第12話 大陸を分かつ三国

 手の空いているゴーレムにお茶とケーキをもってこさせ、ニケから彼女の旅の話と、この世界にまつわる様々な話を聞いた。


 俺たちがいるオルタニア大陸には三つの国があるそうで、ここはイグザクトリア王国という国の領土。

 ニケの旅の目的地でもある機械都市ロンド・ロンドは、この国でもっとも発展している工業都市。王都は別で存在するみたいだが、実質この国の心臓部だ。


 さっきも聞いたが、そこには星詠みの魔女と呼ばれる偉大な人物が住んでいるらしい。

 なんでも星詠みの魔女は、未来を見通す魔法が使えるのだとか。


「未来を見通すって、魔法ってそんなことができるのか。すごいな」

「普通はできないにゃ。大魔女クルーゼ・ドロシア様だけが使える特別な魔法なのにゃ」


 彼女の憧れの魔女、クルーゼ・ドロシア。

 未来を見通す星詠みの異名を持ち、八年ほど前まで国王直属の相談役兼近衛魔術師という重鎮だったそうだ。

 

 近衛魔術師というのは近衛兵の魔法使い版みたいなもので、体を張って国王を守る戦闘のエキスパートたちであることを意味する。

 知力によって国を導き、魔力によって国王シンボルを守護するこの国の守護者ガーディアン


 当然ながら国王の信頼を勝ち取るほどの人格者でもあり、民草からは羨望と尊敬を一身に受け止める、半ばアイドルのような存在なのだとか。

 その中でもクルーゼは魔導を極めんとする女性たち、いわゆる魔女たちの憧れ

 

 過去形なのは、彼女がすでに近衛魔術師を引退しているからである。

 理由は定かではないが、八年ほど前、急に王宮を追放され、いまは機械都市ロンド・ロンドで本業だった占い師として活動しているそうだ。


 彼女が追放された理由はわからない。

 相談役という立場を利用して政治に介入しようとした、とか、国王との間に子を授かり王族争いに巻き込まれないための国王の計らい、とか、様々な噂があるものの、どれも憶測の域をでない。


