ゴーレム転生者は人間になりたい!~ジャンクヤードのゴーレムを美少女に改造して合体したら人として大事なものを失いました~

超新星 小石

第1話 つねるに特化してるのに ※旧一話と統合※

 配線の束、曲がった鉄パイプ、錆の浮いた鉄板。ガラクタが山となって連なるジャンクヤードに、頬に星の入れ墨をいれた若い魔女があらわれた。


 彼女の腕の中に抱かれているのは、純白の布にくるまれた赤子。魔女が赤子の頭をそっと撫でると、赤子の胸に力強い大きな光と、いまにも消え入りそうな小さな光が灯った。


 魔女は赤子の頭から胸へと指を滑らせる。

 大きな光が揺らぎ、魔女の指先に引き寄せられるように赤子の体から抜き取られた。


「ごめんなさい……」


 魔女はふよふよと空中に漂っている光をそっと手で押して、束の間その光の行方を目で追って、やがて踵を返してどこかへ去っていった。


 器を失った光はあてもなくジャンクヤードをさまよい、やがてゴミ山の片隅に放置されていたドラム缶のようなゴーレムに近づいて、するり、と中に入り込んだ。


 それから長い長い年月が過ぎた。


 幾千の昼と夜を繰り返し、ジャンクヤードに嵐がやってきた。


 暗雲の中で唸りをあげる雷は、ついに強烈な光とともに地上へと落下した。


 落雷はまるで狙いすましたかのようにゴーレムに直撃し、ほどなくして嵐は去っていった。


 東の空が白んで、ゴーレムの濡れた銀鼠色の体が煌めきを帯びたころ。


 頭部に取り付けられていた楕円形のライトに、ブゥン、と光が灯った。


☆ ☆ ☆


 小鳥の囀りで目を覚ますと、見たこともない場所にいた。


 周囲を取り囲んでいるのは廃材が積み上げられたゴミの山。しかもその山は一つではなくいくつも連なっている。

 見渡す限りの灰色のゴミ山の根元に俺はいた。

 なんでこんなところにいるんだ?

 たしかフィギュアを塗装するための塗料を買いに行って、それから……どうなったんだっけ?


 記憶が曖昧で思い出せない。ひとまずここがどこなのか確認するために立ち上がると、さっそく目の前の景色に違和感を覚えた。


 やけに地面が近い。というか視点が低い。


 それだけじゃない。てっきり周囲のゴミが全部鉛かなにかかと思ったら空や太陽も灰色だった。つまり俺の目は、色を判別できていないのだ。


 もしや事件か事故に巻き込まれて頭を強く打ったのだろうか。そのせいで色が……。え、これってけっこう重症ってことだよな?


 凹んでやしないかと思って頭に手を伸ばす。すると、こちん、と硬質な音が響いた。

 不思議に思って自分の手を見ると、視界に飛び込んできたのは先端が輪っか状になったアーム。……アーム?


「……は?」


 わけがわからず手を動かしてみる。

 すると目の前のアームが反応する。


 親指と人差し指を動かす時のイメージがそのまま反映され、がちがちと音を立てる。


 不安が加速する。


 少し離れたところに水たまりができており、体を映せるかもしれないと思ってそこまで歩いた。


 一歩踏み出すたびに視点が大きく上下して気持ち悪い。視界のブレに耐えつつ水たまりにたどり着いたが、首も腰も曲げられない。


 仕方がないので前のめりに倒れこみ両腕を地面のぬかるみに突き刺して体を支えると、ようやく水たまりを覗くことができた。


 そこに映っていたのは、円筒形のボディに楕円形のライトを二つ付けたドラム缶。

 ……ちょっとまて、まさかこれが俺?


「嘘だろおおおお!?」


 呑気に囀ずっていた小鳥たちが一斉に羽ばたいた。

 モノクロの世界で、俺の叫び声だけが木霊する。


「これは夢だ! 夢に違いない!」


 自分の頬をつねろうとするが、つねるのに特化していそうな腕は鋼鉄の頬をつるつると滑って一向につねってくれない。


 落ち着け、落ち着くんだ。ビークール、ステイクール俺。

 深呼吸してこうなった経緯を振り返るんだ。

 あ、俺いま呼吸してねーや。って、冷静になるってのはそういうことじゃねぇ!


 まず、俺は美少女フィギュア作りが趣味の高校二年生。寝る間も惜しんでフィギュア作りに没頭する赤点常習犯だった。

 勘違いされがちだが、これは決して不名誉なことではない。赤点を恐れないほどフィギュアを愛しているという、ある種の勲章のようなものだ。なんなら親も泣かせてた。


 日課のフィギュア作りを終え、寝る前に自分の成果をSNSに投稿しようと思ったところDMが届いており、先日投稿したセンシティブな内容のフィギュアに対するお叱りかと思ったが違った。

 そうだ、たしかあのDMは、原型師としてオファーだったんだ。


 興奮して眠れなくなった俺は、作りかけのフィギュアを完成させようとした。ところが塗料が切れていることに気づき、慌てて買いに出かけた。

 ホームセンターが閉まる、三十分ほど前だったと思う。


 夜道を走りながら、本当にオファーだったのか不安になって走りスマホを開始。

 妄想ではなかったと確認してほっとするも、気づけばそこは横断歩道のど真ん中。


 信号は赤。迫りくる二つの光。あとは、どこまでも落ちていくような暗闇だ。


 おやおや? これってかなり高確率で死んでない俺?


「あああああ! 覚めろ! 頼むから覚めてくれ!」


 自分の頭を叩きまくるが、硬質な音が鳴るだけで一向に目が覚める気配はない。


 諦めきれず何度も何度も叩いていると、頭の中に《自己保護プログラムを発動します》という素っ気ない声が聞こえて腕が止まった。

 自分を殴ろうとする腕が動かせない。というかなんだ今の声は。


「誰かいるのか!?」


 答えるものはだれもいない。

 あるのは灰色の景色だけ。


「……なんなんだよ」


 自分を傷つけなければ動くことができるようなので、俺は行く当てもなく歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る