第2話 大奥は金欠です 壱
その理由は天災による災害で大飢饉が起こり、幕府が財政の立て直しに奮闘しているためだ。
本来なら将軍である上様が
『これではいけない。なんとか幕府の財政を立て直さなければ』
と、一年前立ち上がったのが
強引な財政改革を推し進め
そのため、この一年のあいだ大奥でも慣例だったことを次々と改めて対応してきた。
朝夕二回の湿気払いと病気よけのために杉の葉を焚くことを廃止、障子破れの手直しも一ヵ月に一度に改め、お盆と暮れに二回行われる畳替えも十二月の年一回に減らした。
食材もぎりぎりしか仕入れず、
天下の大奥が金欠でくすぶり無駄をひたすらに削っているのだ。
そんな涙ぐましい努力を重ねているというのに
新たな御中臈が生まれるのはその贅沢に拍車がかかるということだ。
いくら倹約しても焼け石に水。
それでも高遠はなにか打つ手はないかと日々考え続けていた。
しかし、なにも浮かばないままだ。
なにせここは上様と生活が一体化された
またぞろため息が洩れそうになるのを堪えていると、
「
風に揺れる柳のように、相の手を入れるだけの
***
部屋の主である、高遠は八畳の二の間に備え付けてある文机に向かい墨を磨って
――はぁ……。一日の終わりに書く原稿はたまらないな。まったく男色本は疲れを癒やしてくれる一服の清涼剤。よもや、わたくしが男色本小説を執筆しているなどと誰も思うまい。
そう。高遠の趣味は男同士の恋愛小説――男色本の創作だった。
三十歳のとき出世を果たし、
なにせ一人部屋だ。
体位48種類記した『江戸四十八手』を広げても問題はない。作品はシリアスにしつつも、恋愛過程と読者のお楽しみである、まぐわいの様子は萌えるように意識して書いているため、実践書は必須なのだ。
そうして五年をかけて書き上げた作品は三作。
愛憎渦巻く大奥で小説を書いているときだけは嫌なことを忘れられた。
少女時代も戦国乱世の軍記本を読んではそこに戦う男同士の絆を見つけて胸をときめかせてきたが、公然と打ち明けられる趣味ではなかったし、なにより武家の長女として生まれ、男子のいない家だったので、いずれは婿養子をもらわなければならぬと行儀作法や教養を身につける日々は創作など許されないものだった。
だが、その努力も空しく終わったのだ。
父親に似て身長165センチと大柄な上、三白眼の吊り目のせいで顔付きがキツく表情筋が死んでいると言われるほど無表情。
ついでに愛嬌も愛想もないとくれば嫁の貰い手はなく、十七歳になっても縁談のひとつもこなかった。
高遠には母似の妹がおり自分が嫁に行かねば妹が嫁げない。
自分のせいで妹の婚期を逃してはならないし、肩身の狭い思いで暮らすよりはと大奥務めを決意。
妹に婿養子をとらせるよう父親を説き伏せツテを頼って大奥女中として
――どうせ働くならば出世したい。出世すれば稼ぐ金が多くなる。
大奥での出世は、『一に引き、二に運、三に器量』と呼ばれているほど顔は後回しだ。
『運』よく取り立ててくれた御年寄が
付いたあだ名は『
しかし、無表情な顔の怖さも御年寄となった今では有利に働いている。
夫も子もいない老後を生きて行くためには金はどれだけあっても困ることはない。
勤め上げれば幕府から年金ももらえる。高遠の夢は、
『五十を過ぎたら
もし、大奥に奉公しなければ小説家になりたかったくらいだ。
けれど、そんなことは叶うはずもないので
今、目の前にある原稿ももうすぐ書き終わる。
受けが忍の者で、攻めが小国の大名の物語は愛情を知らなかった受けが大名から真実の愛を与えられて結ばれるハッピーエンドだ。
最後は氷のような冷美を誇る受けが花開くような笑顔を向けるところで終わる。
残すところは三千文字程度。
「さて、最後の踏ん張りどころだ」
高遠は決めているフィナーレに向かって筆を進めた。
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