3話 謎の部屋と不思議な箱

「俺は今……どのあたりにいるんだろう?」


 勇者は広く長い廊下を歩いていた。廊下にはたくさんの扉が配置されている。その装飾は同一である上、間隔も均一だ。そのせいで、自分が今どこにいるのかわからなくなってしまっていた。よほど慣れた者でなければ、迷ってしまうだろう。


「特別な扉を見つけろってルナが言っていたけど……どこにあるんだよ!? ほんと、言うのは簡単だけどさぁ……」


 勇者は、ルナから受けた曖昧な指示に愚痴を漏らす。彼女が言うには、特別な扉から入った部屋の中に役立つものがあるらしい。それがあれば、賢者ミアとの再会に目処がつくとのことだ。


(――ん?)


 勇者が探索を続けていると、廊下の先から光が見えてきた。どうやら、照明具を持った警備兵が近づいてきているようである。このままでは見つかってしまうので、隠れる場所を探す必要があるのだが――


(――ちっ。開かない)


 すぐ近くの扉は鍵がかかっているようで開かなかった。


(マズイぞ。廊下を戻って逃げる時間はない。他の扉を開けてみるしかないが、残された時間はわずかだ……)


 勇者の近くにある扉は全て鍵がかかっているのか? あるいは、鍵がかかっていない扉もあるのだろうか? 全ての扉を試してみれば分かることではあるが、勇者にそんな時間は残されていなかった。


(もはや、運に身を任せるしかないか。――ん?)


 勇者は、何やら緑色に光っている扉を発見した。彼はそこに素早く静かに駆け寄っていく。よく見れば、光っているのは扉自体ではない。緑色に点灯する謎の小さな球体が扉の前に浮いていたのだ。


(なんだ、これは……?)


 勇者がそんなことを思っている間に、それは扉を透過し向こうへと入っていった。彼は慌てて追いかけようとする。


(ここも鍵がかかっている……。いや、そう言えば……。俺には【創造】スキルがあった)


 彼のスキルはチートである。無事に扉をすり抜けた彼は、警備兵に見つからずに済んだ。


「この部屋は……何だ?」


 勇者が入った部屋は、一風変わっていた。普通の部屋にあるような机やベッド、装飾品といったものは何もない。あるのは、天井まで届くような高さの棚だけだ。それが部屋中に敷き詰められていた。


「棚に並べられているのは……本じゃなくて、箱か。ホコリまみれだな……。いったい何の箱なんだ?」


 勇者は疑問を抱きながらも、部屋の中を進んでいく。そして、先ほど勇者を導いてくれた緑色に光る球体を見つけた。それは、とある箱の上で連続的に点滅を繰り返している。


「この箱を……開けてみろってことか?」


 勇者はその箱に近づいてみた。どこか神秘的な雰囲気を醸し出しているその箱には、複雑な模様が描かれている。他の箱はホコリまみれであるのに対し、この箱だけは妙に綺麗だ。


「封印されているな……。だが、この封印には見覚えがある」


 勇者が封印を解除しようと、指で触れた瞬間だった。ドゴッ! 彼は不思議な力で吹き飛ばされてしまった。そのまま壁に叩きつけられる。


「……ぐっ!?」


 幸いにも怪我はなかったが、背中が強く痛んだ。彼は背中を擦りながら起き上がる。


「汚らしい手で触れるんじゃねぇ!」


 少女の声が部屋に響く。彼女は素早い動きで勇者に迫ったかと思うと、その鋭い爪で襲い掛かってきた。


「くっ……!」


 勇者はその攻撃を間一髪で躱す。その破壊力は凄まじく、石でできた壁が大きく抉れていた。もし当たっていたらと思うとゾッとする。


(こいつ……!)


 目の前に現れたのは、猫のような耳と尻尾を持つ少女であった。灰色の髪はボサボサで、肩にかかる程度に伸びている。身に着けている衣服はボロボロで、ほとんど布切れのようであった。体付きはスリムであったが、全身に傷がある。その見た目からは、明らかにまともな生活を送っていないことが見て取れた。


「お前……何者だ?」


 勇者は警戒しながら問いかける。だが、少女は答えなかった。


「……」


 彼女は再び、勇者に襲いかかってくる。その細い腕には強い力が込められているようだ。前世よりも少し若い姿となっている今の勇者では、とても受け止めきれない。


「ぐっ……!」


 少女の右手の鋭い爪により、勇者は壁に固定されてしまう。さらに、少女は左手で勇者の持っている箱を奪おうとしてきた。勇者がかろうじてそれに抗っていたところ、緑色に光る小さな球体が二人の間に入った。


「止めるんじゃねぇ、シルヴィ! こいつが汚らしい手で触ったから……えっ? こいつを許せって?」


 少女は緑色の球体――シルヴィと意思疎通ができている様子だ。シルヴィは勇者の鼻先まで飛んでくると、チカチカと発光した。少女はそれを見て、驚きの表情を浮かべる。


「シルヴィに何かしやがったのか? あたい以外にシルヴィが心を許す人なんて、たった一人しかいなかったのに……」


 少女は勇者に向かって、そう言い放った。


「一体どういうことだ? まさか……お前は……?」


 少女の表情に動揺が走る。彼女は勇者の顔をまじまじと見つめてきた。そして、その目が緑色に光り輝く。


(あれは……【ステータス・スキャン】の魔法か? また珍しいものを……)


 勇者は心の中で呟く。相手の能力を調べることができる魔法だ。少女が使ったのは、それに違いない。彼女から感じていた敵意は、その目の光が収まると同時に消えた。


「う、嘘だろ……。そんな……」


 少女の体から力が失われていくのがわかる。彼女はその場に座り込み、呆然としていた。


「おい、大丈夫か?」


 彼女がそのまま背中から倒れ込みそうになるのを見て、勇者は慌てて駆け寄る。背中を受け止めて支えてやると、彼女の体は驚くほど軽かった。彼女は勇者に支えられたまま、彼の顔を見上げる。涙ぐんだその瞳には、言葉にできないほど大きな感情が込められていた。


「勇者……様……」


 少女は弱々しい声で呟いた後、気を失ってしまったのだった。

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