第5話 やっと一人じゃなくなった
お目当てのゴーレムはあっさり見つかった。
東のゴミ山に自分と同じドラム缶型のゴーレムが大量に廃棄されていたのだ。
そのなかから使えるパーツを寄せ集めて一体のゴーレムを完成させた。
うっすら錆が浮いているものの、ちゃんと手足がついてて体に損傷もない。
なんのためにあるのかもよくわからないが、核も搭載されている。バッテリーも俺と同じ有機分解型バッテリーだ。
充電に必要な
リボンといっても髪をまとめるために使われるような布地ではなく、サテン生地でできたいわゆる梱包用だ。
せっかくなのであのゴーレムにつけてやろう。
別に見た目が俺と同じでややこしいからではない。これは単に、俺からのささやかな誕生日プレゼントだ。
食料を抱えてえっちらおっちら東のゴミ山まで運び、あいかわらず沈黙しているゴーレムの胸に投入する。
それから頭部に誕生日プレゼントを巻いてやった。なんだか運動会の鉢巻みたいだ。オンボロパーツのかき集めだけど、気合い入れて産まれてくれよ。頼むからさ。
ごうんごうんと唸りをあげて消化しているゴーレムをぼぅっと眺めていると、ほどなくしてゴーレムの頭部に取り付けられた楕円形のライトに光が灯った。
「アナタ……ハ……ドナタデスカ?」
無事に起動したようだ。
って、どなたなんて聞かれても名前を覚えてないから答えようがないぞ。
「あー、俺はなんていうか、君を直した者だよ」
「ソレハソレハ、オテスウヲオカケシマシタ。ドウモ、アリガトウゴザイマス」
すごいな、機械なのにちゃんと会話が成り立ってる。
タイムラグもない。コミュニケーション能力は俺の世界のAIよりずっと高性能だ。
「いいんだ。ただちょっとお願いしたいことがあってさ……」
「オネガイトハ?」
「言いにくいんだけどさ……俺と脳みそ交換しない?」
我ながらなんて突拍子もないことをいっているんだろう。
発言が完全に狂科学者のそれだ。
「ハァ……カマイマセンヨ」
「いいの!?」
さすが機械。
あっさりしてんなぁ。
「エエ。問題アリマセン」
「じゃ、じゃあ、やろうか……」
俺とゴーレムは、ってゴーレムって呼び名はわかりづらいな。
とりあえず仮で一号と名づけよう。俺と一号は頭頂部の蓋を開いて電子基盤を取り出した。
この基盤が演算装置だ。物は元の世界でみるような基盤とそれほど違いはない。緑色の板に、薄く伸ばした金色の線が迷路のように錯綜している。
配線さえ繋がっていれば体の外に出しても大丈夫とはいえ、慎重に扱わなければ。
回路に傷でもついたら最後、恐らく俺はとんでもないお馬鹿になる。
正直、このパーツを交換するのはかなり怖い。むき出しの脳みそを手に持ってるのと同じだからだ。
ビビってのろのろ動く俺に、一号が自分の配線を向けてきた。
「アノ、サブコネクタヲ繋ゲタイノデスガ……」
「あ、ああ! わかった!」
俺の演算装置のサブコネクタに一号の配線が差し込まれた。俺も、自分の演算装置に付随していた配線を一号の基盤に差し込む。
ここまではいい。ここまではいいんだが、問題はいま差さっている配線を抜いたらどうなるかってことだ。
恐怖で固まっている俺とは対照的に、一号は躊躇なくメインコネクタを引き抜く。
「お、おお……すごいな君は……」
「ドウカシマシタカ?」
「いや別に……よし、抜くぞ!」
恐る恐るメインコネクタの配線をつまんだ。もしも心臓があったら今頃緊張と恐怖で暴れまわっているに違いない。今だけは心臓がなくてよかったと思える。
いや、そもそも心臓があるような生き物ならこんな恐怖を味わう必要もなかったのか。
意を決して配線を引き抜く。
一瞬、視界にノイズが走った。
----ごめんなさい。
「……え?」
泣いている女の人の顔が見えた気がした。
頬に痣があって、それに、泣いていた?
