第19話 女神の雷
「はっ、手前にプライドはないのか機械の王様さんよぉ」
「あるさ。だからこうして頭を下げているんだ」
彼女たちが、俺の誇りそのものだ。
「……ちっ、白けちまった……。しかたねぇな」
リカルドは不満げに顔を顰め、髪を掻き乱した。
けれど、先ほどまでの熱量はすっかり冷めたように見える。
上手く事を収めることができた、ということなのだろうか。
「おい奴隷! なに手こずってやがるこの愚図が! さっさとここのゴーレムどもを殲滅しろ!」
「………………は?」
俺の期待を嘲笑うかのように、リカルドは邪悪な笑みを浮かべた。
「なんだ? まさか俺様が手前の頼みを聞くとでも思ったのか? はははは! 所詮は、間抜けなゴーレムか! あーあ、ったく、本当に間抜けだ。間抜けすぎる! だから、俺様はお前らゴーレムのことが大っ嫌いなのさ!」
こいつ、なにをいっているんだ。
「……わかったにゃ。ただし、これが最後なのにゃ! ここが片付いたら、ニケの尻尾を返すのにゃ!」
後ろからニケの声が聞こえる。
俺に内蔵されたマイクは、ちゃんと彼女の言葉を拾っている。
でも俺には、彼女が何を言っているのかわからなかった。
「いいだろう、約束してやる!」
「その言葉、忘れないで欲しいのにゃ」
背後から、ぶぅん、と鎌が振るわれる音が聞こえた。
金属がひしゃげる嫌な音が響く。
歯車が半円を描き、四つん這いになっている俺の目の前に転がってきて、ぱたり、と倒れた。
「非戦闘機は攻撃を受けないように! みんな、躱すことに専念して! 百八号は城に避難しなさい!」
「お姉様! ですが!」
「この集落の全データを持っているのは、わたくしと貴女しかいないのですよ!
「くっ…………承諾しました!」
「戦闘機は前へ! わたくしと共に王様と非戦闘機を守りなさい!」
一号たちが叫んでいる。
「にゃああああ!」
ニケが叫んでいる。
「はははは! いいぞいいぞ! もっと派手にやれ!」
リカルドが笑っている。
あいつ、なんで笑っているんだ。
許せない。許せるわけがない。
気づけば高温となった俺の体の各部でグリスが揮発し、白い湯気が全身から立ち上っている。
我慢の限界は、
「リカルド・ホフマン! お前だけは許せねええええええ!」
俺は走り出した。
分厚く重い装甲に包まれた体を引き起こし、転がるように走り出した。
もはや俺には、奴が人間であろうとなかろうと関係ない。人殺しの業を背負ったとしても、勝てない相手だったとしても、俺は立ち向かわなきゃならない。
彼女たちを守るために。
機械の王であるために。
「おい奴隷!」
「わかっているにゃ!」
リカルドが呼びかけるのとほぼ同時に、頭上を小さな影が通りすぎて、目の前にニケが着地した。
「邪魔するなニケええええ!」
「そうもいかないのにゃ王様ああああ!」
彼女は上半身を大きく捻り、腰溜めに構えていた鎌を振り子の要領で振るった。
砂塵を巻き上げ迫りくる鎌は、俺の胴体、つまり本体に向かってくる。
あと
俺は上半身と下半身の継ぎ
「にゃっ!?」
「躱しやがった!?」
ニケの鎌は空振り。
ぼしゅう、という空気音とともに射出された俺は、空中で一回転しながら六本の腕を広げて着地した。
全ての腕を出鱈目に動かし、さながら巨大な鉄の蜘蛛となって、リカルドとの距離を殺していく。
「はははは! 体を半分捨てるなんて馬鹿げてやがる! 面白い、来いよ! 殴れるものなら殴ってみやがれこのポンコツがああああ!」
リカルドは、身を守る素振りも防御する様子もなく、両腕を広げた。
「うおおおおおおおお!」
上部右腕を握りしめ、無防備な奴の顔面に放つ。
届け。届いてくれ、俺の拳。じゃないとみんなを守れない。
地を這い指先を地面に突き立てる。
硬い拳を握り固めて振りかぶる。
鉄拳を突き出すと、全身から立ち上っていた湯気がリカルドを包み込んだ。
前が見えない。感覚がないから殴れたかどうかもわからない。
どうか届いてくれ。俺の拳。頼む、神様----。
徐々に湯気が霧散していく。
視界が晴れていく。
突き出した拳の、白濁した景色の先にいたのは。
余裕の笑みを浮かべて立っている、リカルドだった。
《警告、人体への危害を検知しました》
神への祈りも虚しく、俺の拳は無感情な声によって阻まれていた。
「うっ、うううううう! 動け! 動けよ! クソぉ!」
「無駄だ無駄だ! 怒りで本能を超える!? 土壇場で覚醒して形勢逆転!? やればできるかも!? はははは! 夢見てんじゃねえよタコが!」
「クソ! クソ! なんでだよ! なんで!」
「なぜかって? いいぜ、教えてやるよ。犠牲なき力に、常識を打ち破る力は宿らない! 見せてやるよ、真の力って奴を! 手前の軟弱な魂に刻め!」
リカルドは、左手で右手の手首を握りしめた。
刺青の蛇が、奴の腕に巻きつくように蠢く。
やがて黒一色に染まった奴の前腕は、皮膚に無数の切れ込みが入り、それらは漆黒の鱗となっていった。
二の腕や前腕の筋肉が膨張し、光沢を帯びる。
倍近く肥大化する掌。指先には、ナイフのような爪が備わっている。
一目見て奴の腕が何になったのか理解した。俺は本物を見たことがない。でもわかった。
竜だ。奴は、自分の腕を、竜に変えた。
「動け! 動けよ!」
奴が悠長に準備している間も、俺は拳を叩きこもうとしていた。
