第8話 等身大美少女作り

「素晴らしい……」


 完成したばかりの一号をワークベンチに座らせ、眺めること三時間。まだまだ飽きない。飽きる気配がない。

 体のラインは機械的で無機質な脚部から腰部に繋がり、抱けばおれてしまいそうなほどきゅっと締まったウエストを経て、慎ましく膨らんだ胸部へと流れていく。

 いやらしさは微塵も感じない。あるのは先鋭化された美だ。


 陰影の表現が特に上手くいった鎖骨の中央から細く白い首が伸びて、その上には小さな顔がちょこんと乗っている。

 腰まで伸びた白銅色の髪は繻子の如き煌めきを放ち、けぶるようなまつ毛に囲まれた金の瞳は、まるで満月。

 晩秋の儚い雪のような肌には青く浮かぶ血管まで再現され、形のよい鼻は最適な配置で違和感なく溶け込み、頬骨や顎先といった輪郭も削りすぎず盛りすぎず絶妙な塩梅だ。 

 


 嗚呼、素晴らしい。嗚呼、美しい。

 自ら手がけた美を眺めるこの時間。至福だ。

 裸の等身大人形を眺めて喜ぶ俺は変態か? このさい変態でもいいや。この興奮が性的なものではないのは確かだが、第三者から見ればそんなのわかりっこないだろうしな。


「あの、王様……次はなにをすればいいのでしょうか?」

「んー? まぁもうちょっと待て。仕事なら他のゴーレムにやらせてるからもう少し君を堪能させてくれ」

「はぁ……」


 困ったように眉を八の字にする一号。

 くぅ、やはり感情表現機能を搭載してよかった。彼女の顔には人工筋肉が搭載されており、実に八百以上もの表情を作り出すことができる。もともと愛玩用ゴーレムに搭載されていたものを流用した。

 電力消費量はそれほどでもないが実用性はまったくない。だが構わない。こういうあざとい機能、嫌いじゃないぜ!


「すっぽんぽんのまま野外活動させるわけにもいかないし服を作ろう。一号はどんな服が欲しい?」

「わたくしはメイド服が……いえ、やはり動きやすい服が欲しいです」

「メイド服でもいいんだぞ?」


 前から気になっていたみたいだし、裁縫はあまり得意じゃないけど君がより美しくなるためなら頑張っちゃうよ俺。


「いいえ、丈夫で汚れても目立たない探検家のような服がいいです。わたくしは物資調達の要ですので」

「そんなに仕事熱心になる必要なんてないんだぞ?」


 なんならそこにいるだけでも十分、仕事を果たしてる。


「仕事熱心、とは違います。ゆいいつ王様と対等な立場でパーツを交換した者としてのプライドというのでしょうか。ただ従うだけでは満足できないのです。自らあなたを支えたいのです」


 一号はしみじみと語りながら、自身の胸に手を当てた。

 彼女は俺に、友情に近いなにかを感じているのかもしれない。

 俺自身がそうであるように。


「一号……」

「ですので、これは仕事のためというよりも、わたくし自身の願いなのです。どうかこの我儘なゴーレムの願いを聞いていただけませんか、王様?」

「ありがとう、一号。本当にありがとう。君が最初のゴーレムで嬉しいよ」


 彼女の健気さに感動した。目からオイルが漏れそうだ。

 資源に余裕ができたら専用のメイド服をこしらえてやろう。だれよりも頑張っているのだから、それくらいのご褒美があってもバチは当たらない。

 

 一号を皮切りに、創作魂に火が付いた俺は他のゴーレムたちも次々と美少女に仕立てていくことにした。

 手の感覚がないため製作には時間がかかったが、次第に慣れてきて元の世界にいたころと遜色ない出来栄えになってきた。それどころか、むしろ元の世界よりもいい出来かもしれない。


 精神的な疲労はあるけど電源さえ確保できれば一切の食事も睡眠も必要ないし、器用な指先はマイクロミリ単位で動きを調整できる。

 まさか機械の体と創作がこんなに相性がいいとは気づかなかった。


「のってきたぞ! 次だ次!」


 加工したゴーレムたちを拠点拡張班、ゴーレム製造班、資源調達班の三つにわけ、それぞれの班に命令を出しておいた。

 あとは彼女たちがここの生活を維持してくれるし、新たなゴーレムも作ってくれる。俺は絶え間なく作業場に送られてくる彼女たちに色彩を与え続けた。


 お嬢様系。グラマーなお姉さん。褐色ロリ。ほぼ一定の造形が作れてしまうので、可能な限りワンパターンにならないように頭をひねった。

 無骨で荒々しいゴーレムが美少女になっていくのは見ていて楽しかった。それはまるで蛹が羽化して美しい蝶になるような清々しさがあった。

 悔しいのは幼女系の造形がいまいちしっくりこないところか。元の世界でも参考資料が少なかったから仕方ないけど。


「終わったああああぁぁぁ……」


 百八号の加工が終わると、作業台の上に座っていた彼女は「ありがとうございます王様」とすっ裸のまま三つ指をついて頭を下げた。

 裸の美少女にお礼を言われるのにもすっかり慣れたなぁ。


「いや、いいんだ。産まれてきてくれてありがとう。それじゃさっそく服を着て作業に混ざってくれ」


 美少女が完成するたび嬉しくて口調が優しくなってしまう。とはいえ一号の時のようにじっくり眺めるようなことはせず、早々に指示を出す。

 さすがに連続で百八体も作っていたら完成させた感動より完走した感動のほうが大きいな。

 でもさ、やっぱり思うんだ。

 土塊を宝石に変える作業ってのは、どうしようもなく楽しいって。

 ……土塊は失礼かなさすがに。


「かしこまりました」


 百八号は作業台から降りると、黒い三つ編みを揺らしながら作業場の片隅に置かれていたトルソーに歩み寄り、紺色のエプロンドレスを剥ぎ取って身に纏う。

 白いニーハイソックスとローファーを履いたらすっかりクラシックスタイルのメイドさんだ。


 本当は一号のためにとっておいたものだがこの際しかたがない。

 一時期は繊維が足りず、一号から「裸の美少女たちが元気に野山を駆け回っております」なんて報告を受けたこともあるし、なるべく服は着せてあげたい。

 彼女のメイド服は改めて用意するとしよう。


「君はゴーレム製造班で繊維加工にあたってくれ。細かい指示は他のゴーレムに聞くように」

「かしこまりました」


 百八号は恭しくお辞儀をして作業場を出ていった。

 いつもなら加工待ちのゴーレムが待機しているはずが部屋の中には俺しかいない。もう加工するゴーレムは残ってないし、久々に外の空気でも吸いにいこうかな。肺、ないけど。

 俺はキャタピラを回転させ、作業場の出入口にむかい金属製の扉を開いた。


「……は?」


 扉の外に広がる景色を見て絶句した。

 なにせ拠点から出るとそこは露店が並ぶ市場になっていたからだ。

 製鉄や鍛造施設、色とりどりの服を扱うブティック、診療所らしきものまである。

 なんだこれ。ゴミ山はどこにいったんだ? 俺はまた別の世界に転生しちまったのか?

 そんなことを考えていると背後から「王様、どうかなさいましたか?」と声をかけられた。

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