第11話 四十三%の女
慌ただしく動き出したゴーレムたちを見て、ニケは「にゃっ? にゃっ?」と目を瞬かせていた。
「もしかして、本当にニケをもてなしてくれるのかにゃ?」
「ああ」
「えーと、なんでにゃー?」
「さっき、ここを素敵な場所だといったな?」
「う、うん……」
「それにゴーレムたちが美人ともいった」
「ええと……それがなんなのにゃ?」
「むしろそれが全てだろ!」
俺が愛するゴーレムたちを褒める。それは俺自身が褒められるよりも、ずっと嬉しいことなのだ。
「宴の準備をしているあいだ、俺の城にこないか?」
「お城に招待されるなんて光栄だにゃあ。もちろんお邪魔させていただきますのにゃ」
ニケは箒を握って立ち上がる。
彼女を見ていると、なぜだか親近感が湧いてくる。
なぜだろう、と思って頭の先から爪の先まで観察して、ようやくその理由がわかった。
時に、股下比率、というものがある。
読んで字の如く、これは足の長さの割合を求める公式のことだ。
モデルや俳優などは、足の長さが体の半分ほど、つまり股下比率が平均五十パーセント前後だ。
一般人はおよそ四十三から四十五パーセントといわれている。
ゴーレムたちもこの公式を参考に作られており、一部を除いてほぼ全ての機体がモデル体型だ。
幼女型を作るのが苦手というのもあるが、すらりとした足というのは美を求める原型師として外せない要素なのである。
ところがニケの股下比率は甘く見積もっても四十三パーセント前後。一般人とほぼ同じだ。
おまけに低身長、かつ胸は控えめ。でも肉付きはほどほどに良く、くびれはない。
見事なまでの幼児体型、いや寸胴体型だ。
丸みを帯びた柔らかいフォルムは、美しさというより可愛らしさを強調している。
これまで手癖でモデル体型ばかり作ってきたが、こんど新しいゴーレムを作る時は彼女を参考にしてみるのも面白いかもしれない。
「急に黙り込んでどうしちゃったのにゃ? 電池切れ?」
ニケの体型を観察していると、彼女はずいっと顔を覗き込んできた。
太めの眉毛と、ガラス玉のように澄んだ緑色の瞳。緊張か、はたまた興奮か、頬は仄かに紅潮して健康的。
端が上向いた猫のような口は、丸みを帯びた輪郭と合わさって、彼女のあどけない少女性と穏やかな雰囲気を醸し出すのに一役買っている。
春風に揺れる綿毛を想起させる、自然で自由な美しさだ。
「こんな可愛い子をもてなせるなんて光栄だと思ってね」
「にゃはは! 王様に口説かれてしまったのにゃ! ニケの旅の思い出がまた一つ増えてしまったにゃあ!」
「せっかくだし、旅の話を聞かせてくれよ」
この世界のことについて知る、いい機会でもあるしな。
なにより魔法だなんて少年心をくすぐるワード、気になっちまって仕方がない。
ニケは「ぜひ聞いてにゃ!」といって、少女のように笑った。
俺たちは城へと向かった。
エントランスに入ると、ニケはさっそく「すごーい!」といってはしゃいだが、唐突に立ち止まって床を見下ろした。
「どうした?」
「この絵は悪趣味だと思ってにゃー」
さてはこいつ、思ったことを素直にいうタイプだな。
悪気がなくても自分の株を落とすタイプだ。
「こ、これは俺が描かせたわけじゃない。ゴーレムたちが勝手に描いたんだ」
「ふーん。みんな、王様が大好きなんだにゃあ」
ニケは糸のように目を細め、微笑んだ。
「……かもな」
落ちた株は反転して急上昇。
嫌いじゃないぜ、素直なタイプ。
城の説明もほどほどに、私室に案内した。
この城には、応接室や客室なんて気の利いた部屋は存在しない。
階段にスロープを備えるくらい用意周到な一号でさえ、来客を想定していなかったのだ。
ニケを、藍染め(本物の藍を使ってるかは不明だが)された一人用のソファに座らせた。
俺はキャタピラを回転させ、テーブルの向かい側にある自分のソファまでまわりこむ。
「にゃはは、その体だと王様は座れないにゃ。ニケだけ座っちゃって悪いにゃあ」
「ところがどっこいそうじゃないんだな」
「へ?」
俺はキャタピラと胴体部分の接続を切り、四本の腕で体を持ち上げてソファの上に座った。座ったというより、乗っかったって感じだ。
「さ、これで気を遣う必要なんてないぞ」
「気遣いができるゴーレムなんて珍しいにゃあ。王様はいろいろと規格外だにゃあ」
「そうなのか?」
「うん。ニケは人間みたいに振舞うゴーレムを初めて見たのにゃ。ゴーレムっていったら、もっとこう……なんていうか……」
「機械的?」
「そう! 王様だけじゃないにゃ。勝手に絵を描くゴーレムなんて、聞いたことがないのにゃ!」
ずいぶん驚いているみたいだ。
ここのゴーレムが特別なのだろうか、なんて考えているとニケが、「きっと立派な王様がいるからなんだにゃー」と呟いた。
「立派かどうかはわからないけど、彼女たちは俺の自慢、いや俺の全てだ。素晴らしいのは間違いない」
「にゃはは、ここのゴーレムたちは幸せ者だにゃ。ニケもそんなこといわれてみたいにゃあ」
単なるお世辞だってことはわかってる。
それでも、ニケがあまりにも屈託なく笑っているものだから、俺は素直に受け取ることにした。
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