(5) 第一章 二、予期せぬ好機(二)

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 ――離れを出た二人は、足早にリリアナの書斎に向かった。少女が話してくれた事を、検討するために。

 リリアナは少し難しい顔をしていた。それというのも、少女が話した内容には、禁忌事項に触れかねない事が含まれていたからだった。

「エラの話をどう思う?」



 シロエは神妙な面持おももちだが、純粋に少女の事だけを考えていた。

「……何とも判断しかねています」

「虐待を受け続けてきた悲壮感や希死感は見えなかったわ。何より、目が死んでいない。そんな事ありえる? 人格がもうひとつふたつ出来上がっているのかしら」



「……多重人格にしては、性格が安定し過ぎているような気がします。あんな少女なのに、落ち着き方が大人に近いものがありますし」

「そうなのよねぇ……。じゃあやっぱり、チキュウから転移してきたという話を信じる?」



「それが本当なら、禁忌事項に触れる事になります。ここではお話し出来ないですよ?」

 リリアナは、シロエも理解していた事に少し安堵した。

「そこよ。そんな話を、恐らくは生まれてからずっと監禁されていただろう少女が、思いつきで作り出せるかしら」



「作ったというよりは、本当に科学者に巻き込まれたというのなら……辻褄が合いますよね」

「……合っちゃうのよねぇ」

 シロエは最初から、少女が大人の取る警戒行動をしている事に、気が付いていた。ただ、性別が違っているとは思っていなかった。そこに驚いた事で、少女の作り話という説をすぐに消せなかったのだった。



「じゃあ、やっぱり中身は成人男性……でしょうか? それならあの落ち着きも理解できます」

「……理解が及ばないわ。考えるほど分からなくなっちゃう。そんな事が可能なのかしら」

「禁忌事項の事を考えれば、エラ様のお話を信じる方向で良いかと」



「でもあの見た目じゃ、やっぱり『少女のエラ』よねぇ」

「もう! 話をループさせないでください」

 リリアナは、一瞬考える事を止めたような顔をした。しかし、すぐに毅然とした態度でシロエをたしなめた。



「あの子が必死でついたウソならば、私達は懸命に保護してあげないといけないわ。でも……話してくれた事が本当なら……」

「本当なら?」

「重大事件よ。私の側から絶対に離すわけにはいかない。お父様に……いえ、お爺様に相談する必要があるわ」



「あ、今、利用できるってお考えになったでしょう。だめですよ。あんないたいけな少女なのに」

「何言っているのよ。エラが安易に他言でもしてみなさい。古代種はただでさえ迫害を受けているのに、いつか国から命を狙われかねないわ」



「そ、それも分かってますよぉ。でも、何か特別な古代種なら……というのは、私でも思いましたよ?」

「……まあ、頭をよぎったのは否定しないわ。でも、あの見た目であの性格だもの……守ってあげたいのが一番の理由よ」



「そこなんですよね。エラ様を見ていると、絶対に守ってあげたい! ってなるんです。これはロリになるのか、ショタになるのか……迷いますよね」

「……どっちでもいいけど、あなた性癖が歪んでいるわよね?」

「お嬢様はどっちだと思います? 中身は成人男性らしいですけど」

「成人しているなら、ロリにもショタにもならないでしょ」

「じゃあ、合法ですか?」



「何言ってるの! ダメよ。ちゃんと守ってあげなさい。バカなの?」

「もう。冗談ですよぉ。それじゃ、今まで通りに接しますね。お嬢様もそういう方向でよろしいですか?」

「えっと……そうね。もう、そうしましょう。考えるだけ頭がおかしくなりそうだもの」



「エラ様の事は、少しずつ確認していきましょう。体の方の記憶も、残っているのかもしれませんし、ゆっくりと」

「そうね。そうしましょう」



 二人だけの会議は、ここで終わった。リリアナは少女の行く末を慮り、シロエは少女の今を慮った。過去はどうあれ、今と未来を、少しでも幸せに生きて欲しいという気持ちは、本物だった。それを確認した二人は、自分達も少し長めの休憩を取り、そして少女の元へと向かった。




    **



 ――話は、この部屋で執り行われるようだった。二人が入ってきて、オレの体を起こしてくれた。



「リハビリになりますから、疲れるまでは座っていてくださいね。背もたれにはこちらのクッションをお使いください」

 シロエは慣れた手つきで、オレの体にクッションを当てがった。それだけでも、座っているのがとても楽に感じた。



「さて、それじゃあこちらの事情と、あなたの事と、話していくわね。長くなるから疲れたら言うのよ?」


 リリアナはシロエに引いてもらった椅子に座りながらそう言い、胸の方に垂れてきた金髪を滑らかな動きで後ろにかき上げた。一つ一つの動作が絵になるのは、一体なんなのだろうと見とれつつ、これから話される内容に期待で胸が膨らむ思いだ。コクリと頷きながら「はい」と答えた。



