大奥男色御伽草子 高遠あかねの胸算用 ~男色本で大奥の財政を立て直します~
✨羽田伊織
第1話 妄想は決意を固める
ひゅうひゅうと冬将軍が駆ける馬の蹄のような木枯らしが広大な面積を誇る江戸城のそこかしこを吹き抜けていく。
澄み切った空気で冴え冴えとした月は、一層の輝きをさらさらと舞うように地上へと届けていた。
誰もが寒さに凍え、温もりを分け与えながら夜をすごしている。
それは、大奥で働くとある女中部屋も同じだった。
十数人で身を寄せ合って暖を取りつつ、少しでも寒さを紛らわせようとお喋りに花を咲かせていた。
しかし、
無駄話もせず、黙々と本を読みふける姿は思春期の娘から浮いていたが、同室の皆は慣れっこだし、無愛想な高遠と話しても面白くもないので放置しているといった方が正しい。
しかし、高遠に取ってはそれが最適であった。
なぜなら想像、いや、妄想の邪魔をされずにすむからだ。
しかめっ面で本を読んでいるように見えるが、文字の行間に、短い一文に含まれるエッセンスを吸い込み、己の頭の中で物語を構築しているのだ。
実に楽しい。
楽しくて、楽しくて脳内はウハウハ状態だ。
――ああ、信玄公のような豪胆さを持つ小国の
形造られていく、ふたりが結ばれるという強めの幻覚を見ているあいだは、寒さも気にならないほどの興奮状態だ。
しかし、ひときわ歓声が高くなり妄想が中断された。
「やだぁ、あなたったら玉の輿を狙っているの? 無理に決まってるでしょ」
「そんなことわからないじゃない! 上様の女好きは有名でしょ? 可能性はゼロではないわ」
「あのねぇ、わたしたちみたいな一介の女中が上様にお目見えできると思ってるの? 第一、白魚のような白い肌もつつやかな髪も持ち合わせていないじゃない。現実をみなさい」
「えええー!」
小鳥のさえずりのようなお喋りはけたたましさを増しており、これ以上妄想を続けるのは難しそうだ。いつまで続くかわからない玉の輿話に、高遠は小さく
そうして目を閉じいつもとおりに強い決意を抱く。
――いつか必ず出世して一人部屋を手に入れるのだ。そうして、思う存分妄想を文字にして小説を書く。それまでの辛抱だ。
◆大奥は金欠です
将軍の血を絶やさないために作られた桃源郷には千人の女たちがひしめき、花を咲かせるように、蝶が舞うように暮らしている。
しかし、そのなかの一室は梅雨の雨にうんざりするような、
『いい加減にしてくれ』
と、言わんばかりの空気が漂っていた。
大奥の最高権力者、
パチンと扇子の音を立て、塩沢が年季の入った声で言った。
「これで三十人目じゃ。上様の女好きにも困ったものよのう」
「そうでございますね。五十を過ぎられたというのに、まるで落ち着くご様子がございませぬ。塩沢さまの気苦労を思うとこの
すかさず相づちを打つのは、時期
怪しげな美貌を保っている美魔女だ。
「しかし、もう決まったことなれば準備をいたしませんと」
すまし顔で少し高いひと言を放ったのは
この衆議の原因を作った張本人だ。
『
新しい
『お庭のお目見え』という
それを狙って金崎は自分に有利に働く御中臈を作るのに余念がなかった。
次期大奥総取締役を狙っているので、叶に負けまいとする力の入り具合は熱い鉄を打つがごときだ。
その目論見どおり、上様は
どこかしてやったりとツンとすまし顔の金崎を見つめながら
――まったく。どうせ上様はすぐ飽きるに決まっているというのに余計な金を使わせるお方よ。大奥の懐事情が以前と違うことをまるで気にされぬ。
そう。今の大奥は大幅な予算の減額がなされ、かつてない金欠に見舞われていた。
こちら電子書籍で発売しています。
https://kakuyomu.jp/users/hanedairoi/news/16817330668017066434
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます