第9話 働き者のゴーレム
振り返ると、黒いシャツの上にラクダ色のサファリジャケットを羽織った女性が立っていた。
一号だ。
「教えてくれ、一号……ここはどこだ?」
一号は首に巻いたモスグリーンのスカーフを指で引き下ろし、「ジャンクヤードですが?」、と答えた。
「いやでも、ゴミ山は見当たらないし、市場みたいになってるし、本当にここは俺のいたジャンクヤードなのか?」
「もちろんです。王様が作業に没頭されている間、我々作業班が昼夜を問わずこのジャンクヤードの発展に務めてきたのです」
「昼夜を問わずって……」
よくみると一号の頬が煤で汚れている。
服もところどころほつれているし、ジャケットと同じ色のショートパンツや、黒革の編み上げブーツもずいぶん傷んでいるようだ。
俺が煩悩を具現化してる間、本当に休まず働き続けていたのか。
「わたくしのことより、どうか見てください王様。実はさきほど、拠点の最終拡張工事が完了したところなのです!」
一号は黒い指出しグローブに包まれた両手を広げた。
距離が近すぎて気づかなかったが、彼女の後ろには巨大な建造物が建っていた。
いくつもの尖塔を持ち、最も高い中央の尖塔の天辺にはドラム缶のシルエットが描かれた旗が風にたなびいている。
外壁こそつぎはぎだらけの鉄板だが、見た目といい規模といい、これはもはや城と形容するほかないだろう。
「これが拠点!? 嘘だろ!?」
よく見ると、城の脇に納屋のようなものがくっついている。
あそこがさっきまで俺がいた作業場。本来の拠点だった場所だ。
作業場の隣に新たに建設したってことらしい。なにを? 城を。すごすぎだろ!
俺を支えたいとはいっていたが、まさかここまでやるとは……。
「お気に召しませんでしたか……?」
しゅん、と不安げな表情になる一号。
俺は慌てて両手を振って否定した。
「いやいやいや! むしろ立派すぎて驚いてんだよ!」
「では満足いただけたということでよろしいですか?」
「満足満足! もー大満足だよ! すごいぞ君たち!」
「ああ、よかった! 喜んでいただけてなによりです!」
満面の笑みを浮かべる一号。眩しい。あまりにも眩しい笑顔だ。感情表現機能の真髄がここにある。
気遣いができて従順で感情豊か。なんていい子なんだ。作ってよかった。
「一号、もし手が空いていたら集落を案内してくれないか?」
「よろこんで! 王様のご命令とあらば、例え手足がもげようともご案内させていただきます!」
「それは直してくれ……つーか、直すから」
忠誠心が高いのは嬉しいが、ちょっと過剰かもしれない。
彼女たちにとって俺が一番大事かもしれないが、俺にとっては彼女たちがなによりも大事なのだ。もっと自分を大事にしてほしい。
キャタピラをきゅらきゅら鳴らしつつ、尻尾のようにゆらめく一号の襟足に導かれ、集落を見て回った。
露店っぽいものは単なる作業場だったようで、本当に物を売ったり買ったりしているわけではないそうだ。
彼女たちはゴミ山から使えるものを探し出すことに限界を感じ、その結果まったく使い物にならないパーツを分解したり溶かしたりして、一から部品を作ろうと考えた。
そうやって、俺が美少女ゴーレムを作るために必要な細身のパーツを用意したり、完成したゴーレムに着せる服を作っていたらしい。なんつー行動力だよ。
繊維工房を覗くと、数人のゴーレムがせっせと作業をしていた。
彼女たちは俺に気づくや否や、「王様! どうぞこちらを!」といって、赤いマントと金色の王冠を差し出した。献上品というやつらしい。
渡してきたのは、ついさっき完成したばかりの百八号。実稼働時間一時間未満でさっそく一品作るなんて流石はゴーレム。産まれた瞬間から即戦力だ。
別のゴーレムが姿見を持ってきてくれた。
そこに映っているのは、赤いマントを羽織り頭に金の王冠を乗せたドラム缶。
側面から黄色の装甲がついた腕が伸び、下半身はキャタピラだ。うーん、なんか滑稽だな。
「どうかしましたか?」
背後に立っていた一号が、鏡越しに問いかけてくる。
鏡の横に立っている百八号や繊維工房のゴーレムたちも、なにやら不安げな表情で俺を見つめている。
「あー、いや……感動して言葉を失ってただけだよ。本当にありがとう、みんな」
俺がそういうと、一号は安心したように微笑んだ。
百八号たちも互いに両手を打ち鳴らして喜んでいる。
周りが美少女だらけなのに俺だけちんちくりんなのが気になった、とはいうまい。
愛する臣下たちの期待に応えるのも、王様の役目だ。
その後も集落を巡り、様々な献上品をもらった。
キャタピラの
腕が四本! こいつは作業がはかどりそうだ。いよいよ見た目が化け物じみてきたがな。
