第15話 きっかけという名の置き土産

 あくる日。

 俺たちはニケ見送るために、集落の外れに集合していた。


 空は雲一つない快晴。抜けるような青空から、燦々と輝く太陽が俺たちを見下ろしている。


 そよ風を乗りこなす二羽の小鳥が地上と空の間を駆け抜け、森の、鬱蒼と茂る木々の中へと吸い込まれていく。


 暖かくて、穏やかで、なんとも清々しい、絶好の旅立ち日和だ。


「にゃー、王様たちにはお世話になったのにゃ。それに、こんな素敵なお土産までもらって、ニケはとってもとっても感謝しているのにゃ」


 ニケの首には黒革の細いチョーカーが巻かれている。

 チョーカーの中央には、俺が作った銀のハートがあしらわれていた。


 服飾担当の百八号が、自ら申し出て加工してくれたのだ。

 彼女も一号と同じで、自由意思の傾向が強いように感じる。

 

 ニケによると、ゴーレムには失敗行動を抑制するために、他のゴーレムの成功行動を学習する機能が搭載されているそうだ。


 以前一号が言っていた、疑似魂による自我の形成とはまさにこのこと。彼女たちは成功も失敗も全員で共有する。

 本来ならゴーレム同士で行われるこの相互学習だが、俺自身が半分機械であるため、彼女たちは俺の行動原理や思想も貪欲に吸収ディープラーニングしている。

 

 俺が純粋な人間だったら、彼女たちはここまで自由な振る舞いをすることができなかった。

 この体が機械だったからこそ、彼女たちは俺の考えを深く汲み取ることができたんだ。

 

 いまや俺の行動原理は一号に継承され、みんなの牽引役となっている彼女から、さらに後続のゴーレムたちに思想は継承されている。


 俺たちは喜びも悲しみも共有し、各々の役割を果たす。

 ひとつの目的のために噛み合う、歯車のような集合体。

 俺たちは、個でありながら群なのだ。


 ニケは本当に様々なことを教えてくれた。

 彼女は俺たちに感謝していると言ったけど、感謝しているのは、むしろこっちのほうだ。

 

