第2話 スペック・オブ・汎用品

 ゴミ山をさまよっていると少しずつ落ち着いてきた。

 頭が冴えてきて、これがいわゆる異世界転生というものなのではないかという考えにたどり着いた。

 異世界転生。つまり元の世界の俺は死んだ、ってことなのか。認めたくない。ただこの状況を説明できる理屈が他に思い浮かばなかった。


 なんで俺が転生なんて。転生っていったら辛い人生を送っている人がなるものだろう。なんで原型師のオファーがきた俺が転生するんだよ。

 それにどうせ転生するならせめて人間がよかった。だってこの手じゃなにも作ることができない。原型師になれなくても、人間じゃなくなっても、創作活動だけは辞めたくない。

 むしろ創作意欲こそ、人間としての俺に残されたの最後のアイデンティティといっても過言じゃない。

 灰色の空に浮かぶ白い太陽を見上げながら途方に暮れる。

 つーか、ここどこだよ。


《警告、バッテリー残量が低下しています》


 またしても無機質な声が頭の中に響いた。

 この声、もしかしてこの体に搭載されているプログラムかなにかなのだろうか。

 そういえば転生物のラノベなんかだとスキル的な概念が主人公を導いてくれたりするし、これもその一種なのかもしれない。


「な、なあプログラムさん? ここはいったいどこなんだ?」


 返事はない。


「おーい……?」


 駄目だ、まったく反応がない。どうも俺に備わっている《賢者》はコミュ障らしい。

 考えてみたら、相手はプログラムなんだから特定の操作をしないといけないのかもしれない。けれど、この体には操作端末的なものは見当たらない。

 視覚と聴覚が備わっているから、ある程度自立して行動することが前提に作られている感じはするけど……ん、聴覚? 


 音が聞こえるってことはマイクが内蔵されてるってことだよな。

 それってつまり音声認識機能があるってことなんじゃないか?

 そこまで考えてピンときた。

 いうのか。まさかいわなきゃならないのか。いざ口にしようとするとけっこう恥ずかしいんだが。

 ええい、四の五のいってる場合でもない。


「こほん……ス、ステータス・オープン!」


 こっぱずかしい思いをしながらお決まりの台詞を口にすると、目の前に半透明のウィンドウが出現した。

 出現した、というより、俺の視界の中に表示されている感じだ。


 白い枠で囲まれたウィンドウの中央には、枠と同じ色のドットで俺らしきドラム缶型のロボットが表示されている。レトロゲーっぽい雰囲気だ。

 ウィンドウの左側は枠で区切られており、そこには各部のパーツが記されていた。


・頭脳:汎用型演算装置

・胴体:汎用型ドラムボディ

・右腕部:汎用型フレキシブル・リングアーム

・左腕部:汎用型フレキシブル・アーム

・右脚部:汎用型フレキシブル・フット

・左脚部:汎用型フレキシブル・フット

・電源:汎用型バッテリー

・核:ホワイト・コア

・各種センサー:汎用型視覚センサー、汎用型マイク、汎用型スピーカー

 

 汎用型ばっかりだな。いかにも安物っぽい見た目だしそりゃそうか。

 フレキシブルってのは蛇腹のことだ。俺の手足には肘や膝といった関節がなくどこでも曲げられる蛇腹状の配管が取り付けられている。

 画面中央にドットで表示されている俺の体には頭部と胸部にそれぞれ矢印が引っ張られており、その先の吹きだしになにやら文字が書かれている。


 みると「色覚異常」と「バッテリー劣化」と書かれていた。なるほど。視覚センサーが故障しているから周りの景色がモノクロなんだな。

 それよりバッテリーの劣化が不味いな。ドットで表示された俺の下に「29%」と表示されている。きっとこれが残りのバッテリー。

 これが零になったら俺は……俺、どうなるの? まさか、死……?

 不安が音速を超える勢いで加速する。

 こうしちゃいられない。

 まずは急いで充電する方法を探さなくては。


 必死にあたりを探索するもあるのは廃材や廃棄されたロボットばかり。電源はおろか建物一つありゃしない。減っていく数字に反比例して焦りと恐怖が募っていく。

 なにかないのか。なにか----。


《警告、バッテリー残量が残り10%未満になりました》


 いよいよ不味いことになってきた。

 あああ、このままじゃ俺もゴミ山の一部になっちまう。そんなのは嫌だ! このまま無闇に動き回っても悪戯に電力を消費するだけ。

 畜生、どうすりゃいいんだ。

 ヒントが得られないかと思いもう一度ウィンドウを開く。


 よくみるとウィンドウの右上に「1/3」と書かれていた。これって、もしかして。

 アームを左に振ると、思った通りウィンドウがスライドして二枚目のページが表示される。

 二枚目のページは「スキル一覧」と題されていた。スキル。ようはこのロボットに搭載されている機能のことだな。


 箇条書きされているスキルに目を通す。俺に搭載されているのは「修理」、「解体」、「改造」の三つだ。

 どれも役に立ちそうなスキルで、この状況を打破する光明が見えてきた。電源がないならゴミ山から拝借すればいいというわけだ。


 念のため三枚目のページも確認する。もう確認不足でピンチになるのはごめんだからな。

 三枚目は俺の、というよりこの機体のスペック表になっていた。


 名称:ゴーレム修繕用汎用型ゴーレム

 型式:QT-1

 管理者:----

 本製品の概略:本製品はゴーレム修繕用ゴーレム機体となります。工業用、医療用、戦闘用など、さまざまなゴーレムを修理するために開発されました。ご使用の際は注意事項を遵守してください。なお本来の用途とは違う使用方法を実施された際に発生した不具合については故障対応並びにクレーム対象外となります。

 

 戦闘用なんていう不穏な単語が見えたが、ひとまずそれは置いておこう。

 とにかく重要なのはこのロボット、いやゴーレムが、修理用だってこと。

 ゴーレムを直すために作られているなら、自分の体だって例外じゃないはずだ。


 それにしても管理者の名前がないのはなんでなんだろう。試しに俺の名前を……って、あれ? 


「俺……なんて名前だっけ……?」


 い、いやいや、いまはたぶん転生したばっかりで記憶が混乱しているだけだ。

 転生前後の記憶はあるし、自分の名前だってそのうち思い出すさ。たぶん。

 だいたい、いまは不安がってる場合じゃない。バッテリーを探さないとこのままじゃオダブツだ。


 暗い気持ちのままウィンドウを閉じ、再びゴミ山をさまよった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る