5話 ケインの居住エリアへ

「おい! そこの二人! 気が抜けているぞ!!」


 ルークは、大きな門の前にいる二人の警備兵に向かって厳しい口調で声をかけた。彼は貴族ケインの右腕であり、そこらの警備兵よりも遥かに高い地位にいる。そんな彼に不意を突かれた形となった警備兵達は、慌てて敬礼した。


「も、申し訳ありません!!」


「すみませんでした!!」


 年配の警備兵と若い警備兵が、それぞれ謝罪の言葉を口にする。


「まったく。弛んでいるな……。――まぁいい。お前も早くこっちへ来い!!」


「ひっ……!」


 ルークは手に持った鎖を強く引っ張った。その鎖は、連行中の囚人――猫娘マオの首輪に繋がっている。


「や、やめてくれよぉ……。乱暴しないで……」


「それは出來ない相談だな。お前の身はカイン卿に預ける。ご機嫌を損ねないよう、せいぜい大人しく従うことだ」


 ルークは鼻で笑い飛ばす。そして、再び二人の警備兵達に視線を向けた。彼らは緊張した面持ちで直立不動の姿勢を取っている。


「まさか、こちらへお越しになるとは……」


「ふん。隊長たる私がどこに行こうと自由だろう。お前達のような末端の兵士には関係のない話だ」


 ルークは年配の警備兵の疑問を一蹴する。門を通過するべく歩き始めた彼だが、若い方の警備兵に呼び止められた。


「あの……ここから先はケイン卿の居住エリアになりますが……」


「だからどうした?」


「いえ……その……。規則では、通行者の名前と目的をお伺いしなくてはいけませんので……」


「ふむ。そういうことか」


 ルークは立ち止まり、振り返る。そして、長い口ひげを撫でた。


「お前達は、私の名を知らないということだな? 隊長たる私を知らないとは、相当な無能と見える。これはケイン卿にも報告しておく必要があるようだ」


「す、すみません! こいつは新人なんです! よく言い聞かせておきますので、ご容赦を!!」


 年配の方が必死に頭を下げていた。その様子を見ながら、ルークはニヤリと笑う。


「いいだろう。お前に免じて、今回は許してやる。ただし、次はないからな」


「ありがとうございます!! ――おい、ルーク隊長がお通りだ! 急いで門を開けるぞ!!」


「は、はいっ!」


 二人の警備兵達は慌てた様子で動き出す。彼らは大きな門に手のひらを当てる。すると、魔法による生体認証のようなものが作動した。あらかじめ登録されていた二人の魔力に応じ、門が光りだす。そして、ゆっくりと開いていった。


「では、通らせてもらおう」


「どうぞお入りくださいませ」


「ごゆっくりどうぞ!」


「うむ」


 ルークは満足げに首肯した。そして、鎖に繋がれたマオを連れ、中へと入っていく。彼らが通過するや否や、門は音を立てて閉まった。


「ふう……。少しばかり緊張したな」


「その変身と演技……ある意味すげぇな」


「それほどでもないって」


「褒めてねぇよ! いくらチート能力を得たと言っても、魔法は苦手なままなんだな。ミアを旅に連れ出すのを許したなんて、昔のあたいはどうかしていたよ」


「うるさいなぁ。俺はこのルークとかいう男に、一度しか会っていないんだ。変身や演技が完璧じゃなくても、仕方ないだろ?」


 ルーク――いや、彼にそっくりな何者かがマオに反論する。彼の正体は、もちろん勇者だ。彼はルークへの変身を解除し、ルナと潜入した際の少年の姿へと戻る。


「にゃははっ! 勇者様がそう言うなら、仕方ねぇな」


 マオは嬉しそうに笑っていた。彼女は勇者の手を握りながら、ケイン卿の居住エリアを進んでいく。


「それにしても、本当にすげぇ場所だな……」


 クランドル砦の中央にある大きな建物。その最上階がケイン卿の居住区だ。とにかく広いリビングがあり、その中央には自然光に照らされたガーデンエリアがある。他のエリアには高価な装飾品があった一方で、このあたりにはそういったものがない。


「一見すると、いかにもくつろげそうな場所だけどよ……。何となく背筋がゾクゾクしちまうぜ」


 マオがそう呟いた。勇者も同じ気持ちだったようで、小さく首肯して口を開く。


「ケインは偉そうな奴だったからな。こういう部屋に住むイメージはないよな」


「確かに、勇者様の言う通りかもな。――ん?」


 マオの耳がピクリと動く。彼女は部屋の一角に視線を向けた。


「どうした?」


「あそこからミアの気配がする。ほんの微かな感じだけど……」


 マオの指差した方向を見る。そこにはこの部屋で唯一の扉があった。


「ミアがあそこにいるのか? 行ってみよう」


「分かった。だけど、くれぐれも慎重に行こうぜ」


 二人は静かに進み始めた。大きなガラス瓶に入ったドライリーフやドライフラワーが並ぶ棚を横目に、二人は忍び足で歩いて行く。そして、扉の前に到着した。


「ここまでは何もなかったが……。逆に罠かもしれない。まだ油断は禁物だぞ」


 勇者は小声で注意を促す。


「ああ。分かってるよ」


 マオは真剣な表情で返事をした。勇者は小声で数字を唱え始める。


「――3・2・1……よし。今だ」


 勇者はドアノブを回し、一気に開け放つ。そこには――


「あら、今日はお客様が来る日だったかしら? 聞いていなかったわ」


 気品のある老女がいた。彼女は化粧台の前に座り、手入れの行き届いた長い白髪を整えている最中だった。その仕草は洗練されており、優雅さを感じさせる。


「あなたは誰なのかしら?」


 老女は立ち上がり、勇者達の方へ視線を向ける。


「ミア……なのか? いや、それはあり得ない……」


「…………まさか……」


 勇者とマオは、思わぬ場所で遭遇した老女を呆然と見つめるのだった。

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