第3話 大奥は金欠です~わたくしの仕事 弐
全九巻の長編だ。九冊を並べてひとり悦に入る。
「さすがに疲れた。
書き終えた小説を文机の横にある箱にしまい、充足を感じながら布団に横になった。疲れはすぐに睡魔を呼び高遠は深い眠りについた。
***
――うーむ。寝不足だ……。
「すいませぬ。少々よろしいでしょうか?」と障子の向こうから声がかかった。
「なにようか?」
別の部屋方、
「お忙しい時間に大変申し訳ございません。本の回収のためまかり越しました」
「本、とな?」
「はい。
そういえば昨日本が届いていたが小説を書くのに夢中で確認をしていなかった。
「それなら文机の横に置いておる。しばし待――」
最後まで言い終わらない内に、
「キャァァァ!」と空気を切り裂くような甲高い声が響き渡った。
「なにごとだ!?」
高遠が慌てて部屋を出ると廊下の向こうから、
「高遠さま、高遠さまはおられますかっ!」と女中が着物の裾をはためかせて、速足で駆けてきた。
「ここだ。一体なにごとか」
「そ、それが、お
「またか……」
大きくため息を吐いた。
小夜と八重は上様のご
ドタバタと床を踏みつける音が派手に鳴り、女中や
「あれー!」
「お止めくださいませ!」という声が響いている。
よく見ると、その物音の先に金崎が涼しい顔で佇んでいた。
――くそっ、相変わらずの『我かんせず者』め。
金崎が止めようとしないので高遠にお鉢が回ってきたというわけだ。
仕方がない。
高遠は騒ぎの元へ急ぎ向かい、威嚇し合う猫のようなふたりを引き剥がした。
「そのような乱れた格好で上様の御前に出られまするかっ! 見苦しゅうございますぞ!」
一喝すると小夜と八重は袈裟切りされたようにビクッと身を震わせ、はぁはぁと荒い息を収めた。
廊下には髪を美しく飾っていた
高遠の一喝でつかみ合いは止めたものの睨み合う視線は揺るがない。
十八歳の小夜が憎々しげに言う。
「……後ろでクスクスとこれ見よがしに笑いおって……! わたくしのなにがそんなに可笑しいのか?」
十七歳の八重は口元に手をやり煽るような声で答える。
「別に、お小夜さまを笑ったわけではありません」
「いいや。着物の柄合わせがどうのと聞こえた」
「被害妄想のお強いこと」
またぞろ、つかみ合いに発展しかけるふたりに高遠はドスのきいた低い声で言った。
「いい加減になさいませ、おふたりとも。己が今どのような姿になっているかおわかりか? まるで縄張りを争う野良猫ですぞ。とても大奥きっての美女とは言えぬ見苦しきお姿。そのような姿で総触れに出ることは許可できかねまする。部屋へ戻り、頭を冷やしなさいませ」
地鳴りのような低い声と感情のない無表情が小夜と八重の身をすくませた。
ついでだ。もう少し脅しておこう。
「このような
大奥総取締役、塩沢に睨まれたら最後、ここ大奥で無事に暮らすことはできなくなる。
ふたりは顔色を青くさせて「はい……」と答えた。
部屋方たちに連れられて部屋に戻って行く姿を見届けてから高遠は急ぎ広間へ向かい、なんとか総触れには間に合った。
しかし、朝からどっと疲れた。
――まったく酷い目にあった。いつの間にか金崎殿は消えているし、つくづく要領のいいお方だ。
そう、いささか腹を立てながら仕事場である
――今日は金崎殿と一緒の日だったか……。
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