第10話 二毛の猫

「王様。森に行倒れがいたので保護しました」


 私室の充電ステーションで充電ちょうしょくをとっていると、壁に設置されていたラッパのような通信機がそう告げた。

 いわゆる伝声管というやつだ。


 どうもこの世界、技術力は元の世界を上回っている部分もあるののだが、格子扉のエレベータといい、この伝声管といい、デザインのセンスが十九世紀に近いようだ。

 それともこれが本来の文明水準なのだろうか。


 外のことは一号も知らなかった。彼女たちは自分に搭載されている部品や製造に関することは詳しいが、歴史や文化には疎い。

 土地も、自分が製造された機械都市しか知らない。知っているといっても地理的なことしかわからない。

 世界の謎は、日増しに深まるばかりだ。


 返事をするために伝声管に近づき、「いまいく」と一言だけ伝えた。

 近距離無線装置で会話することもできるのだが、俺の場合は創作中のノイズになるので基本的にオフにしている。


 俺には彼女たちのように、自分に必要な情報だけを選別できるような処理能力はない。耳から入った情報は、雑音となって集中力をかき乱す。

 これは演算能力の問題というよりも、精神的な問題なのだろう。言葉は感情を揺らすもの。彼女たちには自我こそあれど、揺れるほどの感情はない。

 あるのは、決して揺るがぬ忠誠心だけだ。


 聞き分け能力の違いなんて些細なことが、俺がこの集落において異質な存在だと告げられているような気がして、あまり前向きな感情は湧いてこない。

 機械というには繊細で、人間というには無骨すぎる。それがいまの俺。

 俺は人間なのか?

 それとも機械なのか?

 その答えを決めるのは、誰なんだ?


 ……よそう。

 悩みは動きを鈍らせる。

 いまは、一号の言ってた行倒れとやらを確認しにいかないといけない。

 微妙にブルーな気持ちのまま、お気に入りの赤いマントと金の王冠を身に着け、集落に向かった。


 集落の中央にある広場には、人だかりができていた。

 みんな、料理が盛り付けられた皿をもって集まっている。その光景だけで異常事態が発生しているとすぐにわかった。

 俺たちは料理なんてしない。食料は生のまま電力炉にぶち込む。味付けなんて気にする必要がないのだ。


「どいてくれ」


 人だかりに向かって一言告げると、ゴーレムたちはモーゼが割った海のように左右に分かれ、片膝をついた。


「にゃはは! うまいにゃあ! うまいにゃあ!」


 広場の中央には、黒い三角帽子をかぶった女が胡坐をかいて座っていた。

 帽子につけているのか、はたまた穴が開いているのか、の部分から黒と白の猫耳が飛び出している。

 右が黒で左が白。変わった配色だ。


 胸元がハートマークに切り抜かれた黒いチューブトップのような服と、同じく黒いショートパンツを着ている。

 肩も背中もヘソまでさらけだして、妙に露出度が高い。


「……痴女?」

「痴女ではなく魔女です、王様」


 そっと耳打ちする一号に「わかってるよ」と言い返す。

 この帽子といい、脇に置いてある箒といい、特徴だけを見れば確かに魔女だ。

 ただ、なんというか、料理を素手で鷲掴みにしながら頬張る姿は、いささか知性も品性も足りていないように思えた。


 魔女といえば魔法。

 人間になる手掛かりになるかと思ったけど、この魔女は見るからに期待できそうにない。

 だとしても落胆はしなかった。

 俺がこの体を、半ば受け入れつつあるからかもしれない。


「にゃー? お前たち、急にかしこまってどうしたの……って、なんかどえらい奴がいるにゃあ!?」


 魔女は俺を見て、まなじりが裂けんばかりに目を見開いた。

 そりゃ腕が四本も生えてるドラム缶を見たら、だれだってそんな反応するわな。


「俺はこの集落の責任者だ。あんたは何者だ?」

「ニケは猫の魔女ニケだにゃ! ゴーレムの村にゴーレムの村長さんなんて、ここは本当に不思議なところだにゃー。名前はなんていうの?」

「名前はまだない。それと、俺は村長じゃない。王様さ」

 