日が暮れてきたので城へと戻る。
外観はいわずもがな、中もすごい。
円形のエントランスには豪奢なシャンデリアが吊り下げられ、床の中央に俺の絵が描かれている。
なんか後光がさしてるし、これはちょっとやりすぎな気がしなくもない。
「王様、どうぞこちらへ」
一号に案内されて、エントランスに設置されていた格子扉のエレベータに乗り込む。
古めかしい作りだ。起動はボタンではなくレバー。格子扉の上には、階層を示す扇状の表示板と根元が膨らんだ針がある。
上がっていく途中、一号に城のことを聞いてみた。
城主である俺がキャタピラなので床に絨毯の類はなく、すべての階段にスロープが併設されているらしい。気の使い方がプロだ。
「このエレベータは王様の私室に直通となっております」
「すごいな……そういえば、他の部屋はどうなってるんだ?」
「主に外敵に備えて武装やソナーを置いてあります」
彼女たちは美少女化した代償に素の戦闘能力が落ちている。油圧駆動と人工筋肉の出力差を鑑みれば当然だ。
そのため戦闘の際には外付けのアタッチメント、ようは鎧や武器といった装備が必要なのだ。
現に一号も、腰の後ろにナイフの入ったホルスターをぶらさげている。
「なるほど。……なぁ、この城って耐久性能はけっこうあるのか?」
「もちろんです! むしろ耐久性に重きをおいた設計となっておりまして、耐水性や耐火性はもちろん、防音や漏電防止処理も徹底されています。耐震性や耐爆性も非常に高いです。千のドラゴンが一斉に襲い掛かってきても籠城できますよ!」
聞かれるのをまっていたのか、一号は呼吸なんてしていないのに鼻息を荒くして語りだした。
千のドラゴンが攻めてきても耐えられる城、か。
「なら、この城を緊急時のシェルターにしよう」
「え……? えっと、それは、我々の、ということでしょうか?」
一号は目を白黒させて聞き返してきた。
「もちろん。千のドラゴンが襲ってきたとき、君たちが外にいたら危険だろ? ドラゴンじゃなくても、身の危険を感じたらすぐにこの城に非難するんだ」
「ですが、ここは我々の城ではなく、王様のための……」
「君たちだって俺の所有物だろう? 俺としては、自分が一生懸命作り上げた君たちが傷つくほうが辛い」
彼女たちには悪いが、ぶっちゃけこの城より自分が丹精込めて作ってきたゴーレムたちのほうが価値がある。
彼女たちの優先順位が城より高くなるのは当然だ。
「しょ、承諾しました! ……あの、王様」
「なんだ?」
「ありがとうございます。わたくし一号は……いいえ我々ゴーレムは、王様にお仕えできて、本当に幸せです」
「……おう」
むず痒い。触角なんかないけどなんかむず痒い。なんて答えればいいのかわからず、機械の腕でごりごりと頭を掻いた。
エレベータが止まって格子扉が開くと、俺の部屋に到着した。
床や壁はジャンクヤードでは貴重な木材。エントランスに負けず劣らず豪奢なシャンデリアと、天蓋付きのベッドならぬ充電ステーションが完備されている。
充電ステーションに天蓋を付ける意味があるのか? まぁいいけど別に。
室温は十度とかなり低い。
演算装置の熱暴走を防止するために地下から水をくみ上げて、床や壁に埋め込まれた配管内を循環させているそうだ。
他にもその日の予定に合わせてパーツを切り替えられるようにパーツラックが置いてあったり、いちおうクローゼットやテーブルもある。
南の窓の外にはテラスがあり、そこから黄昏色に染まる西の空と、点々と明かりが灯る集落が見下ろせた。
よく見ると、集落のゴーレムたちが小屋の外に出てこちらを見上げている。
「どうか、手を振ってあげてください」
一号に囁かれ手をあげると、眼下のゴーレムたちが一斉に手を打ち鳴らし、「王様バンザーイ!」と歓声をあげた。
総勢百八体のゴーレムたちが一堂に会する光景は圧巻だった。いつだったか、拠点の屋根から見下ろした時とは大違いだ。
「これが全部俺のものなのか……」
「そうです! この城も、この集落も、そこで暮らす我々も、全てあなたの物なのです! なぜならあなたは我々の王、機械の王様なのですから!」
一号は、どこからか取り出した紙吹雪を城下に向かってばらまいた。
赤や白、銀や金の紙吹雪は、沈んでいく夕日に照らされながら舞い落ちる。
もう、地面が近いなどとは思わなかった。
創作に没頭できる体を持ち、自分が作り上げた作品たちに称えられ、学校や勉強なんていう煩わしさとは無縁の生活。
俺はいっそ、このままゴーレムとして生きていけばいいんじゃないだろうか、と思い始めていた。
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