第16話 旅立ちの日

 自ら作業場に立ち、一号たちと旅の準備を進めた。万全の準備を整えるためだ。

 今回は森を抜けた先にある機械都市に行って帰ってくるだけだが、それでも森の中には魔物がいる。

 危険が伴う以上、これはれっきとした冒険なのだ。


 胸が高鳴る反面、不安はある。


 実は、俺はいまだに直接戦闘をしたことがない。いつだって一号たちが俺の代わりに戦ってくれていた。


 だから俺自身がどの程度戦えるのは未知数だったし、それ以前に集落からでたこともない。

 規模のでかい引きこもりみたいなものなんだ、俺は。

 

 もともと赤点常習犯の半引きこもりみたいなものだったし、生まれついた性分って奴なのかもしれない。

 

 おっと、元の世界のことなんていまは関係ないな。余計なことを考えるくらいなら手を動かせ、俺。


 思考を切り替え、作業台に向かう。


 まずはこの体を、旅仕様に改造しなければならない。

 旅に必要な性能や機能、逆に不要なものを一号と相談して、俺はついにキャタピラを卒業することにした。

 理由は単純。視界の確保が難しいからだ。


 視点の高さは遠くの驚異を回避する上でも重要だ。

 それと、このキャタピラは駆動部の上に胴体部がそのまま乗っているため、それなりに振動が伝わってくる。


 特に上り坂から下り坂に切り替わる瞬間は、面で移動するキャタピラの性質上、車体全体が大きく傾いてしまう。


 転ぶことはないし、視界のブレも鉄板足よりは遥かにマシとはいえ、念には念を入れて安定性を重視した足を開発することにした。


 いまはもう開発に必要な資源も十分にあるし、俺自身を次の段階に改造してもいい頃合いだしな。

 腕も、何本あっても困らないということで、ついでに二本増やしていまは計六本だ。


「すごいな……」


 姿見をみると、そこには身長二メートル五十センチの巨人が映っていた。


 鉛色の足は、太股の太さが俺の胴体よりも太い。

 足と同じく鉛色で統一された三対の腕は、一本だけで全体重を支えられるほど強靭。指の太さが一号の手首くらいある。


 背中には大容量バッテリーを四つも重ねた特大のバッテリー・バックパック。

 中央に位置するのは、黒いブーメランパンツを装着したドラム缶だ。


 顔から直接手足が生えている姿は、化け物を通り越して、ちょっとした神々しさを放つ域にまで昇華した。


「素敵です王様! 強靭な手足に愛くるしいボディ! まさに機械の王たる者にふさわしいお姿です!」

「そうかな? 大丈夫かな、この状態で町にいっても」


 いちおう、ニケの服を参考にしてブーメランパンツを履いてみたけど、これがまた俺の風貌に変態チックな印象を付随している。


「大丈夫どころか、人々の目を奪うこと間違いなしです! きっと王様を見たご婦人はこう言うのです。まぁなんて素敵なゴーレムなのかしら、ぜひ我が家の玄関に置きたいわ。……と!」

「本当か……?」

「本当に本当です! 嗚呼、見れば見るほど素晴らしい」


 一号は恍惚とした表情で俺を見上げた。

 うん、人の目は奪うだろうな間違いなく。


 他のゴーレムたちも紙吹雪なんか散らしてるし、彼女たちからすれば俺の体はよほど魅力的に映っているようだ。


 しかし、俺は思う。俺みたいな置物がある家には、絶対にお邪魔したくないと。


「剛性と操作性を兼ね備えた逞しい腕。重厚で安定感のある御々足おみあし。なおかつ胴体部の揺れを完全に制御したショックアブソーバーとバネ機構。

 嗚呼、素敵です、王様……。これぞ我々の技術の結晶。いまだかつて、これほどまでに抱き締められたいと思ったことはありません……」


 一号は、「嗚呼、素晴らしい。嗚呼、美しい」と囁きながら俺の足に頬擦りし始めた。


 俺が彼女たちを作ったときもこんな感じだったのかもしれない。変なところが似ちまったな、まったく。


 一号の感想を鵜呑みにするわけじゃないが、ニケの服装のこともあるし、この世界のセンスが俺の感覚とかけ離れていることは確かだ。


 俺なりにまともな恰好をして笑われるくらいなら、この恰好でいったほうがまだ精神的ダメージは少ないかもしれない。


 それ以前に、見た目を気にして肝心の性能を犠牲にするわけにはいかない。

 危険な森を歩くのだ。多少、厳つい見た目でも、命には代えられない。


「悩んでたって始まらないしな! よし、これでいこう!」

「その意気です王様! さあ、善は急げです! みんなでお見送りいたしますので、広場に向かいましょう!」

「おう!」


 の一号とともに、俺は繊維工房を後にした。

 広場にはゴーレムたちが集まっていた。

 みんな胸の前に剣を抱えて、左右に整列している。

 俺と一号はゴーレムたちの間を歩き、集落の出口へと歩いて行った。


「それじゃあ、行ってくるよ。今回は機械都市まで行って帰ってくるだけだけど、俺がいない間、集落を頼むぞ。一号」

「え!?」


 なぜ驚く、と思って振り返ると、彼女もバッテリー・パックを背負っていた。


「ついてくるつもりなのか?」

「もちろんです! わたくしは常に王様のお傍に寄り添い、道案内や護衛を務めさせていただこうと思っております!」

「確かに君がいれば心強いけど、集落はどうなる?」


 一号は他のゴーレムたちのまとめ役だ。彼女がいなければみんなが途方に暮れてしまう。


「ご心配には及びません。百八号に集落のデータを渡してあります。わたくしが不在の間は、彼女が皆の牽引役を代行することになっているのです」

「百八号に務まるのか? 一番若いゴーレムだぞ?」

「そちらも問題ありません。百八号は自己判断能力が高いので、十分わたくしの代理を務める性能を持っています。それに我々にとって、集落の発展よりも、王様の身の安全の方が優先されます」


 本当は全員で付き添いたいくらいです、と彼女は続けて言うが、大人数で都市に行くのは迷惑になるので却下だ。下手したら住人を警戒させてしまうかもしれない。


 俺としても一番信頼できる一号が付いてきてくれるのは心強いし、一緒に来てもらった方がいい気がする。


「そうか。それじゃ、道案内頼むよ、一号」

「承諾しました。お任せください王様!」


 近所の町へ行くだけだってのに、すごく緊張している。

 当たり前か。元の世界じゃ、森の中に入るだけでも大冒険だからな。

 さあ、腹をくくって出発だ。

 と思ったが、俺は一歩を踏み出せず固まった。


「お待ちください王様。……何者かが近づいております」

「わかってる」


 森の奥から、誰か来る。

 一人や二人じゃない、十数人ほどの人影がこちらに向かっている。

 全員、腰や背中に武器を担いでいる。


 なんだあいつら。あんなに大勢でなにしに来たんだ。

 それにあの風貌。まさか、盗賊?


 物々しい雰囲気に警戒していると、俺の視覚センサーがある人物の顔を認識し、視界の端に名前を表示した。


「ニケ……?」


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