第8話
「こういうのって、クラスとして提出物があるときいつも内海がやってるのか?」
「うーん、大体そうかも。先生に頼みやすいって思われてるみたいだし」
「それはそれで面倒なことだな……」
チェックする冊数は、40人から未提出の不届き者数名を差し引いた30冊余り。
ただ、適当な順番で提出されているので一つ一つチェックして記録しておくのはかなり面倒であることが、少し作業をしただけで分かってきた。
「内海って部活とかしてたっけ? してるなら、内海自身にとっても厄介だろ」
「あれ、私って部活はしてないって話をくーにしてなかったっけ?」
「そうだったのか。全然知らなかったから、初めて聞いたと思う」
今ではこうして当たり前のように話している二人だが、知り合ったのは二年生になって同じクラスになってからだったりする。
「こんなに話してるのに、まだ知らないことってあるもんだね」
「だな。いっつも中身のない話か、最近じゃ無駄に掘った話するかの二択だったような気がする」
「掘った話は最近と言っても、本当に昨日の話だけだねぇ」
「いやいや、あなたに彼氏がいるって話もなかなかあの時点では掘った話でしょう」
「それもそっか! だとしても、何か普通の男女が話しそうな部活の話とか、当たり障りない話って本当にしてないよね」
「だな。気が付いたら、既に顔見られたら爆笑されるラインまでになってたし、どうなってんだろうな」
「あはは! 悪意が無いから許せっての!」
「まぁそれは分かってる」
こう考えると、つくづくお互いの距離感を探る段階を猛烈なスピードですっ飛ばして今に至っている。
「それにしても、内海って部活してなかったのか。意外だ」
「うーん、何か乗る気しなかったというか……。自由な時間が多い方が良いなって。マネージャーはやる気しないし、この高校にある部活にやりたいものもなかったし」
「そういうことか。まぁやる気でないのに無理するのって、ストレスにしかならないからな」
「そうそう。ってか、やっぱりくーってこういう時もみんなと意見違うね。大体この話をすると、皆は『せっかくなのに、勿体ない!』って口を揃えて言うんだけどね」
「……適当に相手にとって耳触りのいい言葉を並べているとも言えるがね。まぁそれよりも、部活を現在進行形で辞めようとしてる身だしな」
彼女が部活に所属しないことを、周りが惜しむ言葉も理解出来る。
瑞希自身の能力の高さや、魅力を考えると自然にそう言った言葉が出てくる気持ちも分かるからだ。
そして何より、中学・高校では「部活に入るのが普通」と言うような認識がやはり根底に存在する。
勉強時間や私生活の時間を相当削ることになるため、入部するならそれなりに気持ちを固めてやる必要があることが多い。
それなのに、「基本的にみんながどこらかに所属している」あるいは「部活は青春の一ページ」と言った認識から生じるであろうこういった言葉を言ってくる者も、教師や親などの大人を中心に多いはず。
そう考えると、啓太が瑞希にかけた言葉はあまりないパターンなのかもしれない。
「くーの性格上、そんな適当な態度なんて取ると思わないけどね。確かに、昨日までそういう話してたんだった」
「そそ。だからある意味、特殊な状況に置かれている人間の意見だからな。そりゃ普通の意見と違うってなることがあるだろうな」
「何その変な言い方! 『特殊な状況』って、動画とかテレビでもなかなか聞く言葉じゃないんだけど!」
「変に言ってるつもりないけど、確かにそう言われたらあんまり使わない単語使っとるような気がしてきた……」
普通に言ったつもりなのだが、瑞希にとってはおかしな言い方に聞こえたようでまたいつものように楽しそうに笑っている。
ただ笑われるだけならいつものように頭をかしげてしまうのだが、具体的にどうおかしいか少しでも言われると、啓太自身でもちょっと自分自身がおかしいように感じる。