 やっと、自分の置かれた状況を知る事が出来る……しかも、何ひとつ隠し事をしなくても良いというのが、本当に気持ちが軽い。そしてこの世界に来た以上、ここで生きていくための情報を得られる事が嬉しい。



「え~っと、それじゃあ……先ずはあなたの体の事について、お話するわね」

 お昼の時と違って、リリアナは少し歯切れが悪そうだった。

「あっと、ただ、言っておきたいのが……決して、あなたを騙そうとか、利用してやろうとか、そういうやましい気持ちではないから、それだけは信じて欲しいの」

 あたふたとする姿を見た事がないので、なんだか可笑しく思えた。



「気にしないでください。私の方こそ、ずっと黙っていたんですから。何でも言ってください。むしろ、知りたいです」

「お嬢様、逆に気を遣われてしまいましたね」

「いちいち言わなくていいの」

 シロエはいつものように、リリアナをからかってクスクスと笑っている。



「おほん。それじゃあ、エラの体の事なんだけども……あなたの見た目は、この世界では特殊なの。銀髪で赤い目と言ったら、忌み子とされて迫害されるような存在。それがあなたの姿」

「……それで、この体は虐待されて、やせ細っていたと」

「そういう事ね」

 地球でもありえないような色素だから、やはりここでも珍しいのだろう。なるほど。



「街道に捨てられていたのは、ご両親が獣にでも食わせようとしたのだと思う。推察でしかないのだけど。嫌な事を言ってごめんなさいね?」

「……何に対しての、『嫌な事』なんでしょう?」



「エラ様の今がどうあれ、エラ様への気遣いですよ。だって、もしかしたら元のエラ様の人格も、どこかに残っているかもしれませんし」

「あぁ。なるほど……考えてもみませんでした」

 現状を生きる事で精一杯過ぎて、他の事に頭が回らなかった。確かにそういう可能性も無くはないだろう。記憶が消えていくのでは、という心配ばかりしていた。



「あ。でも、こういう気遣いをするのは、ここまでにするわね。だって、頭が混乱してしまうんだもの。エラは、どうされるのがいいかしら」

「いつも通りでお願いします。もしも、本来の記憶や人格が残っていたら、その時はお伝えします」



「……ありがとう。強いのね……それで、ここからは少し、ややこしい話し方になってしまうのだけど……許してね」

「……はい」

 やはり何とも、歯切れが悪いようだ。



「エラ様。エラ様のお話の内容が、国家機密で禁忌事項に触れる可能性があるので、ざっくりしかお伝えできない事があるのです。ですので、光る空間でのお話ですとか、ここに来た経緯などは……今後、他言無用に願います」


 シロエの毅然とした姿は、初めて見るように思う。そこに驚いたが、話はよく分かった。それに、オレもそう易々と他言するつもりは無い。




「もちろんです。私も誰彼と話す気はありませんでした。ただ、お二人には本当に良くして頂いているので、記憶喪失という嘘を付くのが辛くなったからなんです。逆に、あんな話をしてしまってすみません」


 だが、あれが禁忌事項だと言うなら、宇宙に旅立てるだけの科学力があったか、残っていると言うようなものだ。つまりこの状況は……オレを取り巻いている現状は、偽りのない本当の世界で、あの科学者も地球のどこかに居るという事だ。



(……途方もなさ過ぎて、受け入れた気になるだけで精一杯だが)

「シロエ」

「さすがエラ様、素晴らしいです」

「シロエ」

「なんでしょう?」



「私が、言おうと思ってたのに……」

「え……だって、言いにくそうにしていたので、代わりにお伝えしようと」

「どこからどう話そうか、考えてたのよ!」

 たぶん、リリアナは色々と気遣ったり配慮したり、頭の中が大変だったんだろう。



「あ~……すみません。いじわるしたわけじゃないんですよ? 純粋に助け舟のつもりだったんですよ? 怒らないでぇ~」

 シロエは従者だと思っていたが、本来はもっと近い間柄なんだろう。主人にここまで言える従者は居ないはずだ。

(中世の感覚が、ここにも当てはまるなら、だが)



「もう。でもまぁ、確かに話しやすくなったわ。ありがとう」

「フフ。それではお嬢様、どうぞ」

「うん……実は私、この国の王女なの。王位継承権は十三位なんだけど、兄達と揉める事も多くてね。別に女王になりたいわけじゃないから、放っておいて欲しいのだけど。こういうのって、周りが勝手に土台や話を作ったりするみたいで」



 貴族令嬢のような地位だろうとは思っていたが、王族というのは少し驚いた。でも、妙に納得する部分もある。 


「それでね、信頼のおける家臣や仲間が、一人でも多く欲しいの。そういうのって、はいどうぞ! みたいにはならないって分かっているんだけど。エラの、欲の世界に浸かっていない感じが、私には安心できるのよね。それって貴族や平民とかは関係なくて、その人からにじみ出る性分だから、本当に貴重なの。だから、元気になってからも、私の側に居て欲しいなと思うのだけど……その、エラの事も守りたいし」