「こっちこそ、いろんな話が聞けて楽しかったよ。それより昨日はけっこう飲んでたみたいだけど、大丈夫なのか?」

「にゃーに、あれくらい平気へい……うっ! あうぅ……やっぱちょっと頭が痛いにゃあ……」


 そりゃあれだけ飲んだら二日酔いにもなるさ。

 最後は樽で飲んでたからなぁ、こいつ。


「もう一日休んでいったらどうだ?」


 彼女は昨晩、城の客室に泊まった。

 俺たちが劇を見ている間に、一号の指揮のもと急ごしらえで作ったそうだ。


 突貫工事ながら、ベッドはもちろん、シャワーまで完備されていた。

 俺たちには無用の長物とはいえ、一回しか使われないのはもったいない。

 もう一晩くらい泊まっていけばいいのに。


「いや、ニケは行くにゃ。いつも誘惑に負けてなかなかたどり着けなかったけど、機械都市はもう目と鼻の先にあるのにゃ!」

「そっか……そうだよな」


 ニケの決意は固いみたいだ。

 引き留めるのは野暮ってもんだろう。


「美味しいご飯やふかふかのベッド、久しぶりに浴びたシャワーは名残惜しいけれども、ニケは行かなければならないのにゃ!」

「だよな。ごめんな、ひきとめちまって」


 そんなに褒めてくれるなんて、嬉しいな。

 もてなしたかいがあったぜ。


「いいんだにゃ! ここにいればみんながお世話してくれるから、いっそここに住んじゃっかなー、なーんて考えが過ったりもしたけど、それでもニケは行くのにゃ!」

「お、おう」


 名残惜しいのはわかるけど、いつまで続くんだろうこの話。


「ゴーレムたちは優しいし、王様もだんだんキモいからキモ可愛いくらいに思えてきたけど、ニケの心はいまや夢とロマンに向いているのにゃ!」

「うん、頑張れ」

「それとにゃあ、あの串焼きのジューシーな味わいも……」

「いいからはよ行け!」


 ニケを送り出そうとするも、彼女は「もうひとつだけいいかにゃ?」と呟いた。


「ひとつだけだぞ? いいか、ひとつだけだからな? 絶対だぞ?」

「うん。あのね、王様……」


 ニケは、両手で俺の頭をつかみ、顔を近づける。

 そのまま、ちゅっ、と額から音がした。


「ニケね……王様たちのこと、決して忘れないにゃ!」


 彼女は箒を握ったまま後ろ手になり、満面の笑みを浮かべていた。

 初めて顔を覗かせた八重歯が、これが彼女の本当の笑顔なのだと俺に気づかせる。


「おっ、おっ、おまっ、お前っ! な、なにしてんだよ急に……」

「にゃはは! 王様、さては照れてるにゃん? これは別れの挨拶だから、勘違いしちゃ駄目なんだにゃん?」


 何て言いつつ、ニケも照れ臭そうに、頬を朱に染めていた。

 あ、好きになっちゃいそう。


《警告、機体温度が急激に上昇しています》


 あ、やっぱり大丈夫。

 プログラムの冷めた声を聞いたら、一気に冷静になった。

 あれだ、自家発電中に母ちゃんの顔が過った時と同じ、って何考えてんだろう俺。


「うっせ! ったく、最後の最後まで自由な奴だなお前は」

「にゃはは、ごめんにゃあ。ニケは犬じゃなくて猫だから、我慢ができないのにゃー。いまはチューしたいなー、って思っちゃったのにゃあ」

「あ、謝るなよ。俺も、その、い、嫌じゃないし……」

「それは良かったのにゃー。ニケも、王様との思い出ができて嬉しいにゃ」

「ん……また、遊びにこいよ。いつでも歓迎するからさ」

「うん! 王様も、気持ちが固まったらぜひ機械都市に遊びに来てほしいにゃん! その時はニケがおもてなしするのにゃ!」

「ニケのおもてなしかぁ」


 される方ならまだしも、する方はまるで想像がつかないな。

 また一つ、外の世界への興味が増えてしまったかもしれない。


「にゃはは! 期待するといいにゃ! それじゃ、バイバイにゃー!」


 ニケは今度こそ旅立った。

 俺は遠ざかっていく背中を見つめながら上段の右腕を振り上げ、「見送り開始!」と叫んだ。


「はっ! お見送り、開始します!」


 一号が応え、空にいくつもの花火が打ちあがる。

 小さくなった背中が振り返り、ニケは大きく手を振った。


 俺たちが手を振り返すと、彼女は再び目的地に向かって歩き出し、そのまま森の中へと入っていったのだった。


「いっちまったな」

「そうですね」

「いい奴だったな」

「ええ、とても。……もしや、好きになっちゃいましたか?」

「ばばば、バッカじゃねーの!?」


 見た目はシンプルだが中身まで単純になったつもりはないぞ俺は。


「わたくしは好きですよ。ニケ様のこと」

「そうなのか?」

 

 一号とニケに接点なんてあっただろうか。


「はい、それはもう。よく食べて、よく飲んで、よく笑って……あれほど喜んで頂けるのなら、ゴーレム冥利に尽きるというものです」

「そっか。……俺も、好きだよ。ニケのこと。でも、あくまでも友人としてだからな。勘違いするなよ、一号」

「ふふ、承諾しました」


 一陣の風が吹く。

 風は、目の前の森へと誘うように、俺の背中を押している。


「……なぁ、一号。実は、考えてることがあるんだ」

「なんでしょうか」

「俺も……機械都市に行こうと思ってる」

「そうですか」

「理由は聞かないのか?」

「人間になるため、ではないのですか?」

「それもあるけど、どっちかっていうと、外の世界を見てみたいと思ってるんだ」

「好奇心、というわけですね。理解しました」


 淡々と答える一号に向き直る。

 彼女は驚きでも不安でもなく、優しく包むような、暖かい視線を俺に向けていた。


「いいのか? 俺は王様なのに、君たちを置いていこうとしてるんだぞ? それもみんなのためじゃない、俺の個人的な願いのためにだ」

「ご心配なく。たとえ離れ離れになったとしても、機械ではなく生命になったとしても、わたくしたちの主はあなただけですよ、王様」


 その答えを聞いて、揺らいでいた決心が固まった。

 俺は彼女たちを置いていくことが不安だったんじゃない、彼女たちに忘れられてしまうことが不安だったんだ。


 距離や時間が俺たちの絆を壊してしまうのではないか、ゴーレムでなくなったら、俺はもう彼女たちの王様でいられないのではないかと思っていたんだ。

 そんな俺に、一号は、俺だけが主だと言ってくれた。

 それが一番聞きたかった言葉だったのだと、いまになって気がついた。


「君は、本当にいつも百点満点だよ。一号」

「光栄です、王様」


 俺は旅立ちを決意した。

 この世界を知りたい。その欲求に突き動かされて。

 人間になるのは、あわよくば、ってところかな。



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