「昨日、色々と真面目に話に乗ってくれたのってこういうこともあったのか?」
啓太としては、ここまで話を聞いてきて瑞希が昨日あれだけ自分自身の部活の問題に対して色々なアドバイスをしてくれたのは、この話が影響しているように感じた。
「まぁ、それもある。でも、一番はやっぱりくーが心配になったってことだけどね」
「昨日の俺、よっぽど荒んでたんだな。良くないところも見せちまったな」
「いやいや、いいんだよ。今後はこういう時の手伝いも気軽に頼めそうだし? 後、イタズラ何時どんなことをしようかなって悩むのが楽しい」
「……出来れば怖くない先生の授業時に頼む」
「どうしようかなぁ?」
瑞希が不吉な余韻を残したところで、それぞれが担当していた提出物のチェックが終わった。
「このチェックした表と一緒にこれを職員室まで持って行けばいいのか?」
「うん、それが出来たら終わり。っておっとっと……!」
啓太からの質問に答えつつ、積み上げられた冊子を持ち上げようとした瑞希だったが、思った以上に重かったのかよろけた。
その動きを察知し、啓太は咄嗟に後ろへとよろめいた瑞希を後ろから支えた。
「大丈夫か?」
「う、うん。思ったより力が入らなくて、バランスを崩しちゃった。あ、ありがとね……?」
彼女の無事を確認した後、啓太はハッと慌てて彼女に触れていた手を離した。
危ないと感じ咄嗟に動いたこととはいえ、彼女の体に触れてしまった。
理由としてはやむを得ないとはいえ、かなりの罪悪感に駆られた。
「くー?」
自責の念に駆られている啓太を見て、ボーっとしていると思っているのか瑞希は不思議そうに声をかけてきた。
「ご、ごめん。よし、じゃあささっと職員室へと持って行くことにするかね」
「うん、そうしよ!」
彼女の声で我に返った啓太は、気を取り直して瑞希と共に冊子を抱えて職員室へと向かった。
職員室では、それぞれの決められた自分の場所で仕事をしている教師たちがいる。
瑞希と違い、こういう場所に来ること自体なかなかない啓太としては、入室することなど一度か二度くらいしかない。
「失礼しまーす」
啓太が少し躊躇している中、慣れ切っている瑞希は軽いトーンで入室挨拶をすると、迷いなく担任のいる机まで歩みを進めていく。
そんな彼女に驚きつつも、啓太も慌てて彼女の後に付いて行く。
「先生、今日言っていた提出物のチェックと番号順に並べておきました」
「いつもありがとう。本当に助かるわ。あれ、今日は紅林君と一緒? 本当に仲が良いのね?」
「ど、どうも……」
教師からこんなことを言われた時、どう反応するのが適切なのか。
こんな特殊すぎる場面を経験することなど普通は無いのだから、瞬間的に気の利いた答えが出るはずもない。
適当に愛想笑いをしておくという、対応力の無さだけが露呈した形となる。
「私にとって、居ないと本当に困るやつですので! 何なら今後は、私に任せたいお仕事は彼経由でお伝えいただいても大丈夫です!」
勝手なことを言っているが、彼女をフォローするという約束と大変そうにしている姿を見ていたので、別に突っ込むことはしなかった。
「そ、そう? 先生としては、二人とも優秀だから一緒に色々してくれるのは大助かりだけど……」
「くーも大丈夫だよね?」
「だ、大丈夫……」
何故か有無を言わせない勢いでこちらに確認を取ってきた。
しかし、啓太的にはそんなことよりも、教師の前で女子にこのあだ名で呼ばれるという、想像以上に恥ずかしい状況に堪えていた。
「じゃあ、今後もまた何か手を借りたいときは、どちらかにお願いするね?」
「はーい!」
昨日のこともあって、瑞希に対して手を貸した啓太だったが、思わぬ場所で思わぬ形で恥ずかしさによる大火傷を負うことになった。
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