第13話 人間になる意味

「本当だにゃ、王様は確かに人間だにゃ……」

「わかるのか?」

「ニケは魂を可視化する霊視が使えるからにゃ」


 猫は見えないものが見えるっていうし、さっきいってた猫っぽい魔法って、こういうことだったのか。

 ニケによると、ゴーレムは本来疑似魂しかもたない。ところが俺には本物の魂が宿っているそうだ。


「疑似魂と本物の魂って、なにが違うんだ?」

「魂っていうのは根源的な魔力の源で、常に魔力を生み出し続けているのにゃ。

 疑似魂はその名の通り作り物。コアに魔力を注いで作るから、魔力が外に漏れにゃいの。だから霊視を使っても魔力が見えないのにゃ」

「つまりニケには、俺の魔力が見えるのか?」

「うん。王様には魔力が見えるのにゃ。それも、とびきり大きな魔力が宿っているのにゃ!」


 ニケは、俺の魔力の大きさを表すかのように両腕を広げた。


「ちょっとまってくれよ、今の話を整理すると、俺には魔力があるってことだよな? てことは、魔法を使うことも……」

「難しいと思うけど、できると思うにゃ」


 ニケによると、俺の体は人間と違って、ひとつひとつのパーツを繋ぎ合わせているだけだそうだ。つまりこの手足は、厳密には俺ではない。俺の存在を示すのはコアだけ。


 魂だけで魔法を使う方法をニケは知らないそうだが、肉体はあくまでも出力装置に過ぎないので、きっと方法はあるという。

 ニケがそこまで説明して瞬きすると、彼女の瞳の色が元に戻った。


「俺が、魔法を……」

「そっかー、だから王様はゴーレムたちの王様になれたのにゃ。考えてみればそれも納得なんだにゃ。ゴーレムの管理者になるのも、魔力が必要だからにゃあ」  


 あ、そういうことか。

 一号や他のゴーレムたちのコアに触れた時、俺の体から靄のようなものが出て、彼女たちに流れ込んでいた。あれが魔力だったんだ。


 一号が、俺が管理者になることに対して疑問を抱いていたのも頷ける。

 あの時は言葉通りに受け取っていたけど、普通はゴーレムが他のゴーレムの管理者になるなんてありえないことだったんだ。


 なぜならゴーレムは、自分を維持する魔力しか持っていないから。構造的に、外に魔力を放つことができないんだ。


 それにしても、まさか機械の俺に魔法の素質があったとは。

 心が踊り狂ってる。


「な、なあニケ! それで、俺は人間になれるのか!?」

「うーん、魔法の使い方ならまだしも、そっちはちょっとニケにはわからないにゃあ……。せめて機械じゃなくて、生き物だったら変化の魔法があるにゃ。でも、機械から生き物に、というと……例えば魂を閉じ込めている器を壊せば、他の体に移せるかもしれないにゃあ……」

「う、器を壊す……? 危ないのはちょっとな……」


 当たり前だが死ぬのは嫌だし、死ぬよりも怖いのが、一号たちを悲しませてしまうことだ。


「あとは、産まれたばかりの赤ん坊みたいに、魂が肉体に定着していなければできるかもにゃ。でも王様の魂は完全にその体、というかコアに定着しちゃってるのにゃ。だから難しいと思うにゃん」

「そうか……」

「それこそ機械都市にいるクルーゼ様に聞けば、なにかわかるかもしれにゃいよ?」

「機械都市、か……」


 前に一度、行こうとしたことがあったっけ。

 あの時は森の魔物を脅威と判断したプログラムに止められたけど、いまなら……。


 って、そういえば最近プログラムの奴が静かだな。

 最初の頃は行動を制限されてばかりでムカついてたけど、考えてみるとプログラムがいなけりゃ俺はバッテリーが減っていることに気づかなかったり、危険な森に入り込んだりしてたんだよな。