けれど俺の腕は、巨人にでも引き留められているかのように、中途半端な位置のまま固まっている。
「悔しいか? 悔しいだろうなぁ。俺様が憎ければ憎いほど、自分の無力さが歯がゆいだろう。安心しろ、それももう終わりだ。その身をもって味わえ。これが俺様の、魂を削って獲得した竜の力だ!」
リカルドが腕を振るう。
目障りな羽虫を追い払うような軽い動き。
それでも俺の体に与えられた衝撃は凄まじく、かつて経験したトラックに轢かれた時の記憶を呼び覚ます。
かろうじて防御が間に合ったものの、超合金の腕は全ての左腕と、二本の右腕が大破。
唯一残った下段の右腕も半壊状態だ。
地面の上を二度バウンドし、俺は空を見上げる形で静止した。
《重大な損傷を検知しました。早急に修理が必要です》
仰向けに倒れたまま俺はじっと空を見上げた。空が鉛色だ。周囲の音もほとんど聞こえない。センサー系がやられたみたいだ。
ステータスを開くと全身に矢印が出ていた。
脚部脱落。第一から第六腕部損傷及び欠損。胴体部損傷。バッテリー破損。視覚センサー異常。マイク破損。スピーカー破損……。
はは、全身ボロボロでやんの。無事なのは直撃を免れた演算装置とコアだけか。
《重大な損傷を検知しました。早急に修理が必要です》
手も足も無くなり身動きがとれない。
ぽつり、と空から雫が落ちてきて、視界が滲む。
視覚センサーの故障かと思っていたが、いつの間にか本当に雨雲が広がっていたみたいだ。さめざめと降る雨が、体内に侵入してくる。
《重大な損傷を検知しました。早急に修理が必要です》
うるせぇ。
誰のせいで重大な損傷を負ったと思ってやがる。プログラムの制約がなければ、あの野郎をぶっ飛ばせたんだ。
みんなを、守れたんだ。
そうだ、みんなは?
みんなはどうなったんだろう。
周囲を見回したくても、最後に残った腕も破損しているのか、体を持ち上げることができない。この体はもはや、雨に侵食され、じわじわ死んでいく棺桶なんだ。
死ぬのか、俺は。
この土地から一歩も出ることなく、せっかく生まれ変わったのに壊されて、何も知らず、何も成し遂げることなく、俺は死んでしまうのか。
原型師のオファーが来て、これからって時に死んで、
そして今度は一号たちとの暮らしがこれからって時に、また俺は死ぬのかよ。
次は何になる。鳥か、虫か、ミジンコか?
そんなの、嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
次がなにかとかそんなのどうでもいい。
俺は、彼女たちと離れたくない。
不幸中の幸いか、苦痛はない。けれど、それが余計に怖かった。
迫りくる死に怯えていると、視界の端でなにかが動いた。
誰かが俺に覆いかぶさっている。ゆっくりと這いずるような動きで体を登ってくる。
俺の目の前に顔を出したのは、一号だった。
彼女は俺の頬に手を添えて、なにかを伝えようと口を開いたり閉じたりしている。
駄目だ、聞こえない。そうだ、近距離無線をオンにすれば----。
「----ま。王……様……」
「一号……無事だったのか……」
「残念ながら、胸部から下が欠損しております。もう、長くありません」
「そんな……」
「王様をお守りできず、申し訳ありませんでした」
「俺の方こそ……みんなを守れなくて、ごめん……」
「どうかご自身を責めないでください王様。我々にとって王様は、素晴らしい主君でございました。嗚呼、もしもこの身を捧げることで王様を救えるのなら、この命、いくらでも差し出すというのに……」
「一号……」
「せめて、最後は共に……」
「ああ……」
一号は俺を抱きしめ、目を瞑った。
死を受け入れることなんてできなかったけど、いくらか安心できた。
「ごめ…………本当に…………ニケは、酷いことを…………許せとは、言わないにゃ……」
重なって最後の時を待つ俺たちを、ニケが見下ろしている。
三角帽子の下の顔は、雨がかかるはずもないのに、濡れていた。
彼女も苦しめられた一人。戦うことを無理強いされた、被害者なんだ。
ニケは、この集落が大好きだった。旅立ち際に見せたあの笑顔を思い出せば、その気持ちは本物だとわかる。
だからこそ許せない。
彼女から、笑顔を奪ったリカルド《あいつ》が許せない。
ニケは右腕で目元を拭い、鎌を振り上げた。
縦長に伸びた瞳孔が俺を見下ろしている。
終わりの時が迫る。
鎌の切っ先が揺らぎ、終焉を告げる弧を描く。
もう終わりだ----。
と、そう思ったが、鎌は急激に勢いを失い不自然な位置で静止した。
なんだ? なぜ止めた? いや、違う。ニケが止めたわけじゃない。
よくみると、雨粒も周囲で止まっている。
なにが起きた。
なんで、周りが全部止まっているんだ。
固定された視界の中央。
曇天の空に小さな光が瞬いていた。
なんだあれ、星か? こんな昼間の、しかも雨が降っている時に?
光はゆっくりと降りてきて、横たわる俺の目の前で止まった。
《時間が止まっているのではありません。一時的に、貴方の思考速度が加速しているのです》
頭の中に直接声が響く。あの憎たらしいプログラムの声だ。
俺の思考が加速しているって、どういうことだ。
「お前は……誰だ……」
俺が問うと、光は答えた。
《我は天使。女神様より使命を与えられし
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