2話 潜入! クランドル砦!!
夕方――クランドル砦の城壁を松明の灯が照らし出す頃。楽しい音楽と笑い声が城壁の内側から響いていた。そしてその外側、城門の入口では、馬車による長い列ができている。彼らはこれから、結婚式に参加するのだ。式の当事者はカドベリーの賢者ミアと、貴族のケイン卿である。
「次の方、どうぞ! 招待状を拝見します!」
長い口ひげを生やした中年の門番――ルークが、大きな声で呼びかける。御者は馬を前へと進めると、ルークに招待状を手渡した。彼は招待状に目を通し、馬車に乗っている者と照合する。
「はい! 確かに拝見しました! ようこそ、クランドル砦へ!!」
ルークは大きな声で叫ぶと、馬車に乗った客人達に手を振る。そして彼らが無事に通過した後、また仕事に戻った。次の馬車がやって来る。その馬車には、何を隠そう勇者とルナが乗っていた。クランドル砦に潜入し、結婚式を阻止するためだ。馬車と御者は、近隣の街で確保した。
「招待状を拝見します! ……おや、これは……」
ルークは馬車を見て、一瞬だけ怪しげな表情を浮かべた。座席部が密閉されており、御者以外に誰が乗っているか視認できなかったからだ。だが、すぐに気を取り直し、座席部のドアに近づく。
「失礼いたします」
一言断りを入れてから、彼は扉を開いた。すると、そこには――
「ミス・エデンバーグ。お久しぶりでございます」
美しいルナの姿があった。彼女は白のワンピースを着ており、髪は結われてお団子になっている。その姿はまるで、どこかの国の姫君のようだ。そんな彼女に、ルークは片膝をついて挨拶をした。
「あら、あなたは……確か……ルーク隊長……だったかしら? お元気でしたか?」
ルナは微笑みながら、ルークに声をかける。彼女の名前はルナだが、また別の名前も使っていた。その名は、ミス・エデンバーグ。クランドル砦の隊長であるルークとは、顔見知りなのだ。
「はい、おかげさまで。ところで……そちらの御方は?」
この馬車には、ルナ以外にも二人の人物が乗っていた。一人は、ただの御者なのでいいとしよう。問題はもう一人だ。彼は正装を着ており、明らかに結婚式に参加する様子だった。しかし、招待状にはミス・エデンバーグの名前しか記載されていない。ルークが追及することは当然だ。
「俺の名前は……」
勇者は名乗りを上げようとする。今の彼は、狼の姿でもなければ、前世の姿でもなかった。彼は【創造】スキルを活用し、姿を変えているのだ。前世の姿に比べて、若く、やや小さな体となっていた。そんな彼の口を、ルナが塞いだ。
「あー、えっと……。この人は私の甥っ子なんです! 一緒に結婚式に参加したいとせがまれまして……。どうしてもって聞かなくて……」
ルナは慌てて言い訳を口にする。彼女の柔らかい手に包まれた勇者は、思わず頬を赤らめてしまった。ぎこちない沈黙が流れる。
「……分かりました。そういうことであれば構いません。ただし、目を離さないようにしてくださいね」
ルークは納得して引き下がった。今の勇者の見た目年齢が十歳程度であったことから、警戒心を解いたのだろう。ルナはほっと胸を撫で下ろすと、勇者の口から手を放す。
「ありがとうございます。それじゃあ、行きましょう」
ルナの言葉に従い、御者は再び馬を走らせ始めた。馬車はどんどんと進み、やがて城壁の中へと入っていく。無事に潜入が成功したことを確認し、勇者とルナは安堵のため息をつく。
「勇者様……あなたはどうしてそのような姿を選んだのですか? 他にも選択肢はあったはずですが……」
ルナが勇者の耳元に囁きかける。彼女は先ほどから、ずっと不思議に思っていた。何故勇者は、あえて子どもの体を選択したのか――。
「そ、それは……時間がなかったからだよ……」
勇者は恥ずかしそうに答えた。体が小さくなったせいで、ルナの大きな胸は勇者の目の前に位置している。そのため、彼は非常にドキドキしてしまっていた。
「きゃっ!? ゆ、勇者様!! そこは……」
急に動いたことで、馬車が揺れてしまう。その衝撃で、勇者の顔は彼女の豊満な胸に埋まってしまった。
「す、すまない……。わざとじゃないんだ……」
「もう……。気をつけてくださいよ」
ルナが少し怒ったような口調で言う。勇者は顔を赤くしながらも、どうにか平静を保とうとした。だが、なかなか上手くいかない。
「あの、勇者様……。私の体に何か付いていますか?」
「べ、別に何も……」
「本当でしょうか?」
「ほ、ほんとに大丈夫だから! 気にしないで!!」
勇者とルナがそんなやり取りをしている時だった。コンコン。馬車の中にノック音が響いた。目的の場所に到着したことを御者が伝えているのだ。
「どうやら着いたようです。では、計画通りにお願いしますね。勇者様――」
ルナがそう言うや否や、勇者は素早く馬車から飛び出し、周囲にいた群衆に飛び込んだ。こうして、勇者とルナによる結婚式妨害作戦が始まったのだった。
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