 いちいち指図されるのは気に食わないが、声が聞こえなくなるとこれはこれで寂しいもんだ。

 また自分の頭でも殴ってみようかな。

 なーんてな。


《自己保護プログラムを発動します》


 ……やっぱうるせぇな。つか、殴らねーよ。


「黙り込んじゃってどうかしたのかにゃ?」

「え? ああ、いや、なんでもないよ。ちょっと考え事をしてただけ」

「もしかして、機械都市に行くかどうかでかにゃ?」

「あー、まぁ、そんなとこ」

 

 本当は自分のプログラムと話してました、なんていってもニケにはなんのことかわからないだろう。


「もしよかったら、ニケと一緒にクルーゼ様に会いに行くかにゃ?」

「いいのか!? あ、いや……やっぱりやめとこうかな……」

「なんでにゃーん?」


 ニケは首をこてん、と傾けた。


「自分から聞いといて変なこと言ってるのはわかってるんだけど……正直、俺はいま、自分が本当に人間になりたいのかよくわからないんだ」

「んー? どういうことなのかにゃあ?」 


 ニケは、こんどは反対側に首を傾けた。


「俺はフィギュア作りが趣味で、っていってもわかんないか……。えっと、そう、俺はもともと、人形師だったんだ」

「それはすごいにゃあ。どうりでここのゴーレムは美人ばかりだと思ったにゃあ」

「ありがとう……。それでさ、この体になったことで、もう創作ができないと思っていたんだけど、いまではそれなりに作れるようになってきてて……」

「人間に戻る意味がわからなくなった、ということなのかにゃ?」

「そういうことだ。危険なことをしてまで求めてるかっていうと、そうでもない気がしてる。それに、俺がこの土地を離れると、彼女たちを置き去りにしなきゃならないことも気がかりなんだ」


 もう一つ、俺はニケにはあえて言わなかった思いもある。


 人間になってしまうと、せっかく近づいてきた彼女たちとの距離が、また遠くなるような気がしてることについてだ。


 もともと機械と人間なんだから、最初から同じ存在になれないことはわかってる。だけど、なぜか不安なんだ。なぜかは、わからないんだけど。

 俺は、俺を慕ってくれている彼女たちから遠ざかることが、とても、怖い。


「なるほどにゃあ。まー、クルーゼ様でもできることとできないことがあるしにゃあ。いまの生活に満足しているなら、無理に行く必要はないと思うにゃん」


 ニケは「それに、ニケは思うのにゃ」といってカップを手に取った。

 彼女が、ふぅ、と息を吹きかけると、水面で踊っていた猫たちが、元の紅茶に戻った。


「思うって、なにを?」

「機械でも人間でも、王様は王様だってことにゃ。ニケにとっても、ここのゴーレムたちにとっても」


 自分の存在に疑問を感じていた俺にとって、その言葉は深く胸に突き刺さった。

 機械でも人間でも、俺は俺、か。

 なんだかニケと話していると、気持ちが楽になるな。


「お前、いい奴だな」

「にゃはは、実はよく言われるのにゃ!」

「はは、そうかよ。……機械都市の件、もう少し考えてみるよ」

「それがいいにゃん」といって、ニケは両手でカップを握りしめ、舐めるように紅茶を啜った。 


 俺は人間になりたいのかな。

 もともと人間だったとはいえ、いまはもう何一つ不自由な思いはしていない。

 一号たちと感覚が違うことだって、俺が気にしなければいいだけの話だ。

 なら、俺が人間になりたい理由って、なんだ?


「王様! 宴の準備が整いましたので、広場までおこしくださいませ!」

   

 伝声管から一号の興奮した声が飛び出し、はっとした。


「行こうか。いろいろ教えてくれてありがとう、ニケ」

「いえいえ、とんでもございませんにゃ!」


 有用な情報が聞けた。ニケには本当に感謝だ。

 ここからは客人をもてなす時間。自分のことはひとまず置いておこう。

 気を取り直して、俺はニケとともに広場に向かった。

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