きずりながら駆けだした。

 俺はその場を動かない。静かに、ニケが攻撃動作に入る瞬間を待つ。


 地面を抉るように鎌が振り上げられる。

「コア・ワン……起動」


 胸のハートに赤い光が灯る。全体ではなく、右上の丸みを帯びた部分。全体の三分の一だけだ。光は服を透かして力の発動を報せてる。

 これは、俺の中に存在する彼女たちとの結合を意味する。


「にゃあああ、あ、あ、あ、あ、あー、あー、あー…………」


 感覚機構の結合が完了し、五感が冴え渡る。

 思考が加速したことで、ニケの声が野太く間延びした。


 胸を狙って振るわれた鎌の動きは、まるでスローモーション。

 俺は悠然と右手を伸ばし、人差し指と親指で切っ先を摘まんだ。

 同時に、思考加速を終了する。


「にゃ!? い、いつの間に掴んだのにゃ!?」

「掴んでるんじゃない。摘まんでるのさ」


 ニケが鎌を引こうとするも、たった二本の指に挟まれた鎌は微動だにしない。


「う、くっ……! うにゃああああ!」


 ニケは鎌を手放し、素手で俺に向かってきた。

 短い手足を懸命に振り回し、立てた爪で引っ搔こうとするも、俺は彼女の行動を完全に見切っているため掠りもしない。

 思考加速を使わなくても、目線、筋肉、関節の可動範囲、空気のうねり、音、振動、光の反射。あらゆる情報がなだれ込んできて、ほとんど未来予知に近い行動予測を実現している。

 半歩どころか、上半身を軽く捻るだけで全ての攻撃を躱すことができた。


「あ、当たらないにゃ!?」 

「だから無駄だって。それより……」


 躱しながら魔力検知を発動。ニケの魔力を測定する。

 彼女の体が半透明に透け、左胸の奥に、小さな星のような白い光が見えた。


 胸の光は血管を通って彼女の全身を巡っているが、尻の辺りで急激に循環が悪くなっており、足に至ってはほとんど魔力が行き渡っていない。 


 きっと本来は、尻尾を通ることで魔力が全身に行き渡るのだろう。今の彼女は、寸断された水路のような状態なのだ。


「おいニケ」


 ニケの手を握り、動きを止める。


「ん、んー! は、離すにゃ! 手を握られるの嫌だにゃあ!」

「いいから聞け。尻尾、取り戻したいんだろ?」

「え?」


 拘束を抜け出そうとしていたニケが、俺の言葉を聞いて動きを止めた。


「おい、何やってやがる! もっと攻めて攻めて攻めまくれよこの殻潰しが! お前の大事な大事な尻尾がどうなってもいいのか!? これがなきゃ本物の魔女になんてなれないぞ!」


 リカルドの怒鳴り声で、ニケは肩を竦めた。


「あんな奴の話なんて聞くな。今の俺なら、お前に尻尾を生やすことができる」

「ええ!? そ、それ、本当かにゃ!?」

「ああ。じっとしてろ」


 ニケの頭に手を置き、意識を自身の魔力へと集中する。

 魂だけで魔法を発動する方法は感覚でわかった。 

 難しいことなんてなにもない。単純に、願えばいいだけなのだ。


「な、なにをするつもりなのにゃ……」

「お前はただ、尻尾が生えている自分の姿を想像すればいい。俺の魔法が、お前に力を授けるはずだから」

「想像……わ、わかったにゃ!」

「目を閉じろ。集中するんだ」


 ニケは言われた通り目を瞑った。

 彼女の想像が掌を通じて流れ込んでくる。

 実際は想像させなくても、脳の電気信号から無意識を読み取ることもできるし、そっちの方が早いのだが、今回は正確なイメージを読み取ることを優先した。

 余計な力まで実現してしまうのは、だからだ。


 俺もまた、彼女の想像した姿を強くイメージする。

 魔法が発動すると、彼女の尻が金色に発光し始めた。


「にゃおおお!? お、お尻が燃えるぅ!」

「燃えないから大丈夫だって」

「いやでもこれ熱ッ……にゃああああああ!」


 金色の光は収束し、細く長く変形していく。

 徐々に光が弱くなり、完全に消えると、ニケのショートパンツの隙間から、先端だけが白く染まった黒い尻尾が生えていた。


「ほ、本当に生えたにゃ!? ニケの尻尾が生えたにゃあああああ!」

「だから言っただろ。これでもう、あんな奴に従う必要はない」


 魔力の循環も回復してきた。


「う、うん。ありがとにゃ、王様!」


 ニケはぎこちない笑みを浮かべた。

 ゴーレムたちを傷つけた手前、素直に喜べないのだろう。

 彼女に悪気があったわけではないのはわかってる。責任は、おいおい取ってもらえばいいさ。


 さて、これでニケは解放された。

 あとは、奴らをどうやって追い返すかだが。


「なんだそりゃあ!? ああ、クソがあ! こんな物もういらねえ!」


 諸悪の根源、リカルド・ホフマンは、首に巻いていた尻尾を地面に叩きつけ、こちらを睨みつけてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る