第16話 出版に向かって~心浮き立つ 参

 コホンと咳払いをし、落ち着きを取り戻したところで高遠は言った。


「本日、鶴屋との話し合いを終えまして、お須磨の方さまにお伝えしようと参った次第でございます」


 高遠は覚え書きを開き、ひとつずつ出版の行程を説明した。


「今、お須磨の方さまがお持ちになっている元原稿を『草稿そうこう』と呼び、扱いやすいように製本にして簡単な表紙を付け、袋綴じにして糸かかりいたします。これを『種本たねほん』と呼び、まずこれを三部作成します」


「はい」


「それを本仲間の代表者『行事ぎょうじ』という責任者に提出して、吟味ぎんみを受けることになります。ここで問題ないと判断されてから、板木を掘るために清書を依頼するそうです」

「吟味を受けるのですか……。少し怖うございますね」


 不安げな須磨に「大丈夫です。手は打っております」と告げる。

「そうですか。ならば安心です」


 では、と高遠は続ける。


「そして筆工ひっこうが文字を整え、版下とします。お須磨の方さまの絵も、ここで彫り師に渡ります。ただ、ここからが長くかかるのです」


 赤文字で印刷のための細かな指定が行われ、ようやく刷りに入るが、その後も修正箇所の直しがあり、二番校合摺きょうごうずり――ゲラ摺りが行われ、さらに直しが出て、ようやく見本誌が摺り上がる。

 絵の方も薄い色から、重ねて色付けするため時間がかかる。


「出版までには、おおよそ七月ななつきは見ておかねばならないそうです」


 須磨は知らない世界の話を興味深く聞き、出版までの時間に驚いていた。


「では、本が売られるのは来年の七月……?」

「いえ、鶴屋もできるだけ急ぎたいと、五月を予定にしているそうです」


 このご時世だ。早く売っておきたいのだろう。

 高遠としても好都合だ。

 本は合巻で続き物、全九巻。

 本来なら、無名作家は三百部が通例だが、須磨の絵を見込んで、初版は倍の六百部と決まった。

 それを伝えると須磨はキュっと唇を噛んで、


「期待に応えられるような絵にしなければなりませんね」と気を引き締めたようだった。


「そういった理由もあり、今月末を締め切りにしたいのですが、よろしゅうございますか?」


 十二月の師走。なにかと慌ただしい時期に重なっている。


「大丈夫です。必ず描き上げてみせます」


 須磨は力強く答えた。


「では、お願いいたしますぞ」

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