第17話 本当の彼女

 盗賊の一団に紛れていたのは、ニケだった。


 相変わらず下着みたいな恰好で、頭の上には三角帽子をかぶっている。

 首には、俺たちが贈ったチョーカーも巻かれている。


 表情は暗く、言うまでもないが、遊びに来たわけではなさそうだ。


 集落を出発して、すでに三日が経過している。とっくに機械都市に到着しているはずだ。なのに、なんで彼女がここに……。


 ニケは引き連れてきた一団と共に、集落の手前で立ち止まった。


「ここがお前の言ってたゴーレムの楽園か? はっ、本当に城が建ってやがる」


 ニケの後ろに立っていた男が、吐き捨てるように言った。

 鷹のような鋭い目つき。側頭部を刈り込んだ黒髪のツーブロック。 

 素肌に袖の無いロングカーディガンのような物を羽織っており、露出した筋肉質な右腕には、蛇の刺青が彫られていた。

 見るからに野蛮な奴だとわかる。


「よく見つけたじゃねーか奴隷・・! 褒めてやるぜ!」


 首に猫の尻尾のようなものを巻きつけた男は、にやにやと下卑た笑みを浮かべ、ニケの肩に手を置いた。


「……褒められても嬉しくないにゃ」


 ニケは帽子の鍔をつまんで俯いた。

 いまの口ぶりだと、まるでニケがこいつらが連れて来たみたいじゃないか。


「お、おいニケ? これ、どういうことだ?」

「見たままなのにゃ」 


 ニケの声は、明るく呑気なイメージだった彼女からは想像もつかないほど、低く冷たい。


「見たままって……お前、本当は盗賊の一味だったのか!? 魔女に弟子入りするって話は嘘だったのかよ!?」

「嘘じゃないにゃ。でも……ニケは……」

「おいおい、聞いてた以上にとんでもないのがいるじゃねーか。これじゃ化け物っていうより魔人の類だぜ!」


 男は俺とニケの会話に割り込み、吐き捨てるようにいった。


「誰だお前。なぜニケと一緒にいる?」


 男は「ニケってこいつのことか?」と言って、鎖を引っ張った。

 よく見ると、その鎖はニケのチョーカーに繋がれている。


「にゃあん! 引っ張らないで!」


 強引に引っ張られたニケは、苦悶の表情を浮かべた。


「……なんなんだ、お前」

「俺様はリカルド・ホフマン。イグザクトリア第三竜騎士部隊の兵士だ。元、だがな」

「そうかリカルド。俺は機械の王様だ。それで、ここに来た理由はなんだ?」

「俺様を呼ぶときはドラグナーと呼べ! ……ここに来たのは、この奴隷に案内させたからだ」


 リカルドはまたしても鎖をひっぱり、ニケを強引に引き寄せる。

 ニケは抵抗もせず、乾いた瞳で虚空を見つめていた。


「友達を連れてきた……ってわけじゃなさそうだな」

「友達だあ? なにいってんだ機械の癖に」


 機械の癖に、だと。

 こいつ、完全に俺たちを見下してやがる。


 相手はせいぜい十二、三人。ここには剣を持った百八体のゴーレムと、屈強かつ屈強マッシブ・ザ・マッシブに強化された俺がいる。


 こちらの優勢は一目瞭然。なのに、なんなんだこの余裕は。


「ニケは、この男の奴隷なんだにゃ」

「奴隷だって!? なんでお前が奴隷なんかに!?」


 チョーカーの鎖はそういうことか。

 あれは、奴隷の証だったんだ。


「この短足女は道端で行倒れていたのさ。慈悲深い俺様は、こいつに飯を恵んでやった。いまはその見返りに、命令を聞いてもらっているだけだ」

「命令ならもう散々聞いたのにゃ! 今回だって、隠れ家を見つけてきたのにゃ! もうニケを解放して欲しいにゃ!」

「黙れ! お前が一度でも俺様が満足するような仕事をしたことがあったか! だいたい、まだこの土地は俺様の物じゃない。俺様はゴーレムが嫌いなんだ。わかるだろ? いまからお前がどうするべきか」

「……わかったにゃ」


 リカルドが鎖を手放し、ニケは箒を握りしめて前に出る。

 戦うつもりなのか。


「ニケ、本気なのか?」

「……ニケに選択肢はないのにゃ。ニケはこれまでも散々弄ばれてきたのにゃ。戯れに魔物と戦わされたり、みんなの前で恥ずかしいことをさせられたりしたのにゃ。いまさら戦うことになんの抵抗もないのにゃ」

「なんで逃げなかったんだよ!? ここに来た時のお前は、鎖になんて繋がれてなかったじゃないか!」

「それはできないのにゃ……ニケは、大事な物を奪われてしまったからにゃ」

「大事な物?」

「尻尾にゃ」

「……尻尾?」


 言われてみれば、ニケには猫耳が生えているけど、尻尾は生えていない。

 だとしても、それがなんだっていうんだ。


「ニケにとって、ううん、猫獣人にとって、尻尾はもう一つの魂。魔力の源なのにゃ。尻尾がないと、ニケは本来の力が使えないのにゃ。だから、このままじゃ魔女に弟子入りすることもできないのにゃ」

「そんな……」

「……ごめんにゃ、王様」


 ニケは絞り出すような声で呟いた。

 彼女が謝る道理はない。悪いのは、後ろにいるあの男だ。


「おい奴隷! いつまでくっちゃべってんだ、はやく始めろ!」 

「……わかってるにゃ」

「野郎ども! 今度は奴隷がゴーレムと戦うぞ! こいつは見物だぞ!」


 リカルドに呼応するように、盗賊たちが雄叫びをあげた。

 ニケも両手で箒を握り、鋭い視線を投げかけてくる。

 戦うしかないのか。俺が、ニケと。


「やめろニケ! 俺は戦いたくなんかない!」

「安心するにゃ。どうせ、勝負になんてならないのにゃ……猫の鉤爪コピスニヒ・ニャン!」


 ニケが呪文を唱えると、彼女の箒の先端が形状を変えた。 


 穂先は柄とほぼ同じ長さの湾曲した刃のようになり、それはまるで猫の爪、いや、死神の鎌のようだ。


「やれ、奴隷」

「了解にゃ」 


 ニケが鎖を引きずって走り出す。

 反射的に拳を握りしめるも、すぐに思いとどまった。


 俺の拳は一つで百キログラムはくだらない。こんな拳で殴ったりしたら、生身の体なんて熟れたリンゴより容易く潰れてしまうだろう。 


「クソっ!」


 俺は六本の腕で胴体を庇い、防御の姿勢をとった。

 攻撃なんてできない。俺は心まで機械になったわけじゃないんだ。人殺しなんてできない。


 予想される衝撃に備えていると、目の前で金属が擦れ合う嫌な音が響いた。


「ニケ様! おやめください!」


 腕の隙間を覗くと、俺の前に一号が飛び出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る