第14話 外界への誘惑

「にゃっはっは! 綺麗だにゃあ! 綺麗だにゃあ! うまいにゃあ!」


 集落はすっかり様変わりしていた。

 作業場を伝う電線には色とりどりの発色電球ネオンが取り付けられ、それらは蔦に実った木の実のようにぶら下がり、味気ない灰色の集落を華やかに彩っている。


 作業場も、今は工具を片づけて獣肉の串焼きや森でとれた木の実の盛り合わせなど、様々な料理を作っている。

 料理だけではなく、繊維加工場では服や革製品の小物を、鉄火場では鎧や刀剣類を表に出していた。

 広場に中央に特設したステージでは、ゴーレムたちが劇をやったり、大急ぎでこしらえた楽器で演奏したりと、それはもう大層な賑わいだった。


 全てはニケのためだけに用意されたものであり、もちろん対価なんかもらわない。というか、彼女からはすでに多くの物をもらっている。


 そもそも彼女は、お金なんて野暮なことは聞きもせず、目についた料理をひょいひょいつまんで美味しそうに食べ歩いている。


「うまいにゃあ! うまいにゃあ! 綺麗だにゃあ!」


 ずいぶん喜んでくれているようだ。

 元の世界の俺は自分の趣味に没頭してばかりだったけど、いまは誰かを喜ばせることが妙に嬉しい。

 ゴーレムの本能なのかもしれない。


「あー綺麗……はぐはぐっ、う、うま! うまい! この串焼きうますぎるにゃあ!」

「……そりゃよかった」


 喜んでくれてるのはわかるんだが、こいつ、ついにうまいしかいわなくなったな。


「王様も、おひとついかがかにゃ?」


 串焼きを差し出され戸惑った。

 俺には味覚がない。だからわざわざ調理されたものを食べる必要はないし、それどころか虚しくなるだけなので、あえて食べないようにしてきた。

 それに、いまは大容量バッテリーを搭載しているからなにも摂取する必要がない。


「あー。ありがとう、いただくよ」


 躊躇しつつも、無下に断ることなんてできないと思い受け取った。せっかく楽しんでくれているんだ、水を差すのは違うよな。


 とりあえず、「体内工場」用の資源として体内に格納する。

 ほっといたら腐りそうだな。忘れないようにしないと。


「美味しいかにゃ?」

「ああ、美味しいよ」


 本当は味なんてわからないけど、ニケがあまりにも楽しそうだったので、素直に答えるのは気が引けた。


「にゃはは! それはよかったのにゃ! ご飯は心で味わうものだからにゃ! 誰かと一緒に食べるとそれだけで美味しくなるのにゃ!」


 心で味わうもの、か。

 やっぱり味はわからなかったけど、ニケが俺たちにも心があると思っていることがわかり、結局嬉しくなった。


 食べ歩きもほどほどに、俺たちは劇を観るために用意された観覧席に座った。


 劇の内容は、悪いドラゴンにさらわれたお姫様を勇者が助けに行く、という恥ずかしいくらい王道ど真ん中の物語。


 それっぽい衣装に身を包んではいるものの、感情がまったく入っていないゴーレムたちの大根役者っぷりはなかなかのもので、学芸会を見ているような微笑ましさがあった。


 俺に兄妹はいないけど、きっと兄ってのはこんな気分なのだろう。それとも、娘をもった父親の気分かな? 


「にゃーっはっは! ここはいいところだにゃあ! 料理は美味しいし、ゴーレムたちは優しいし、おまけに楽しい劇と音楽までついてくるなんて夢のようだにゃ!」


 ニケは椅子の上で胡坐をかいて、グラスに入った葡萄酒を一気に飲み干した。

 この酒も一号たちが作ったものだ。なんでも数百倍の速度で熟成させたらしい。


「おいおい、あんまり飲みすぎるなよ。それにお前、歳は大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫! ニケはこう見えても大人の女なのにゃ!」

「見た目は子供みたいだけどな」


 胴長短足で背も低いし。


「にゃんと! それは聞き捨てならないにゃあ! ニケはこれでも、故郷じゃミス・ベストキャットに選ばれるほどの美猫だったのにゃ!」

「美猫って……確かに猫耳が生えてるけど、いちおう人じゃないのか? お前」

「八割猫だから、たぶん猫なんだにゃん」


 どっちかっていうと八割人間のような気がするんだけど。

 見た目じゃなくて、内面的なことを言ってるのかな。


「年齢はまだしも、あんまり飲みすぎるなよ?」

「わーかってるにゃーて! にゃはは、それにしても、ここは綺麗で楽しくて、昔行ったシュロロパッカーホルンを思い出すにゃあ」 

「……シュロロパッカーホルンってなんだ?」


 なんだか舌を噛みそうな名前だな。

 舌、ないけど。


「美と芸術の都シュロロパッカーホルン! イグザクトリア王国の観光名所なのにゃ!」

「へえ、どんなところなんだ?」

「最先端の服やアクセサリーを売ってる、女の子の憧れの町なのにゃ。ニケの服もそこで買ったんだにゃ」


 ニケは、「動きやすくて良い服なんだにゃあ」と付け足した。

 俺から見るとほとんど下着のような格好だけど、この世界では露出多めが最先端のファッションなのかもしれない。

 アルコールも入って饒舌になったのか、ニケの口はよく回った。

 彼女は他にもいろんな土地の話を聞かせてくれた。


 妖精の里トゥインクルギフト。

 そこはいつでも春の陽気に包まれた穏やかな土地だそうだ。名物のハニーリーフは、見た目は普通の葉っぱなのに、齧ると蜂蜜のような甘さが口一杯に広がるのだとか。


 商人の町ブシュタンノエルス。

 三国の国境に位置する町で、貴重品や珍品を取り扱う店が多い。外国の調味料を使った一風変わった料理が人気。


 古代都市アンティキティラ。

 かつてこの大陸を支配していた大国の遺跡がある歴史の町。いまは畜産業が発展しており、ここのソーセージは絶品らしい。


 食べ物の話ばかりなのは置いといて、聞けば聞くほど興味をそそられる。

 この世界には、この世界の文化や歴史があると実感させられた。

 これはロマンなんだ。

 未知への探求心とか好奇心とか、元の世界じゃ失われつつあるロマンが、この世界には存在している。


「ニケはいろんなところにいってるんだな」

「伊達に迷子ってないからにゃ!」

「威張ることじゃないだろ、それ」

「にゃはは! その通りなのにゃー!」


 楽しそうにグラスを傾ける彼女を見て、心の底から羨ましいと思った。

 彼女は、どこまでも自由だ。


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