「こんな、満足に動けないような人間でもですか? お役に立てるとは、とても思えません。いや、お気持ちは嬉しいのですが……すがるしか出来ない現状の上に、元気になるのかさえ確証が無いではありませんか。守って頂く事しか出来なさそうですよ」

 嬉しいが、過大評価だ。継承争いの渦中に、今の体で役に立てるとは思えない。



「そ、そう思っちゃうわよね…………その、実は……今は言えないんだけど、古代種がもしかしたら、大きな力になるかもしれなくて。あわよくば、エラが元気になったら、色々と探し物をしたりとか、私と一緒に付いて来て欲しいなと思っているの」


 ……意訳すると、禁忌事項に触れる科学の何かを、オレの体が何か利用出来そうで、それを探すだの何だのに付いて回ってくれと、そういう事だろうか?



「エラ様を利用したい半分、側に付けて守りたい半分。ですが、結局のところ利用したい気持ちが前面に出ていてご自身も困惑されているようです。……もっと上手くお伝えできなかったのですか? お嬢様」


 呆れ顔のシロエに怒られて、リリアナは目線を外して気まずそうにしている。だが、オレに利用価値があるのなら、かえって気が楽だ。



「えぇと……そういう事なら、喜んでお引き受けしますよ。まだ何もお返し出来る体ではありませんが、それでも何か役立つ可能性があるならば」

 王族で継承問題があって、他にも何かあるのかもしれないが……ここでどうやって生きていくのか目途が立たなかったのだ。途方も無かったのが、何か役に立てるならそれでいい。



 素直にそう思ったのだが、リリアナは喜んでくれるよりも困惑しているようだった。

「エラ。もっとよく考えて。こちらが言えていない事が沢山あるのよ? 私の側だから絶対に安全とも言えないし、あなたにとって悪い結果になるかもしれない。今すぐ決めなくてもいい事なのよ? 先ずは伝えたかっただけなんだから」



 そう。リリアナはこういう人なのだ。オレに都合の悪い事だからしどろもどろになったし、本気で心配してくれているから、自分に有利になるはずなのに、オレを諭そうとする。今すぐ決めなくてもいいというのは、盲点だったが。



「そんなリリアナ様だから、付いていけるならそうしたいと思ったんです。何も問題ありませんよ」

「エラ……」

 リリアナは複雑そうな顔をしている。おそらく、逃げ場も身寄りも無いオレに、選択肢があるようで無い話をした事を悔やんでいるのだろう。



「私からしてみれば、この世界に来た時点でどこにも逃げ道が無いんです。なので、手厚い看護を受けられる現状ほど、幸運な事は無いんですよ。だからせっかくなら、そんなお顔をせずに喜んで頂けると、嬉しいのですが……」

 言われてリリアナは、ハッとしたようだった。



「ご、ごめんなさい。そう言ってもらえると嬉しいのだけど、やっぱりあなたの顔を見ていると、どうしても迷ってしまうのよね。あまりに可愛くて、つい」

(おや。思っていたのと、少し違っただろうか?)



「もう、お嬢様。お話しようとした覚悟が聞いて呆れます。そんなに迷いたいならそこでもうしばらく迷っていてください。代わりに私が、エラ様を抱きしめますので~」

 言うや否や、いや、すでに側まで来ていたのだ。シロエは思い切りオレを抱きしめた。例のごとく、その胸に顔を埋めるように。



「ああ、エラ様。なんという決断力なんでしょう。こんなにお可愛いのに……」

 可愛いのはあまり関係しないはずだが、容姿に釣られる気持ちは分かる。

 分かるが、この状況は……咄嗟に息を吸い込んだが、一分ももたないだろう。



「んー! んんんん!」

 しかし、以前とは違う。今は声も出るし、体も多少は動くのだ。力いっぱい、シロエを押し剥がす。



 ……つもりではいた。でも、力は及ばなかったようだ。軟弱な腕の力はあっけなく抜け落ちて、だらりと下がってしまった。息も、もう持たないだろう。後はリリアナがすぐに止めてくれる事を祈るしかない。



「シロエ。どきなさい。私も抱きしめたいわ」

 ……先程までの真剣な空気は、どこに行ったのだろうか。二人してふざけてくれている場合ではない。オレの体が回復する前に、窒息してしまうという危機に晒されているじゃないか。

(綺麗な女性の胸に抱かれて。というのは男の夢かもしれないが、これは何か違う)



 これ以上は、もう――。

「あっ! ちょっとシロエ、本当に離しなさい! エラがぐったりしてるじゃないのよ!」




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