 確かなのは、彼女は国の中枢にいた重要人物でありながら、なんの責任も問われることなく、いまは隠遁生活に浸っているということだ。


「クルーゼ様は数々の偉業を成し遂げた大人物なのにゃ。世界で初めてゴーレムを作った人物でもあるのにゃ」

「ゴーレムを作っただって!?」


 ってことは、俺の産みの親ともいえるわけだ。

 母親がそんなにすごい人物だったなら俺が王様なのも頷ける。


 なんてな。


 転生したら偉大な人物の息子だった、なんてよくある話だけど、現実の俺はゴミ山で独りぼっちだった。

 便利なスキルを与えてくれる女神さまもいないし、転生ってのは話に聞くよりずっとシビアなものだったな。


「それでにゃ、クルーゼ様は村人を守るために、迫りくる火竜の群れを単身で迎え撃って----」

「ほうほう、それでそれで?」


 ニケは自分のことを話した時より、ずっと生き生きしていた。

 よほど心酔しているのか、翡翠のような瞳を爛々と輝かせ、次から次へと話題が飛び出した。

 話も一段落したころ、ほどほどに打ち解けてきたので、気になっていた質問をぶつけてみた。


「ところで、ニケも魔法が使えるのか?」

「まーそれなりに、って感じだにゃ」

「よかったら、その……見せてもらえないか?」


 俺の頼みに、ニケは「いいにゃ」と即答してくれた。

 彼女はおもむろに手を伸ばし、ティーカップの淵を人差し指でさすり始めた。

 水面に幾重もの波紋が広がったころ、彼女はカップに向かって「”踊れ(ラ・フー)”」と囁きカップの淵を、ちん、と指で弾いた。


 するとどうだろう。

 波が形を変えて、二匹の小さな猫が現れた。一方が首に蝶ネクタイを、もう一方は頭に花の髪飾りをつけている。

 赤褐色の猫は後ろ足で立ち上がると、互いに手をとりあい、紅茶のステージの上で社交ダンスを始めた。


「すげぇ、猫が踊ってる!」

「にゃはは。これでもいちおう、基本属性は習得しているからにゃ。こんなの朝飯前だにゃ」

「基本属性って?」


 基本属性とは、火、水、風、雷、土の五つの属性エレメントのことだそうで、魔法はこの属性にまつわる事象を操ることが基本とされている。 


 この属性とは別に、例えば未来を見通す魔法のような、属性とは関係ない特殊な魔法も存在する。


 それらは個々人の研究の末に編み出されたものであったり、生まれつき備わっているものであったりと様々だが、基本属性以外の魔法が使える者は魔女や魔術師の素質がある。


 魔導委員会と呼ばれる国家組織の認定を受ければ、晴れて魔女や魔術師と名乗ることができるのだそうだ。


 委員会に認められるためには現役の魔女や魔術師に師事することが第一条件であり、ニケがクルーゼに弟子入りしたいのもそのため。


 国家公認の魔女になれば研究費が支給され、実質労働から解放される。

 その代わり、年に一回の研究報告会に出席したり、有事の際には優先的に徴兵されることになるのだそうだ。


「ニケは、なにか研究したいこととかあるのか?」

「うーん、ないにゃー」

 

 ないんかい。


「それって魔女になる意味があるのか……?」

「ニケはクルーゼ様に憧れたから魔女になりたいのにゃ。研究とかよくわからないけど、なってから考えればいいのにゃ」


 行き当たりばったりな奴だな。

 じゃなきゃ、そもそも行倒れたりしないか。


「ま、考え方は人それぞれか。ちなみに他にはどんな魔法が使えるんだ?」

「あとは、猫っぽいことならだいたいできるにゃ」

「……猫っぽいこと?」

「うん。まー、そっちは生まれつきだから別にすごくもなんともないけどにゃあ。それより、王様はどんなことができるのにゃ?」


 猫っぽい魔法って想像もつかないんだが。

 もっと魔法の話を聞きたかったが、話題を変えられてしまったので聞くのは後にしよう。


「俺の性能が気になるのか。よーし、それなら」


 俺はテーブルの上のフォークを掴み、胸の投入口に放り込んだ。

 なにがいいかな。せっかくだし、思い出になるものにしよう。

 ほどなくして加工(・・)が終わり、俺は胸の中に手を突っこんだ。誤って潰してしまわないように、慎重にフォークだったものをつまんで取り出す。

 手のひらに乗っていたのは、小さな銀色のハートだった。


「わあ、フォークがハートになったのにゃ! 王様は見た目はグロいけど、小粋なことするんだにゃあ!」


 一言多い奴だなぁ。嫌味じゃないからいいけど。


「最近追加した機能なんだけどな、資源さえあれば体の中でいろんなものに加工できるんだ」


 スキル「体内工場(イン・ザ・ファクトリー)」だ。ネジやナットのような小物は、わざわざ鉄を溶かして作るよりこっちの方が早い。


 一号が偶然見つけてきたオプションパーツだが、このジャンクヤードにはまだまだお宝が眠っている。資源は豊富になってきたが、整地も兼ねて、彼女たちにはいまでもパーツを探してもらっているのだ。


「にゃー、便利なんだね」

「だろ。それじゃ、これはお前にやるよ」

「ニケにくれるの?」

「もちろん。友情の証だよ」

「にゃはは。ハートじゃ、友情っていうより愛情のような気がするにゃあ……」


 照れくさそうに呟くニケを見て、俺まで恥ずかしくなってきた。


「あ、いや、それもそうだな、作り直すか。あれ、でも友情ってどんな形なんだろう?」


 哲学的な疑問に頭を抱えるも、ニケは慌てた様子で俺の手に自身の手を重ねた。


「ハートでいいにゃ!」

「でも……」

「心配しなくても、機械には惚れにゃいよ」

「……だな」


 惚れられるのが心配だったわけじゃないけど、ニケがいいならそれでいいか。ちょっと寂しいけど。


 彼女は小さなハートを手のひらに乗せて、嬉しそうに眺めている。

 この短時間で、お互いかなり心を開くことができた気がする。

 聞いてみるか。人間になる方法について。


「な、なあ、ニケ? 実は聞きたいことがあるんだが」

「んー? なぁに?」

「変なこというようだけど、ゴーレムが人間になる方法ってあるのかな?」

「ゴーレムが、人間に……? 王様は人間になりたいのかにゃ?」

「ああ。俺は人間になりたい。というか、本当は俺……元は人間なんだ」

「にゃにゃ!? 王様が実は人間!? ちょ、ちょっとじっとしてるにゃ!」


 ニケは固く目をつむり、やがてゆっくりと目を開いた。

 濃い緑色だった彼女の瞳は赤く染まり、瞳孔が縦長に伸びている。

 野性味を帯びた瞳に見つめられると、心の中まで覗かれているような気がした。

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