第15話 出版に向かって~鶴屋の女将登城 弐
「お言葉痛み入ります。お力になるよう励ませていただきます」
「では、さっそく本題に入ろう。こちらへ」
佐枝は羽音のように身体を滑らせ、高遠の傍へ進んだ。
「まず、こちらを見て欲しい」
高遠が須磨の絵を差し出す。
佐枝は恭しく受け取り、一枚、また一枚とめくっていく。
「――なんと……。これは……」
感嘆し、思わず洩れる声に内心満足する。
やはり、須磨の絵はプロをも唸らせる才能なのだ。塩沢に見せた無難な絵ではなく、高遠が見た、ばっちり交合している絵なのだが、佐枝はなんなく受け容れている。
「この絵師を使いたいのだがよいか」
高遠の問いかけに佐枝は「はい」と答える。「実によい絵でございます。男色絵でありながら、独特の色香があり、気品さえ伺えます。このような絵は見たことがございません」
確かな手応えに高遠は言う。
「問題ない。ということだな」
佐枝は頷くが、「ですが……」と語尾を濁した。
「なんだ? なにか問題でもあるのか?」
「いささか
佐枝は一旦区切り、言葉を選ぶように続けた。
「昨今は色々と取り締まりが厳しくなっておりますので、あまり露骨なものは……」
――なるほど。目立つものは避けたいのか。しかし、なればこそ、お須磨の方さまの絵は目を引く。
「では、もっと卑猥な絵でいこう」
「ええっ!?」
佐枝は驚きに目を見開いた。
「その方がより売れるであろう?」
思いも寄らない提案に、佐枝は目を白黒させ『本気ですか!?』とやや引き気味だ。
大奥の頂点にある役職、『御年寄』という立場の人間が『もっと卑猥に』などと口にしているのだから仕方がない。それでも本を売らねば財政難を救えない。そのためには、確実に売れる形に仕上げる必要があるのだ。
「どうすればこの絵を活かせる?」
佐枝は奇異な生物に遭遇した表情を商人の顔に戻し、
「そうでございますね……」と絵を前に思案した。「
「ならば、それで頼む」
「承りました」
「では、出版契約や工程などについても聞かせてくれ」
鶴屋との話し合いが終わり、高遠はフウと深い息を吐いた。
なんとか考えたとおりに話が進んだ。
これで売り上げがよければ、大奥行事を慣例通りに行える手助けになる。
「――あとは、お須磨の方さまに報告して、絵を依頼しなければ」
高遠は説明を受けた際、覚え書きしていた紙を懐にしまい、須磨の部屋へ赴いた。
***
「お須磨の方さま。高遠にございます」
「どうぞ、お入りになって」
相変わらず静かな部屋だが、須磨の表情は晴れ晴れとしたものだった。好きだった男色本が存分に購入できて、萌えが充実していると見える。それだけでも部屋がずいぶん明るいように感じた。
須磨は部屋方を下がらせ、言った。
「高遠さま。先日はありがとうございました。お陰で日々が楽しゅうございます」
「それはようございました」
「あの謎の作者の書かれた小説は本当に素晴らしいものでした。深い考察に伏線の貼り方など最後まで読む者を飽きさせない作りで。より理解したくて二度目の読み直しをしているところなのです」
高揚した頬は赤く、心からそう感じていることが伝わってくる。
――夜なべして清書した甲斐があった。
苦労が報わるのは嬉しいことだ。
須磨は饒舌に語る。
「この『忍は
「そうでございますか。少々文字数をかけすぎた気もいたしますが……」
「いいえ、死に別れになってもおかしくない背景だからこそ、丁寧に描く意味があるのです」
――そこをわかってくださるとは有り難い。
と、高遠は手を握りたい気分になった。
「だからこそ、求め合う交わりが健気であり、慈愛に満ちているのです。単なる卑猥な本と一線を画す内容です」
須磨の言葉は字書きとしてこれ以上ない褒め言葉だった。嬉しくなり、心がふうわりとホワホワし、にやけそうになる唇を引き結ぶのに苦労した。
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