第63話 大奥は華やかに咲く~沢渡主殿頭と高遠 伍
高遠は言う。
「それに風紀を乱しているのは、あなた方もそうではありませぬか」
「なにをたわけたことを申す。我らがそのようなことをするはずがなかろう」
「そうでございましょうか? 妻以外に
意表を突かれたのか、
「お、男と女を一緒に……」と言葉を詰まらせる。
「大奥に仕える者の多くは一生禁欲を強いられます。その代償として贅沢があったとて、禁欲すらしていないあなた方に咎められるいわれはございませぬ。それでも倹約しろと言うなら、まず、あなた方が禁欲してから言われるのが筋でしょう」
沢渡主殿頭は顔を真っ赤にして
しかし、男たちが女遊びなどしていないと断言できない状況に歯を食いしばり、グゥと獣のように喉を鳴らすだけだ。
その顔に淡々と告げる。
「大奥は上様をおなぐさめし、世継ぎを儲け、幕府のご意向を示すために存在しているもの。そして、それを支えるが、わたくしたちの務めにございます。減額された財源を受け入れているのでございます。これ以上の手出しは、ご無用に願いたく」
「――っ……くぅ」
沢渡主殿頭は、反論できないぶんだけ高遠をねめつけた。
その姿を見て感じた思いは憎しみではなく、『哀れ』というもの悲しさだった。沢渡主殿頭の打ち出した質素倹約は間違いなどではなく、当初は
「あなたさまほど幕府を救おうとお考えになった方も
「な、なにを……」
「ですが、あなたさまは失敗なさいました。原因はいたって簡単なこと。人の言葉に耳を貸さなかった。これに尽きるのではないか、と」
高遠に須磨がいてくれたように、言葉を交わして近くなったように、沢渡主殿頭にも親身になって言葉をかけ、手助けしてくれる相手がいたはずだ。
行き詰まったときに独断で決めることをせず、相手の意見に耳を傾けてさえいれば、緩やかではあるが確実な政策を打ち出し、大奥だけでなく、どの大名、旗本も多少の不自由さは受け入れることはできたはずだ。
大飢饉はそれほどひどいものだったのだから。
だが、今となっては誰も引き下がることはしないだろう。
沢渡主殿頭の政策は、結果を出そうと性急に結論を出しすぎた。その結果が今だ。痛みを負わされた人間の信頼が戻ることはない。
「――ご用件が本のことでしたら、これ以上申し上げることはございませぬ」
高遠は立ち上がり対面所を出た。入り口で振り返って言った。
「どうぞ、御身を労ってくださりませ」
襖が閉められた向こうで、ドスンと拳で畳を打ちつける音がした。鈍く重い音は、沢渡主殿頭の
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