 名前、そろそろ考えたほうがいいかもな。

 ゴーレムたちの名前はいくつか候補があるけど、しっくりくるものがなくていまだに決まってない。

 せめて一号だけは、ちゃんとした名前を与えたいものだ。


「にゃー、まさかの王様だったのにゃ。てっきり拷問用だと思ったにゃー」


 そんなに悪魔的なのか俺は。


「それで、あんたはなにしにここへ?」

「よくぞ聞いてくれたにゃ! ニケには語るも涙、聞くも涙の過去があるのにゃ!」


 ニケはこれまでの経緯を語りだした。

 彼女は幼いころから魔女に憧れており、独学で魔法を習得。

 勢いに乗って魔女に弟子入りしようと思ったが、両親から猛烈に反対された。

 夢を捨てきれなかった彼女は故郷を飛び出し、機械都市に住んでいる高名な魔女に弟子入りすべく旅に出たのだそうだ。


 話している最中に、「あ、いまのは間違いだにゃ」、とか「なんか話すの飽きてきたにゃ」、とか要領を得ない部分はあったものの、だいたいこんな感じだ。


「夢のために一人で旅に出るなんて、立派じゃないか」


 態度はともかく、独学で魔法を習得するなんてすごいことだろう。

 よくわからないが、たぶん元の世界でいうと専門職に就くための勉強を終えた、って感じなんじゃないかな。


「ありがとにゃー。そう言ってもらえると、ニケは喜ぶのにゃー」


 顔を掻いたり指を舐めたり、名前の通り仕草が猫っぽい。


「あの、ひとつ質問してもよろしいでしょうか」

「どうぞどうぞにゃん」


 一号がおずおずと手を挙げると、ニケは鷹揚に頷いた。


「機械都市に向かっていたのであれば、なぜ森に? 都市には、他の町と繋がる大きな道が整備されているはずですが」

「いい質問だにゃ。実はニケ、行商の馬車に相乗りさせてもらっていたのにゃ」

「ほうほう、それで?」


 俺も興味があったので、さらに話を引き出してみる。


「でも馬車での移動はすごく退屈。もういいや近道しよー、と思って森の中に入ったが最後、ニケは右も左もわからず盛大に迷子ったのにゃ」

「……そういうの、なんていうか知ってるか?」

「えー、にゃににゃに? 教えて王様ぁー」


 体を倒して、ぐでぇ、と寝そべるニケ。

 真面目に聞く気があるのか甚だ疑問だ。


「自業自得ってやつだ」

「にゃっはっは、なるほどにゃあ。業は得になって返ってくるってことなんだにゃあ」

「そうじゃなくてだな……」


 自業自得ってのは、悪い行いをしたらその報いが返ってくるって意味だ。

 間違ってもニケの言っているような意味じゃない。

 訂正しようとするも、ニケは俺の話にかぶせるように口を開いた。


「それで納得したのにゃ。ニケが馬車から飛び降りたから、こんなに素敵な場所にくることができたのにゃ。さすが王様。博識なんだにゃあ」

「……ここが素敵な場所だって?」

「うん。美味しい料理に美人のゴーレム。風は気持ちよくて、お日様はぽかぽかしているのにゃ。ここは、とっても素敵なゴーレムの楽園なのにゃ」

「ゴーレムの楽園……」

「強いていうなら甘いものも食べたいにゃあ。それに暖かいシャワーも浴びたいし、ふかふかのベッドで眠りたいにゃーあ」

「暖かいシャワーに、ふかふかのベッドだと……?」


 まったくなんだよこいつ。

 やたらと飯は食うし、人の話は聞かないし、その上ちゃっかり自分をもてなせなどとのたまいやがる。

 よもや見え透いたお世辞が、俺に通用するとでも思っているのだろうか。

 そんな楽観主義者への対応なんて、一つしかないだろう。


「おい一号!」

「はっ!」 


 俺が呼ぶと、一号はたちまち姿勢を正して返事をした。


「拠点拡張班にいますぐシャワー設備とベッドの開発に着手するよう伝えろ! 他のみんなは食材の調達と料理だ! いいかお前たち……全身全霊で客人をもてなせええええ!」


 俺が叫ぶとゴーレムたちは「承諾しました!」と応え、個々の役割を全うすべく散っていった。


 余談だが、俺に褒め殺しは効く。

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