「ダイジョウブデスカ?」
「あ、ああ! 大丈夫大丈夫!」
一瞬変なものが見えたが、演算装置を交換しても俺の人格に問題はなかった。なのできっと俺の本体は核なのだろう。
謎が一つ解けたことだし、さっそくもっと高性能な演算装置を探しに行こうかな。なんて考えていると、なにやら視線を感じた。
一号をみると、彼女(いちおうリボン巻いてるし女の子ってことでいいだろう)が無言で俺を見つめていた。
「……どうした?」
「イエ。ナンデモアリマセン」
「そっか……じゃあ」
「サヨウナラ」
俺を送り出すように手を振る一号。
数歩進んで立ち止まり、彼女に振り返る。
「ところでさ、俺はこれから自分を改造しに行こうと思うんだけど、君はどうするんだ?」
「ワタクシハ指示ガアルマデ待機シマス」
「指示ってだれの?」
「管理者デス」
「それってだれ?」
「……サア?」
おいおい、大丈夫かよ。
「せっかく動けるようになったんだし君も自分を改造したらどうだ? その姿じゃいろいろ不便だろ?」
「ソレハデキマセン。ワタクシハゴーレムデスノデ。指示ガナケレバ動ケマセン」
「なら俺が指示してやるよ」
「承諾デキマセン。管理者ノ指示デナケレバ受ケツケルコトガデキマセン」
「……じゃ、なんでさっきは演算装置を交換してくれたんだ?」
「交渉デアレバ、問題アリマセン」
融通の聞かなさは元の世界のAIと変わらないな。って、機械なんだから勝手に動かれても困るか。
さて、せっかく直したのにこのまま腐らせておくのももったいないな。
いちいち交渉するのも面倒だし、いっそ俺が管理者とやらになってやるか。
よく考えたらジャンク品なんだし、このゴーレムは俺の物ってことでいいよな?
「なら俺が君の管理者? ってやつになってやるよ」
「アナタガ、デスカ?」
「おう!」
「……ゴーレムナノニ、ゴーレムノ管理者ニナルノデスカ?」
「うっ……た、確かにゴーレムがゴーレムの持ち主になるのは変かもしれないけど、君は自分だけじゃ動けないんだろ? ならこのさい仕方ないだろ」
「……承知シマシタ。ソレデハ、アナタヲ、管理者ニ設定シテクダサイ」
一号は俺に背を向けた。背中の中央に取っ手のついた小さな扉がついている。
「なにをすればいいんだ?」
「背面部ノハッチヲ開イテ、コアニ情報ヲ入力シテクダサイ」
コア、つまり核がこの中に入ってるのか。
一号の背中を開いてみると、中に赤い球体が入っていた。
これがコアか。あれ、確か俺のコアは白だったよな。なんでこの子のコアは赤なんだろう。
「ちょっと聞きたいんだが、コアの色ってなにか意味があるのか?」
「製造サレタ年代ヲアラワシテイマス」
「そういうことか……ちなみに赤と白だとだっちのほうが新しい?」
「赤デス。白ハ初期モデルデス」
「旧型なのかよ俺……。それで、このコアをどうすればいいんだ?」
「触レテクダサイ。魂認証装置ガ自動的ニ作動シマス」
魂認証装置?
よくわからないけど、言われた通りコアに触れてみる。
すると俺の体が白い靄のようなものに包まれ、靄は腕を伝って一号のコアに送られていった。
「……設定デキマシタ」
「いまの、なんなんだ?」
聞くと、ゴーレムに搭載されているコアというものは人工的に作られた人格、つまり疑似魂が内包されているらしい。
魂があることによって演算装置ではまかないきれない繊細な処理を「感覚(センス)」として感じ取ることができるそうだ。ようはゴーレムに個性や感情を与える機構というわけ。
さらにメモリの機能ももっているため、演算装置と併用してコアには様々な情報が蓄積される。それがまた彼女たちの感性に磨きをかける。ゴーレムは、成長する機械なのだ。
俺の見立ては正解だったってことか。先に聞いておけば、わざわざ怖い思いをして演算装置を交換しなくてもよかったじゃないか。やっぱり確認は大事だな。
「よーし、それじゃ君は今から一号だ。よろしくな、一号!」
「ニックネーム、ヲ、承諾シマシタ。ヨロシクオ願イシマス、王様」
「ああ……。あ? 王様? それって俺のこと?」
「ハイ。管理者ネームニ、王様、ト登録サレマシタノデ」
なんで王様なんだ……。元の世界で大量のフィギュアに囲まれていた俺は、ある意味、フィギュアの王様ではあったけども。
実はこの世界の俺は王家の血を引く選ばれし者だったりして。いや、ないない。そもそも血が流れてないんだわ俺。
「ほかに呼び方ってないのかい?」
尋ねると、一号はいろいろな案を出してくれた。
管理者、ご主人様、ダーリン、パパ、親方、親分、お頭、旦那様、社長、師匠、マスター、先生。
閣下、陛下、殿下、殿様、創造主様、神様……なんかどれもしっくりこない。
「アトハ、オ兄様、ナドドウデショウ」
「もういいや王様で!」
びしっと、ゴリラみたいな手でサムズアップすると、一号はいたって冷静に「承諾シマシタ」と返事をした。
うーむ、淡々としていらっしゃる。
いくら疑似魂があるといっても、ゴーレムはあまり自分の感情を表に出したりはしないのかもしれない。
こんなに大人しい子とうまくやっていけるか不安だが、見知らぬ世界で一人ぼっちより遥かにマシだ。
「行こうか」
「ドコマデモ、ゴイッショシマス、王様」
俺が歩き出すと、後ろから一号がついてくる。
ずっと一人で心細かったけど、今は少しだけ安心している自分がいた。
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