第20話 女神の力

「女神に、雷だって……? なんだ、なにをいっているんだ。あんた、何者だ?」

《我々は、転生者が英雄に相応しい条件を満たすまで見守る使命を背負っています》


 天使を名乗る謎の声は、自分の存在意義について語った。


 彼女(性別は不明だけど声が女なのでいちおう)は、転生者が英雄の器なのかを判断する裁定者。


 英雄の条件を満たせば力を授け、満たせなければ一般人としての生活を送らせる。悪人と判断されれば肉体を滅ぼし、野に放たれた魂は大地に吸収され消滅する。


 英雄の条件とは、「他者のために身を捧げることのできる自己犠牲の精神」、「強者に立ち向かう勇敢な心」、「深く純粋な愛情」。この三つだそうだ。

 ようは天使ってのは、悪人に力を渡さないためのセーフティーネットってこと。


 素直な心を見定めるために直接干渉することはないものの、転生者がこの世界の常識を知る前に死んでしまうことを防止するため、自然な形で導くのも彼女の仕事だ。


 いま話している天使も、雷になって俺の体に宿ったらしい。

 いつ雷に打たれたのかはわからないけど、危険な森に入らないように助言していたのはプログラムではなく彼女だったそうだ。


 プログラムは目の前の脅威にしか反応しない。森の中にいる魔物にまで、反応することはなかったんだ。


《さあ、英雄よ。機械に愛情を注ぎ、身を挺して守り、果敢にも強者に挑む尊き者よ。時が来ました。神の力を授かる時が》


 天使は、緩やかに明滅を繰り返しながら言った。


「どんな力なんだ?」

《力を授かり、力を授けることのできる力。願う者の理想の力を現実の物とする魔法。名を、【ランプの魔人ジーニー】》


 力を授かり、力を授けるだって?

 それじゃ意味がない。どんなに強力な力を持っていても、俺がゴーレムである限りリカルドに勝つことなんてできない。


「力なんて要らない。そんなことより、俺を人間にしてくれよ! いや、人間じゃなくてもいい! 奴を、リカルドを止める力をくれ!」

《それはできません。力はすでに貴方の中に宿っているのです。我は解放する鍵に過ぎません》

「そんな……」


 奴に触れられないんじゃ、どうしようもないじゃないか。


《…………長らく貴方に宿っていた身として、ひとつ助言をするならば》

「え?」

《あなたに備わっているプログラムは、魔力の性質を検知して人と異形を判断しているようです。あの八割猫の獣人を攻撃できなかったのも、そのためでしょう》


 八割猫の獣人って、ニケのことだよな。

 あいつが人間の見た目をしているから攻撃できないんだと思っていたけど、そういうわけじゃないのか。

 あれ、てことは、この力を使えば……。


《もう時間がありません。想像するのです。貴方が望む、最高に最強の姿を》


 残された時間の少なさをあらわすかのように、てんしの明滅が加速する。


 俺の考える最強の姿、か。 

 急にそういわれても難しい。

 俺は最初から最強の力なんて求めてない。求めているのは、みんなを守る力だ。


 個でありながら群である俺たちは、一人一人が傷つくだけで、自分も傷つくような痛みを感じる。


 そうだ、俺は、俺たちは、共同体なんだ。

 俺個人が考える最強なんて、そんなの嘘っぱちなんだ。

 みんなが望む力を、俺は手に入れたい。


《……答えは出たようですね》

「ああ」

《怯えることはありません。我が消えたその時に、女神様の魔法は発動します。よもや、魔法の鎌に切り裂かれるような姿を考えているわけではないでしょう?》

「うーん、どうかな。出たとこ勝負みたいな感じ。ところで、これから君はどうなるんだ?」 

《我は、女神様から切り離された思念体に過ぎません。役目を終えれば、母なる神の元へ還るのみ》

「消える、ってことか?」

《いいえ、違います。見守る場所が変わるだけです。天上の星より、貴方の活躍を見守るのです》

「そうか……また、会えるかな」

《いつか生命の終わりを迎え、星の頂に至れば、きっと……》


 天使はそう言い残し、最後に強烈な光を発して消えた。

 俺は望む。

 みんなが望む、最強の姿を。



----もしもこの身を捧げることで王様を救えるのなら、この命、いくらでも差し出すというのに。



 白く染まった視界の中、一号の声が頭の中を反芻する。

 止まっていた世界が、廻りだす。


「にゃああああああ----はにゃっ!?」


 迫りくる刃を、破損した腕が勝手に動いて掴み取っていた。


「もう抵抗するのはやめるにゃ! ニケはもう、これ以上王様たちを傷つけたくはないのにゃ!」


 声が聞こえる。俺が直接聞いているわけじゃない。俺に寄り添う一号を介して聞こえている。


「もう……ジジジッ……傷つけることなんか……できやしないさ……ジジッ。俺も、みんなもな……」


 ノイズ交じりの声で、ニケに告げた。

 

「王……様……」

「い……ジジッ……号。いや、みんな……ジジジッ……。俺に、教えて欲しい。みんなが……ジジッ……求める、最強の姿って……いったいなんだ?」

「我々は……噛み合う歯車。我々が望むのは、ただ一つ。我らが王と一つになり、いかなる災厄からも守ることです!」

「わかった……。お前たちの望む力を、現実にしよう!」


 一号やニケの体が黄金色に染まる。

 いや違う。彼女たちが光っているわけじゃない。

 この光は、俺の体から発せられているのか?


「にゃあ!? な、なんにゃこの魔法陣!? こんな大きさ、見たことがないにゃ!?」


 ニケが周囲を見回して狼狽える。

 直後、俺の体がふわりと浮き上がった。


 俺だけじゃない、一号や、他のゴーレムたちも重力から解き放たれて、天高く昇っていく。

 城の尖塔より少し高い場所で止まり、俺は地上を見下ろした。


 集落全体に、金色の五芒星が描かれている。

 集落中のゴーレムや、彼女たちが集めた資源が、地上に別れを告げてこちらに寄ってくる。


 集落の全てが黄金に輝く俺を中心に集まる。

 最初は、歪で無骨な金属の塊。

 少しずつ形を組み換え、最適化を繰り返し、塊は中心にいる俺へと集約されていく。


 塊の中で、俺のコアに無数の配線が接続され、彼女たちと繋がっていく。

 彼女たちの偽りの魂に記された感情が流れ込んでくる。

 俺と、俺が作った彼女たちが考える姿を体現すべく、百八体の頭脳が導き出した最強を形作る。


 いつしか膨大な金属の集合体は曲線を帯び、俺たちは人に近い姿へと変わった。

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