第4話 大奥は金欠です~絶望 壱
しばらくの沈黙の後、金崎がからかうような声音で話しかけてきた。
「お小夜の方さまも、お八重の方さまも相変わらずでありますなぁ。高遠殿も気が休まらないでしょう」
――助けに入るつもりもなかったくせに。
高遠は苦々しい思いを隠しつつチクリと返す。
「いいえ、これしきのことは大したことではございません。それより高みの見物は楽しゅうございましたか?」
「まさか。高遠殿の邪魔をするまいと思ってのことですよ。これから新しい
――あなたがそうしたくせに。ほんっと迷惑なのですぞ!?
と、改めて腹が立ってしまう。
いつも他人事でいられるよう情が薄く冷たい態度を取る。
故に『我かんせず者』と呼ばれている。
したたかな蛇のような目に
薄い唇には濃い紅が引かれ細い顎と筋が目立つ首筋は険のキツさを際立たせている。
高遠より二歳年上の三十七歳だが痩せ気味のせいで、もっと年上に見える。そして大奥の倹約について反対派だ。
金崎が思い出したというように口を開く。
「そういえば
未だに自分だけは別という物言いだ。
つい高遠は反論してしまう。
「それだけではありませぬ。あの
感応寺は
『贅沢をすれば
と、いう幕府側の見せしめだ。
その効果は絶大で民は首をすくめるように暮らしている。
金崎はチラと高遠を見やり、言う。
「大奥が
「しかし、大奥も危機管理を持つべき事案と考えまするが」
「
話を聞く気がない人になにを言っても無駄だ。
高遠は小さくため息を吐き、それきり黙り込んだ。
嫌な気持ちで仕事を終わらせ部屋に戻った。
こんな日は夕餉を食べて原稿に向かうのが一番だ。
実に疲れる一日だった。
しかし、改めて危機感を抱くのは『大奥だけは別』という金崎の考え方だった。
――
「高遠さま。どうぞ」
「
「はい。特にございません。間違えられた届本の回収も済んでおります」
「届本……」
呟いた瞬間、ゾワッと背中が総毛立った。
急いで隣部屋の
「――ない……」
膝の力が抜けてへなへなと座り込む。
――どうして
本の行く末に明るい未来などない。
むしろ人生の終わりに手を掛けたようなものだ。回収した本のなかに無関係な題名の本があれば当然中身を改められる。そして問題になる。
なって当然だ。なにせバッチリ濡れ場のある男色本なのだ。
大奥の風紀に関わる一大事。間違いなく
脳内にゴーンと寺の鐘が鳴る。
――終わった……。高遠あかね、ここに散る。独身、三十五歳。大奥を出てから勤め先はあるだろうか――。
霞たち
「ご気分がすぐれないのですか?」
「
と、声をかけてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます