ゴーレム転生者は人間になりたい！～ジャンクヤードのゴーレムを美少女に改造して合体したら人として大事なものを失いました～

第18話 謀反者

　一号はバックパックを地面に落とし、大ぶりのナイフを逆手に持って、ニケの刃を受け止めていた。

「邪魔するにゃあ！」

　ニケは手首を捻り、一号のナイフを鎌で絡めとって搗ち上げる。

　ナイフを手放すことはなかったものの、腕を上げられた一号の胴体はがら空き。

　同じく鎌を振り上げたニケは、振り上げた勢いのまま体を斜めに回転させ、鎌を振り下ろす。

「くっ！」

　一号もまた搗ち上げられた勢いを利用し、バク転の要領で回避。

　右肩を抉ろうと迫っていた凶刃は空を切る。

「王様は城へ非難してください！」

「馬鹿言うな、君たちを置いていけるか！　俺も……俺も戦う！」

「駄目です！　我々は－－－－」

「なにを呑気に話しているのにゃ！」

　ニケが正面から突撃してくる。

　大丈夫、加減すれば死ぬことはないはずだ。

　殴るというより、押し当てるくらいのつもりで迎え撃てばいい。

「やめろ、ニケ！」

「にゃああああ！」

　ニケの鎌が地面を掠めて振り上げられる。

　大ぶりな攻撃ながらも鈍重なこの体では回避することなんてできない。装甲の厚さを信じ、腕で防ぐ。

　右腕下段の前腕の中ほどまで刃がめり込むも、切り裂かれることはなかった。

　ニケは隙だらけだ。いまなら。

　握りしめた拳を、ニケの顔面よりも巨大なこの鉄拳を、俺は彼女に突き出した。

　ところが－－－－。

《警告、人体への危害を検知しました》

　頭の中に響く声とともに、俺の腕は、彼女の顔から数センチほど離れたところで止まった。

「う、動かない……？」

「だから勝負にならないと言ったのにゃ……。素早い奴に硬い奴。面倒だから、お前たちは後回しだにゃ！」

　ニケは曲芸師のような身のこなしで、俺の膝と肩を踏み台に頭上を飛び越える。

　鎌が刺さったままの右腕は彼女に引き寄せられ、視界が後ろへと傾く。

　バランスを崩し、背中から倒れ、後頭部を強かに打ち付けた。

「王様！　ご無事ですか！？」

　見上げた空に、一号の不安げな顔が入り込む。

　彼女に呼びかけられるも、俺は立ち上がれなかった。

　痛みはない。ただ自分の行動に驚いているだけだ。

　自分の手の平を握ったり開いたりして、動きを確かめる。

　動く。確かに動いている。なのに、なぜさっきは殴れなかったんだ。

「俺は、手加減したとはいえ、手を止めたつもりはなかった……。なのに、なんで俺は……」

「王様の意思とは関係ありません。我々には、三つの本能がプログラムされているのです」

「本……能……？」

「ひとつ、ゴーレムは人間に危害を加えてはならない。また人間に危害が加わるのを見過ごしてはならない。

　ふたつ、ゴーレムは人間の命令に従わなければならない。ただし人間に危害を加える命令を受け付けてはならない。

　みっつ、前項に反しない限り、ゴーレムは自分の安全を優先しなければならない……」

「なんだよそれ……なんでそんな物が俺たちの中に……」

「ゴーレムは人間を支えるために作られたのです。それが我々の存在意義。ですので、いかに不当な暴力を振るわれても、我々には逃げるか身を守ることしかできないのです……」

　一号の話を聞き、俺は即座に立ち上がった。

　彼女の両肩を掴み、問い詰めるように体を引き寄せる。

「そんなの初めて聞いたぞ！　なぜいままで言わなかった！」

　一号は苦虫を噛みつぶしたような顔で俯いた。

「も、申し訳ありません、これは我々ゴーレムにとっていわば常識。てっきり、王様もご存じなのかと思いまして……決して黙っていたわけではないのです！　信じてください、王様！」

　一号は胸に手を当て、懸命に悪意の有無を伝えてきた。

　彼女は悪くない。悪いのは、ゴーレムでありながら、ゴーレムに対して無知だった俺自身だ。

　一号の肩越しに、ゴーレムたちの中心で鎌を振り回すニケが見えた。

　ゴーレムたちは手に持った剣で懸命に身を守ろうとするも、相手が攻撃できないと知っているためかニケの踏み込みには迷いがない。

　見たこともない険しい表情で、彼女たちを、俺が魂を注いで作り上げた作品を、破壊していく。

　それは痛覚のないこの体をすり抜け、直接心を傷つけられるような光景だった。

「はははは！　こいつぁ傑作だ！　まさか機械の王様が自分の事も知らないとはな！」

　振り返ると、リカルドは嘲るような笑みを浮かべていた。

　奴の後ろ手高みの見物を決め込んでいる手下共も、げらげら笑っている。

　なぜ笑っている。なにがおかしい。

　おかしいのは、お前らの方だろ。

　頭の中に、《警告、機体温度が急激に上昇しています》という声が流れた。

　そりゃそうだ。俺はいまブチ切れてる。演算装置が焼き切れそうなくらいにだ。

「お前は……お前たちはなぜこんなことをする！？　なにが目的で俺たちの集落を襲うんだ！？　答えろ！　リカルド・ホフマン！」

「俺様を呼ぶときはドラグナーと呼べこのポンコツめ！　俺様はなぁ、力を手に入れたんだ。凄まじい力だ。だがこの国は、俺様の力を認めなかった。それどころか、この俺様を禁忌に触れた者だと罵って、檻の中に閉じ込めやがった！」

　リカルドは苛立たし気に歯を食いしばり、拳を固めていた。

「力……？　お前がどんな力を手に入れたかなんて知らないが、それとこの集落となんの関係がある！」

「察しの悪い奴だな、手前はよ。俺様はな、この国の王になるんだ。現国王を抹殺し、俺様をコケにした奴らを蹂躙し、女だろうが子供だろうが気に入らねえ奴はぶっ殺す！

　謀反（クーデター）だよ！　俺様を認めないこの国を、力で変えてやるのさ！　そのためには、拠点が必要だ！　堅牢で、重厚で、俺様にふさわしい拠点がな！」

　それがこの集落。そして俺の城ってわけか。

「この土地が狙いだっていうならくれてやる！　だから俺たちは、彼女たちは見逃してくれ！　頼む！」

「王様！　それは……」

「すまない一号。ここは君が築き上げた場所だってことはわかってる。でも、俺にとって大事なのは、君たち自身なんだ」

「王様……」

　この集落を構築したのは、ほぼ一号だ。

　だから俺の選択が、彼女の積み上げてきたものを手放す決断だってことはわかってる。申し訳ないと思わないわけがない。

　それでも俺は、彼女たちが傷つくことがなにより我慢できない。

　彼女たちさえいてくれるのなら、俺の居場所は世界の端っこでも構わない。

「あーん？　土地を譲るだぁ？」

「ああ、そうだ。だから、もう俺たちのことは放っておいてくれ」

「なら俺様のこの退屈な気持ちはどうなる？　まさかお前たちが演劇でもやってくれるってのか？　ええ？」

　リカルドの手下どもがくすくす笑い出す。

　俺は今にも爆発してしまいそうな怒りを抑え、両膝を折り、両手を地面についた。

　土下座できるほど関節の可動域が広くないから、四つん這いに近い恰好だけど、誠意は伝わるはずだ。

「この通りだ」

　こいつが暴れればゴーレムたちが危険にさらされる。

　彼女たちは反撃できないのだ。この男の悪意に、されるがままになってしまう。

　彼女たちは俺の全てだ。みんなの安全のためなら、俺の怒りなんていくらでも我慢してみせる。

　たとえ回路がオシャカになったとしても、だ。